日本映画界の名匠・黒澤明監督と、その多くの作品で主演を務めた三船敏郎さんが初めてタッグを組んだ「醉いどれ天使」。戦後の混とんとした時代を背景に、不器用ながらも懸命に生きる人々の姿を力強く且つ繊細に描いた伝説の名作は、時代を超え広く愛されてきた。映画公開の1948年、そして2021年には舞台化もされた本作が、この度、新たなスタッフとキャストで「2025年舞台版」として復活。演出は映画のみならずさまざまなジャンルで活躍中の深作健太さん、そして三船が演じたやくざの主人公・松永を北山宏光さんが演じる。GetNavi webでは、そんな松永の恋人でダンサーの奈々江役として出演する元乃木坂46の阪口珠美さんにインタビュー。舞台上演に向けての意気込みや稽古の裏話などを聞いた。

【阪口珠美さん撮り下ろし写真】
映画を見て自分が感じた面白さを舞台でも表現できたら
──まずは、出演のオファーを受けたときの気持ちから聞かせてください。
阪口 びっくりしました! 私で大丈夫かなっていう不安でいっぱいだったんですけど、稽古の日程が近づくにつれて、頑張るぞっていう気持ちになりました。
──今年の夏には朗読劇にも挑戦したりと、演技のお仕事が増えてきていますね。
阪口 乃木坂46に在籍していたときもお芝居をさせていただく機会はありましたが、どちらかと言うと個人よりグループの活動に集中したいという気持ちがありました。そのグループを離れて、今ありがたいことにいろいろなお仕事をさせていただいていて。その中で事務所の方とも相談して、お芝居をやってみようということになりました。自分の中では新たな挑戦という気持ちですし、ファンの皆さんに私の新しい一面を見ていただけたらと思っています。また、お芝居していると“私ってこんな声も出るんだ!”というような発見もあるので、私自身にとっても自分のことを知ることができる、いい機会だと思っています。
──今回の「醉いどれ天使」は黒澤明監督がメガホンを取り、若かりし頃の三船敏郎さんと初めてタッグを組んだ伝説の名作です。あらためて作品の印象を聞かせてください。
阪口 まず映画のDVDを拝見しました。モノクロの映像に最初はちょっと慣れなかったのですが、見ていくうちに、汗や血などの荒々しさの中に人間の醜さや弱さという部分が伝わってきて、そこが面白いなと思いました。今回の舞台は、演出の深作(健太)さんならではの、令和の時代の「醉いどれ天使」になっているんですけど。私が映画を見て感じた面白さを、舞台でうまく表現できればと思っています。
──阪口さんが演じるのは、北山宏光さん演じる主人公・松永の恋人でダンサーの奈々江です。どんなキャラクターとして捉えていますか?
阪口 同じく松永に思いを寄せるぎん(横山由依・岡田結実Wキャスト)が先の未来を見ているのに対して、奈々江はとにかく「上に立ちたい」「強い男のそばにいたい」というような“いま”を見ている女性だと思います。また、一見クールで強そうに見えて、内側にはちゃんと愛情を秘めているキャラクターなんですけど。その愛を誰にも見せたくない、弱みを見せたくないから隠そうとするところもあり、ある意味不器用な女性だと思います。松永の前では素の奈々江が出るので、そこも注目してみていただけたらうれしいです。
──そんな奈々江に共感する部分は?
阪口 最初はなかなかキャラクターをつかめなくて、自分との共通点も見つからないと思っていたんです。でも稽古をしていくうちに、奈々江が隠している本当の気持ちを考えるようになって。私も自分を客観的に見たときに“いまはちょっと気持ちを隠したい”と思う瞬間があるので、そういう部分は似ているかもと思いました。
──ちなみに、阪口さんが気持ちを隠したいときはどんなときですか?
阪口 例えばこの作品の稽古でも、皆さん和気あいあいとされている中で私はまだ自分の完全な素は出せていないなと思うんです。本当はテンション高く皆さんと一緒に「イェーイ」って喜んだりしたいときがあるんですけど(笑)、なかなか殻を破れなくて。そういうところはある意味、感情を隠しているのかなと。本番までには素を出せるようになりたいです!
