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2017/7/17 15:00

出版界激震の大ヒット本「うんこ漢字ドリル」はいかにして生まれたか【インタビュー】

年間8万点もの書籍が発行されるなかで今、もっともヒットし巷の話題をさらっているのは、間違いなくこれでしょう。全編をとおして“うんこ”の文字が踊る『日本一楽しい漢字ドリル うんこ漢字ドリル』シリーズ。学習参考書という子どものマジメなお勉強ツールに、“うんこ”なんて不マジメな単語を組み合わせた、前代未聞の本です。

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作ったのは文響社。2010年創業と新進の出版社ながら、『人生はニャンとかなる!』『超一流の雑談力』などのヒット本を次々生み出し、2017年にこの『うんこ漢字ドリル』で初の学習参考書に参入しました。今回は、本サイトでおなじみのブックセラピスト・元木 忍さんが、編集を担当した代表取締役社長・山本周嗣さんと編集部マネージャーの谷 綾子さんのおふたりを直撃。制作に至った背景からヒットにつながった秘策など、さまざまな角度からこだわりを聞きました。すると、昨今PR手法として問題になっている“炎上商法”などではけっしてない、真摯に子どもの学習に向き合ったことで生まれた工夫の数々が見えてきました。

『日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル』(小学1年生・小学2年生)『日本一楽しい漢字ドリル うんこ漢字ドリル』(小学3年生〜小学6年生)各1058円(税込)/文響社
『日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル』(小学1年生・小学2年生)『日本一楽しい漢字ドリル うんこ漢字ドリル』(小学3年生〜小学6年生)各1058円(税込)/文響社

 

小学1年生から6年生までの6年間で習う1006字の漢字を網羅、それぞれに3例文ずつを配し、その3018例文すべてに“うんこ”を盛り込んだ書き取り式漢字ドリルです。新学習指導要領に対応。表紙キャラクターになっている「うんこ先生」が文中にも登場し、覚えにくい漢字や間違えやすい漢字を解説してくれます。

 

「うんこ川柳」を誰かの役に立つものにしようと発想を転換

元木 忍さん(以下、元木):ズバリ、今までで何部くらい売れたんですか?

 

山本周嗣さん(以下、山本):今年の3月24日に発売して約3ヶ月の時点で、シリーズで266万3000部ですね。

 

元木:おめでとうございます! すごいですね。これはもう、すぐに1000万部いっちゃいますね! ドリルって、1年生で使ったらそのあと2年生も……って使い続けていくものですから。

 

谷 綾子さん(以下、谷):そうですね、長く売れてくれるといいなと思います。

 

元木:でもまた、なんでこの本を出そうということになったんですか?

 

山本:そもそも、脚本家の古屋雄作さんが「うんこ川柳」というものを作っていて。「うんこをヒョイヒョイ運びます」「うんこがザワザワ騒ぎます」とか。古屋さんが趣味でこれを作っては、自分のホームページで公開していたんですね。で、それを本にまとめたいと出版社に持ち込んだものの、断られ続け……。僕は古屋さんと中学の同級生だったこともあって、うんこ川柳のことは知っていたので、ならばぜひうちで本にしないか、と。

 

ただいったんは盛り上がったものの、冷静になって考えてみると、これは果たして売れるんだろうか、誰かの役に立つのだろうか、いやこのままではならないよね、と思い直しまして。以前から教育とエンターテイメントに関する本を作りたくて、教科書やドリルの研究はしていたんです。ならばうんこ川柳を元に、うんこで日本を楽しむ、そんなコンセプトの本を作れるんじゃないかと、具体的には、うんこ川柳で漢字を覚える、ということができないかと思いついたんですね。

 

元木:なるほど、うんこなら俺にまかせろ、っていう人と、そのうんこを商業化して世に出そうという人が、タッグを組んだわけですね。

これが、作者の古屋雄作氏が個人的に作り溜めていた「うんこ川柳」。旧来の友人だった山本さんと書籍化の話で盛り上がり、よりたくさんの人に届けるために“漢字ドリル”という形に転換されたのです
これが、作者の古屋雄作氏が個人的に作り溜めていた「うんこ川柳」。旧来の友人だった山本さんと書籍化の話で盛り上がり、よりたくさんの人に届けるために“漢字ドリル”という形に転換されたのです

 

教育とエンタメを組み合わせ自由で楽しいものに仕上げる

元木:山本さんにとって、そもそも“本はこうあるべき”という目指す形とか、ルールのようなものはあったんですよね?

