「仕事」は、魔法だ――。
藤澤仁さんは、国民的RPG『ドラゴンクエスト』シリーズのディレクターを長年務めた後、「ストーリーノート」を立ち上げました。これは、日常侵蝕ゲーム(ARG)ブランド「第四境界」などを手掛ける会社です。
そのストーリーノートが自社ブランド『Lorebard(ロアバード)』の第一弾となる『Pain Pain Go Away!(以下、ぺぺごあ)』を2026年にリリースします。“心療タイピングアドベンチャーゲーム”という、かつて見たことも聞いたこともない内容もさることながら、ゲーム開発経験者ゼロのチームで挑んでいる点も異色。挑戦尽くしとなった制作過程では、スタッフが退職するほどの衝突、他にない経歴を持つ新人の大抜擢など、数多くの物語がありました。藤澤さんへのインタビューを通じて、その一部を紐解きます。

10回中9回外れてもいい。「完成」の先に成長はある
「自分たちの手で、一本のゲームを最後まで作りきる経験をしよう。そういう思いで始めたのが、ぺぺごあのプロジェクトなんです」。インタビュー冒頭、藤澤さんはこう語り出しました。
現実と仮想が交錯する不可逆性SNSミステリー『Project:;COLD』シリーズや、実在のウェブサイトを検索して少年院に隠された真実を暴くミステリーゲーム『かがみの特殊少年更生施設』といった第四境界の作品群を知っていると、ストーリーノートに“ゲーム制作会社”のイメージを持つ人が少なくないかもしれません。しかし同社は、「物語づくりの専門家集団」。創業からの6年間は、受託案件としてシナリオ制作に注力してきたと言います。
しかし7年目を迎えるタイミングで“受託ではなく、自分たちが作りたいものを作る”方針へと舵を切ることに。その一つの転換点となったぺぺごあは、社内メンバーができることから逆算して作り始めた作品です。制作チーム内に藤澤さん以外「ゲーム作り経験を持つスタッフがいない」なか、可能な限り外部を頼らず、音楽やPV制作、翻訳などにも挑みました。ぺぺごあが日本語・英語・中国語に加えて韓国語にも対応しているのは、韓国語に堪能なスタッフがいたからなのだとか。制作を通じ、社員が持つスキルの棚卸しもできたと振り返ります。
「作り切ることを目標に据えた理由は、完成させた後に人は成長するのだと思っているから。『あ、ここがうまくいかなかったな』という反省や反芻の機会と、妥協せずにやりきった“気が済む経験”を得てもらうためです。
ストーリーノートは“チャレンジをする会社”なので、『10回に1回当たればいいよ』という話をよくしています。つまり、10回中9回はハズれる。チャレンジした上でのハズれは失敗ではなく、『うまくいかないやり方がわかった=前進した』ということ。『ナイストライ』なんです。こんな風に、『できるかどうかわからないけどやってみよう』という姿勢を何より大切にしていますね」

社員との衝突、そして退職……「面白くない」ときにどうすべきか
ただ、挑戦には苦難がついて回るもの。制作初期にはスタッフとの衝突、そして退職もありました。
ぺぺごあの初案は藤澤さんの発想でしたが、具体的なシナリオ作りはスタッフに託すことにしました。しかし書き上がった内容を見ても、なかなか面白いとは頷けず――。
「そんなことはしょっちゅうあるんです。なので、それは仕方ない。ただ幾度となくフィードバックをして、つぶさに説明を重ねても一向に理解ができない様子だったので、『それなら自分が書くから、それを見てくれる?』と伝えたんです」
しかし、藤澤さんが書いたプロット(物語を書くための骨組み)も、「自分は面白いとは思えない」とスタッフが切り返す事態に。互いの“面白い”が理解し合えることがないまま、そのスタッフは会社を去ることになりました。何を面白いと感じるかは人によって異なる。だからこそ、想像力が重要になると藤澤さんは言います。
「僕は長年創作の世界にいて、何百万もの方が遊ぶゲームを作ってきました。その分だけ、どういうものが世の中に受け入れられるか、面白がってもらえるかについては、人より想像がついているつもりです。
自分の好みではない、詳しくない世界であっても『こういう理由で好まれてるんだろう』、『ここが面白さのポイントだろう』と、喜ばれている理由を想像できるかどうか。言い換えれば、他人の感情に対する想像力を広げられるかどうかが創作者としては大切だと思います」
加えて「仕事を好きになるための努力」も、藤澤さんにとって欠かせないことの一つ。なぜなら、「仕事というのは、つらくて当たり前だから」と藤澤さんは言います。ものを作る仕事は、一生懸命であればあるほどつらくなるもの。だからこそ、「好きになる」ための努力も必要。“好き”と“つらい”は、それぞれ物差しが全く異なる、同時存在する事柄だと考えているのだそうです。
「仕事というのは本当に、しんどい。それは自分も同じで、アイデアがうまく出せないとき、納得のいく文章が書けないとき、もう辞めてやろうか、どうしてこんなにつらいことをやっているんだとほとんど毎日思います。それでも、仕事が嫌いだと思ったことは一度もないんです。それは、サラリーマンだった時代からずっとそうです。
だから『今やっている仕事が面白くない。だから辞めよう』ではなくて、どうやったら好きになれるのか、一度足を停めて考えたほうがいいと思っていて。そうじゃなかったら自分の可能性が広がらないし、自分の仕事に誇りを持てない人生なんて、悲しすぎるんじゃないでしょうか」