──稽古を重ねて、お芝居のポイントもつかんできましたか?
阪口 深作さんは「松永と奈々江だけのストーリーにならないように、作品全体から訴えかけるイメージで演じてほしい」とおっしゃっていて。例えば奈々江が松永に怒りをぶつける場面も、松永に対して「嫌だ」と言うのではなく、「世界中に向けて言うぐらいの気持ちで」というアドバイスをいただきました。また、「アクションよりもリアクション」という言葉も大事にしたいと思っていて。せりふを考えて言うのではなく、相手が言ったことに対して反応するように返すよう教えていただいています。ただ頭では理解しているんですけど、その場でやってみると本当に難しくて……。そこが一番の課題ですが、深作さんが作ろうとしている世界観に近づけるように、今必死に稽古についていっています。

麻雀の手積みは、周りからは「筋がある」と言われていて(笑)
──作品の公式サイトやポスターには登場人物のイメージビジュアルが掲載されていますが、とても大人っぽい雰囲気が印象的です。
阪口 私自身、本格的なドレスを着て、ヒールの高い靴を履いて撮影したことがいままでなかったので背筋が伸びました。また、本物のタバコを手にしたことも初めてで新鮮でした。そこで“奈々江ってこういう人なんだ”というのを少し知れたので、今振り返るとあのビジュアル撮影が奈々江になる第一歩だったなと思います。
──奈々江はダンサーですが、劇中にはダンスシーンもあるのでしょうか?
阪口 あります。でもグループのときとは全く違うジャンルのダンスなので、今回のお話をいただいてからあらためてダンスを習いに行きました。しかも今回は、振り付けをAkaneさん(元・登美丘高校ダンス部コーチ。CMや映像作品などで活躍中)が担当されていて。女性らしい振りではあるんですけど、激しくて迫力もあって。舞台を見に来てくださるお客さんは、きっとびっくりされるんじゃないかなと。周りのダンサーの方々も、すごくパワフルなんです。奈々江はチームを引っ張るNo.1的なポジションなので、皆さんに負けないように頑張らなきゃと思っています。
──今回、ステージ上には戦後の東京が再現されると思いますが、当時のもので阪口さんが特に気になるものは?
阪口 麻雀のシーンがあって、これも私自身初めての経験でした。手積みをするときがすごく難しくて、本番で牌を倒してしまうんじゃないかとドキドキしています(笑)。
──麻雀牌の手積みと言えば、阪口さんがファンを公言している『ぽかぽか』でもお馴染みですよね。
阪口 そうなんです! だからなのか、周りからは「筋がある」と言われていて(笑)。その言葉を信じて、奈々江に成り切ってできるだけ自然に積めるように頑張ります。あと、この作品でも描かれている「闇市」を資料で見たのですが、今の時代からは想像できない雰囲気を感じました。この作品をきっかけに、そういった日本の歴史も知ることができるのもうれしいですし、ありがたいです。
──主演の北山さんの印象はいかがですか?
阪口 北山さんのお芝居は以前から拝見させていただいていて、演技力がすさまじいというか、怖いぐらい迫力を感じていました。なので実際の北山さんもちょっと怖いのかなと思っていたんですけど、全くそんなことはなく優しい方で。いろいろと声を掛けてくださいますし、みんなを盛り上げて引っ張ってくれるすてきな座長さんです。
──この作品では、そんな北山さんが演じるやくざの松永と、渡辺 大さんが演じる町医者の真田とのやり取りが中心に描かれていきます。それにちなんで、阪口さん自身の病院にまつわるエピソードがあったら教えてください。
阪口 最近健康診断に行って、おかげさまで正常だったんですけど、そのときの先生がすごく優しいおばあちゃんだったんです。こうして大人になると、学校の先生のような人って身近にいなくなるじゃないですか。そういう中で、すごく温かい先生に出会えたことに感動しました。健康診断を頑張ったからってアイス券を2枚くださったことにも涙が出そうになって(笑)。そういうのがいいですよね。ちょっとしたことですけど、幸せを感じました。
──すてきなエピソードですね! もう1つ、タイトルにちなんだ質問をさせてください。ご自身にとって“天使”と呼べる癒やしの存在を挙げるなら?