 

山本:今まで出版してきた本にも言えることなんですが、“実用とエンターテイメント”の融合を目指している、というのはありますね。実用というと、教育や自己啓発とか。教育というと堅苦しいものだったり、自己啓発というとちょっとギラついたような印象があるんですけど、そこにエンタメ性を加えて、自由でとっつきやすいものにするというか。常に、人の役に立つものをエンターテイメントの形で届ける、という基本姿勢はあります。

 

元木:ただ、文響社にとって学習参考書は初めてですよね? 出版業界全体でみても、特にドリルは難しい分野なので、公文や学研くらいで、ほかに参入するところがないくらい。そういう意味では、意外とライバルが多いようで少なくて、そのライバルたちはマジメなもので攻めてくる。そこへこのドリルが出るのを知って「うんこで来たか!」と驚いたんですけど、谷さんは担当編集者になったとき、率直にどう思いました?

 

谷:最初に「面白いな」と思いました。でも、子どもはうんこが好きなのはわかるけど、女の子だったら恥ずかしいんじゃないかとか、高学年でもまだうんこが好きなのかとか……うんこが好きな子どもは限られるんじゃないのかな、とも思っていたんですよ。ただ、その時点ですでにいくつか例文案が出来てきていて、それを読んだ時にめちゃくちゃ面白かったんです。いけるっていう気になりましたね。

 

元木:でもそれまで、人前で「うんこ」なんて、言ったことなかったですよね?

 

谷:人生において、たしかにそんなに言う機会はなかったですね。

 

元木:私だって、今こんなに「うんこ、うんこ」言っていられるのなんて、この本のおかげですよ。

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完成するまでの“便秘期間”は長かった……!

元木:初めて学習参考書を手がける、となって気を使った部分はありました?

 

山本:そうですね、最初は「うんこって面白い」というところから始まったわけで、学習参考書を作るにあたって題材にうんこを選んだ、というわけではなかったので、学習参考書の高い壁にぶつかりましたね。ドリルというのは、シンプルに見えて、実はいろいろな要素がつまっているものなので。そこでプロの力を借りようと、教育図書の編集を手がけているあいげん社さんに、監修をお願いしたんです。

 

元木:嘘は教えられないですもんね。

 

谷:はい。制作自体はうちで担当しましたが、漢字など情報に間違えはないか、言葉のバリエーションは充分か、などのチェックから、読みと書きを各1回以上はできるようにしようとか、1年生は1ページに漢字は1字にして書き取りのスペースを広くとろうとか、そういうアドバイスをもらったり。それ以外にも、保護者の方にインタビューしてアイデアを得たりと、勉強しながら作っていった感じです。

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元木:作るにあたって、どれくらいの時間がかかったんですか?

 

山本:実は、完成までに2年くらいはかかっているんです。

 

元木:ではずいぶん前から、密かに「うんこ、うんこ」と言っていたんですね(笑)

 

谷:ええ、こっそり「うんこ」フォルダを作って(笑)

 

元木:でも2年とは、けっこうしっかり研究されたんですね! “ポッと出”じゃないぞ、と。

 

谷:そうですね。けっこう便秘期間は長かったですね(笑)やっぱり、検証やリサーチに一番時間がかかって。この形になるまでに、試作もいろいろしましたし。このうんこ型のドリルは実現しませんでしたが、せっかく型を作ったので、ノートなどノベルティを作って販促に役立てたりして活用しています。

 

元木:でも、全体的におしゃれな感じだからいいですよね。

 

谷:ありがとうございます。デザインもイラストもすべて、社内のデザイナーが手がけたんですが、その人、うんこ先生に似ているんですよ(笑)