えっ、私がプロジェクトリーダーに!? 異色のルーキーを大抜擢
藤澤さんは、ぺぺごあ制作の初期段階から、スタッフの離脱というやりきれない出来事を経験しました。書き起こしたプロットを誰がシナリオにするのか――。宙に浮いてしまったバトンを受け取ったのは、元トリマーという異色の経歴を持つ新人・虎渡 由姫(とらと ゆき)さんでした。当時、広報的な役割も兼ねて入社したばかりの新入社員で、ゲーム作りは当然未経験。
「虎渡本人も『クリエイティブな仕事が自分にできるかな』という思いがあったようですが、ストーリーノートは物語制作会社ですから、シナリオ作りに携わるのは当たり前のこと。しかも、ぺぺごあのプロジェクトは、『やったことがないことはやる』という個人の挑戦も重視していました。そこでまず、彼女にゲームの仕様書を書いてもらうことにしたんです」
仕様書とは、コンセプトやシステム、キャラクターの設定といった、ゲームの詳細をまとめたプロジェクトの設計図。同じ「文章」であってもシナリオとは要素がまったく異なり、いかに抜け漏れがなく網羅的であるかが問われます。「彼女が書いた仕様書は本当に客観的で綿密で、いい仕様書でした」と藤澤さん。この出来事を受け、虎渡さんにシナリオ制作、そしてプロジェクトリーダーも委ねようと判断しました。
「すごく的を射た、読む人の気持ちが考えられている仕様書だったんです。物事をここまで正しく表現できる人であれば、シナリオを書くのもプロジェクトリーダーもやれるなと。
彼女は、自分がわからないものはちゃんと学んでいこう、という謙虚さと意欲を持っていました。仕様書作りも初めての取り組みだったろうに、臆することがなかった。しかも、『広報的な役割よりもクリエイティブな業務に専念したい』と相談してくれて、その決意が仕事にも反映されている。自分のことをしっかりと分析しながら、正しい方向に努力ができる人だなと思いました」

個人でもゲームを作れる時代に、チームで挑む理由
AIの進化に伴い、あらゆる仕事、クリエイティブが一人でも完結できる時代になりました。ゲーム業界でも、個人クリエイターが開発した作品が爆発的なヒットを記録することが珍しくなくなっています。個人でもゲームを作れる時代に、あえてチームで挑む理由やメリットとは何なのでしょうか。
藤澤さんはまず「ゲームに限らないんですけど、一人でモノ作りするのってつらいと思うんですよ」と一言。小説家としての一面も覗かせ、このように語りました。
「なぜつらいのかというと、書いている途中で作品を自己評価し始めてしまうから。『これは本当に面白いのか?』『こんなに苦労して完成させるほどの価値があるのか』と自問自答を始めてしまう。一度こうなってしまうと、最後まで完成させるのは本当に難しい。これが一人で創作することの、つらいところだと僕は理解しています。
その点、チームで作っていれば、自分の評価はさほど重要な問題ではなくなってくる。むしろ、役割分担することで個人が負う責任が強化され、完成させようという意識や完遂力が高まると思っています」
役割分担で責任が強化されるとは、どういうロジックなのでしょうか。そこには“魔法”のような不思議な力が働いていました。
「例えば、街中で知らない人に声をかけるなんて、自分で思いついたことだったらなかなかできないと思うんです。けれど、『こういう情報が必要だからリサーチしてきて』と会社から役割を与えられたら、一人ではできないこともできたりする。『仕事』っていうのは、そういう魔法的な力を持っていたりすると思うんですよ」

2026年は「勝負の年」。世の中にインパクトを与える物語表現を
ぺぺごあは、藤澤さんがゲーム開発未経験のスタッフと共に、チーム一丸となって作った渾身作。プラットフォーム「Steam」で2026年にリリースを予定しており、現在は体験版で遊ぶことができます。直近では東京ビッグサイトで1月9日~11日に開催していた「東京eスポーツフェスタ2026」に出展し、試遊や競技大会などの企画を通じて来場者を楽しませました。

インタビューの締めくくりとして、2026年の展望を藤澤さんに語っていただきました。ストーリーノートとしても第四境界としても勝負の年で、「騒がしい一年になりそう」とのこと。
「第四境界のことは2024年、2025年とたくさん話題にしていただきました。おかげさまで多くの方に『第四境界』の名前を知ってもらえたのではないかと思います。ただ、ARGという新ジャンルが本当の意味で普及し、浸透するのは今年だと思っています。これまで以上に作品も増やし、クオリティも上げて、より一層頑張っていきます。
その第四境界の好調を受け、ストーリーノートも色々なチャレンジができている状況です。ぺぺごあももちろんその一つですが、世の中にインパクトを与える物語表現をもっと作っていきたい。実は現時点で、未発表の大きな作品がもう一つ控えています。今年中に発売とはいかないかもしれないけど、お披露目はできると思います」
作品、ブランド、会社。どのレイヤーでも挑戦者であり続けようとする気風が伝わってきます。ファンにとってワクワクする発表が今後も続きそうです。
Pain Pain Go Away!
ジャンル:アドベンチャー, インディー
開発元:Lorebard
パブリッシャー:Lorebard
シリーズ:Lorebard
リリース日:2026年春(予定)