阪口 乃木坂46の先輩方です。グループにいたときよりも卒業した後の方が、よりたくさんお話を聞いてもらう機会が多くなっていて。樋口日奈さん、山崎怜奈さん、鈴木絢音さん、北野日奈子さんなど……皆さん自分の経験を交えながら親身になってアドバイスしてくださるんです。カウンセラー兼天使のような存在だなと思います(笑)。
──グループを卒業すると一人での活動になるので、環境は大きく変わりますよね。
阪口 そうですね。今までは人数が多かったので、とにかく早くメークを終わらせて早く着替えて、「はい、次の子!」みたいな流れだったんですけど。“あ、もうそんなに急がなくてもいいのか”って、一人だということを忘れることも多いです(笑)。楽屋に誰もいないことも寂しいんですけど、その分、スタッフさんとたくさんお話ししています。あと今は、私を応援してくださる方々をより大切に考えられる環境だとも思っていて。皆さんに喜んでいただくことを一番に考えてお仕事していきたいです。

体をほぐしてから寝ることが日課になっています
──ここからは、阪口さんの趣味や愛用品についてもお聞きしたいです。今、よく使っている家電やアイテムはありますか?
阪口 体をほぐすグッズは、チェックしてよく買っています。マッサージガンは手放せないですし、筋膜ローラーは硬さの違うものを3種類ぐらい置いてあって、日によって器具を変えて使っています。一番硬いものは脚を乗せるだけで最初は痛かったんですけど、最近はだいぶ慣れてスイスイ動けるようになりました。
──効果はどうですか?
阪口 すごくいいです。ヨガマットを敷いて筋膜ローラーの上に寝転がることが毎日欠かせないルーティンになっています。すごく疲れている日でも、一度ヨガマットに行かないと眠れないんです。そのままベッドに行くと何か違和感があって、体をほぐしてからじゃないと寝られない体になりました。腸もみマッサージもお風呂に入るぐらい欠かせない日課になっていて、やらないと一日が終わらないです。
──稽古が続いているいまは特に欠かせない習慣ですね。
阪口 そうですね。今回は本番の期間も長いですし、そういったグッズを地方公演にも持っていきたいと思って、持ち運べる小さいものも買ったりしています。ろっ骨のあたりをほぐすと声も出やすくなるらしいので、そういうのもやってみようかなと思っています。
舞台「醉いどれ天使」
11月7日(金)~23日(日)/東京・明治座
11月28日(金)~30日(日)/愛知・御園座
12月5日(金)~14日(日)/大阪・新歌舞伎座
詳細はhttps://www.yoidoretenshi-stage.jp
(STAFF&CAST)
原作:黒澤明、植草圭之助
脚本:蓬莱竜太
演出:深作健太
出演:北山宏光
渡辺大、横山由依・岡田結実(Wキャスト)、阪口珠美/佐藤仁美、大鶴義丹ほか
(STORY)
敗戦後の東京。戦争で帰る場所を失った人々は、荒れ果てた都市に流れ着き、闇市でその日その日を生き延びていた。ある夜、銃創の手当てを受けるため、闇市の顔役・松永(北山)が真田(渡辺)の診療所を訪れる。町医者の真田は酒に溺れ口は悪いが、心根は優しく一流の腕の持ち主だった。顔色が悪く咳込む松永を、一目見て肺病に侵されていると判断した真田は治療を勧めるが、松永は言うことを聞かずに診療所を飛び出し、闇市の様子を見回るのだった。
撮影/干川 修 取材・文/橋本吾郎 ヘアメイク/谷口里奈