装丁は当初、うんこ(“うんこ先生”の頭部)を象ったものにしようとしていたといいます。写真は試作。ところが、書店の店頭で置き場所がないなど流通の段階でのハードルが高く、残念ながらこの大胆な試みは見送られることに
装丁は当初、うんこ(“うんこ先生”の頭部)を象ったものにしようとしていたといいます。写真は試作。ところが、書店の店頭で置き場所がないなど流通の段階でのハードルが高く、残念ながらこの大胆な試みは見送られることに

 

装丁や本文のデザインは、社内のデザイナーが担当。写真は、制作の過程で複数作られたデザイン案の一部。多色を使っていたり背景に色柄を敷いていたりと、ややトゥーマッチな印象を受けます。最終的に、ポップでありながらシンプル、かつセンスを感じさせる、大人も手に取りたくなるようなデザインに仕上がりました
装丁や本文のデザインは、社内のデザイナーが担当。写真は、制作の過程で複数作られたデザイン案の一部。多色を使っていたり背景に色柄を敷いていたりと、ややトゥーマッチな印象を受けます。最終的に、ポップでありながらシンプル、かつセンスを感じさせる、大人も手に取りたくなるようなデザインに仕上がりました

 

笑顔で机に向かう子どもたちが増えることを願って

元木:小学1年生から6年生まで、全部で例文はいくつ載っているんですか?

 

谷:全部で、3018例文あります。そのすべてにうんこが出てきます!

 

元木:でも、こんなにヒットすると思っていました? 売れる自信はありましたか?

 

山本:ヒットするか、まったく売れないか。どちらかにしか転ばないとは思っていました。自信があるというよりとにかく、「売りたい!」という気持ちだけはとても強くて、什器も気合を入れてつくりましたし。でも、ここまで売れるとは、とけっこうびっくりしています。

 

元木:増刷が決まったのは、いつだったんですか?

 

谷:実は正式発売の前なんです。発売日は3月24日だったんですが、一週間前から一部で先行発売をしていて、SNSを中心に火がついて。発端は、購入された主婦の方がツイッターに「うんこ漢字ドリルが面白い」と書き込んでくださって、そのツイートが最終的に4万8000回くらいリツイートされたんですね。そこから一週間くらいで方々の書店さんで品切れになったんです。

 

元木:すごいですねー! そうしてここまで売れて、いまハッピーですよね?

 

山本:そうですね。こんなに喜んでいただけてうれしいです。「子どもが自主的にドリルを開いていてびっくり!」なんてお声をお母さんからいただいたりしていますし。勉強とはマジメにやるべき、という常識に一石を投じられたのだとしたら、子どもたちにとってもよかったなと思いますね。

 

元木:実は私、これを読んでいて「おうちの方へ」という一文に感動したんです。

 

谷:わあ、本当ですか! よかった!

 

元木:ここに、うんこのことを「魔法のような言葉」って書いているんですね。それと「笑顔で机に向かう子どもたちが増えることを、心から願っています。」というところ。胸がキュンとしちゃいました。

 

山本:すごくうれしいなあ。このドリルは、塾に行っていたり元から勉強ができたりするような子ではなく、机に向かうのが苦手というような子どもに楽しんで机に向かって欲しいと思って作ったものなので。古屋さんも、例文もなるべく明るくポジティブな内容にしようと工夫してくれているし。それが子どもたちに届いたのだとしたら、とてもうれしいです。

表紙をめくると「おうちの方へ」の一文が。“うんこ”という題材への偏見や誤解を解き、「子どもたちに楽しく学んで欲しい」という作り手の思いを伝えるためのメッセージです
表紙をめくると「おうちの方へ」の一文が。“うんこ”という題材への偏見や誤解を解き、「子どもたちに楽しく学んで欲しい」という作り手の思いを伝えるためのメッセージです

 

巻末には、「うんこ先生からみんなへ」のメッセージ。例文中のうんことの関わり方は、あくまで楽しく漢字の練習ができるよう作られた“フィクション”であり、これを実行して友だちや周囲に迷惑をかけないよう注意を促す、そんな配慮もしっかりされています
巻末には、「うんこ先生からみんなへ」のメッセージ。例文中のうんことの関わり方は、あくまで楽しく漢字の練習ができるよう作られた“フィクション”であり、これを実行して友だちや周囲に迷惑をかけないよう注意を促す、そんな配慮もしっかりされています

 

例文の完成度が最重要。第2弾はもう少し先……?

元木:勉強ができる子になろう、勉強していずれはいい大学へ行こう、という学習参考書が多いじゃないですか。そういう勉強の仕方をする時代は変わったんだなって、楽しく勉強していいんだ!という気持ちになりました。

 

山本:そうですか、とてもうれしいです。やっぱり多くの人に、勉強がつらかった、っていう思い出があるじゃないですか。覚えなきゃいけなくて嫌々覚えたっていう。そんな親御さんにも共感してもらっているのかもしれません。

 

元木:でも、このドリル、楽しくてもう終わっちゃった、という人もいると思うんです。これが終わったらどうしたらいいですか? 第2弾、なにかもう考えていらっしゃるのでは?

 

山本:シリーズ化して欲しいというお声はいただいています。が、まだ決まっているものは何もないんですよ。中学生向けとか、小学生向けのドリルから一歩進んだ問題集など、可能性はいろいろありますが。とにかくこれは例文のクオリティが大事で、ここは特に妥協してはいけない部分なだけに、なかなかすぐには作れないんです。この『うんこ漢字ドリル』の例文も、古屋さんが沖縄に合宿に行ってまで、練り上げたものですから。

 

元木:沖縄で!?

 

谷:沖縄の静かでのどかな環境が必要だったんですね。そのおかげか、例文には意外にバラエティがあって。

 

元木:そう、大人でも読んでいるだけで楽しい! 「なにかうんこについて質問はありますか?」……ないよ! 「うんこにはくさいという性質がある」……まあね。なんていちいちツッコミたくなっちゃう。それをマジメに出版する、っていうそんな会社を訪ねてみたかったし、そんな人たちに会ってみたかったんです(笑)。

 

山本:ありがとうございます(笑)。

 

谷:お会いできてよかったです(笑)。

うんこドリルは、そこかしこにさりげなく「冒険家」が登場。とあるひとりの冒険家が、行く先々で遭遇するうんこに関するシーンを盛り込んでいます。そんな遊び心も、子どもたちを飽きさせないための秘策のひとつ。
うんこドリルは、そこかしこにさりげなく「冒険家」が登場。とあるひとりの冒険家が、行く先々で遭遇するうんこに関するシーンを盛り込んでいます。そんな遊び心も、子どもたちを飽きさせないための秘策のひとつ。

 

小学6年生のドリル、最後の1字は「翌」。その例文で「1.うんこがなくなった翌日、ぼくは落ちこんだ。」「2.うんこがなくなった翌週、ぼくは泣いていた。」「3.うんこがなくなった翌年、ぼくは中学生になった。」と、とうとううんことお別れするのです。さみしい!
小学6年生のドリル、最後の1字は「翌」。その例文で「1.うんこがなくなった翌日、ぼくは落ちこんだ。」「2.うんこがなくなった翌週、ぼくは泣いていた。」「3.うんこがなくなった翌年、ぼくは中学生になった。」と、とうとううんことお別れするのです。さみしい!

 

Profile

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文響社 代表取締役社長 / 山本周嗣(左)

1976年生まれ。外資系証券会社のトレーダーを経て、出版の世界へ。2008年に『夢をかなえるゾウ』著者の水野敬也氏とミズノオフィスを、2010年に文響社を立ち上げる。『うんこ漢字ドリル』を企画した。

文響社 編集部 マネージャー / 谷 綾子(中)

1982年生まれ。2014年に文響社に入社し、『ズボラーさんのたのしい朝ごはん』『たとえる技術』などを担当。『うんこ漢字ドリル』では、アイデアを本に落とし込む作業を中心に進行管理などを担った。

ブックセラピスト / 元木 忍(右)

brisa libreria代表取締役。卒業後、学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と一貫して出版に関わる。その後、東日本大震災を機に人生を見直し、2013年にココロとカラダを整えることをコンセプトとした「brisa libreria」を起業。訪れる人が癒される本を中心に据え、エステサロン、ヘアサロンを併設する複合サロンとして、南青山にオープンした。http://brisa-plus.com/libreriaaoyama

 

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