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2018/2/21 18:00

追加・削除された語句はどう選ばれた? 「広辞苑」10年ぶり大改訂の裏側を直撃インタビュー!

先月発売となった「広辞苑」第七版。10年ぶりの大改訂で新たに1万項目が追加されたことでも話題となっていますが、この10年と言えば、スマホやSNSが普及し、言葉も大きく変わった時代です。目まぐるしく変わっていったこの時代のなかで、「広辞苑」の制作現場ではどんな編集作業が行われていたのでしょうか。今回は「広辞苑」第七版の編集に携わった岩波書店の平木靖成さんに、辞典編集の実際をうかがいました。

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↑岩波書店・辞典編集部の副部長、平木靖成さん。「広辞苑」「岩波国語辞典」など、辞典の編集歴20年以上のすごいお方です

 

「広辞苑」は国語辞典ではない!?

――「広辞苑」は日本における辞典の代表ともいうべき存在ですが、ほかの国語辞典と比べてどんな違いがありますか?

平木靖成さん(以下:平木):まず、「ほかの国語辞典と比べて」とのご質問ですが、実は「広辞苑」は国語辞典ではありません。“国語辞典と百科事典を1冊に合わせた辞典”というのが、1955年にデビューした「広辞苑」のコンセプトです。単に言葉だけを扱うのではなく、事柄も扱うものなのです。

 

競合辞典を挙げるとするならば、「大辞泉」(小学館)や「大辞林」(三省堂)になります。これらはすべて、「広辞苑」と同じく国語+百科という体裁になっています。

 

――そういった競合辞典もあるなかで、「広辞苑」としての特徴はどういったところでしょうか?

平木:「広辞苑」は時代とともに語義変化があった場合に、(現代の意味からではなく)古くからある元々の意味から順に記載してます。ここがほかの辞典とは1番違っているところかなと思います。

 

――今回、10年ぶりに改訂された第七版が話題を呼んでいるわけですが、主にどんなところをアップデートされたのでしょうか?

平木:百科的な項目は、この10年の間の変化……つまり、研究が進んだり、法律が変わったり、市が合併して新しい市ができたりというところの反映が主な改訂になります。

 

もちろん、10年経ったからといってあまり変化をしなかった分野もあります。例えば、歴史ですが、そういった分野でもこれまで手薄だったところには、力を入れました。

 

一方、国語項目のほうは世の中で定着したと考えられる言葉、例えば「がっつり」「ちゃらい」「のりのり」などを収録しました。また、類義語の意味の違いの書きわけも今回の改訂の大きな柱です。例えば、「さする」と「なでる」の違いがすっきりわかるようになっています。

 

第七版の改訂は、第六版制作中から始まっていた!?

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――10年ぶりとなった今回の改訂は、いつ頃から着手されたのでしょうか?

平木:着手というのが何を指すかにもよりますが、辞典の業界では「辞典を出した直後から、次の改訂を始める」とよく言われます。今回で言えば、前回の第六版を作り終えたときに「ここが足りなかったから、次の第七版で力を入れよう」というようなことです。

 

しかし実際には、改訂版を出す前から次の課題は見つかっているものです。時間が足りないなどの理由で諦めざるを得なかったけれど、次の改訂の課題としてそれらは蓄積されていきます。そう考えると、改訂の着手は前回の改訂版を作っているときからすでに始まっているとも言えるのです。

 

――第六版を出す前から、というのは驚きました。では、改訂の実作業をスタートさせたのはいつ頃だったのでしょうか? また、特に大変だったのはどういった点でしょうか?

平木:チームとして立ち上げたのは、2013年からです。最初は14人のチームだったのですが、出たり入ったりがありつつ、最も多い時期には外部の校正者を含めて17人のチームになりました。

 

編集部員には担当分野を決めます。国語のほうはあまり細かくないのですが、百科のほうは460くらいのカテゴリがありました。当然、各編集部員にとって得意な分野が割り当てられることが多いのですが、ときには得意じゃない分野を受け持たなければいけないこともあります。そういう場合、人にもよりますが、きっと大変だったのではないかと思います(笑)。

 

「未来に定着するかどうか」を予測しながらの新語収録

――今回は新しい項目を約1万収録しています。こういった項目はどのようにして決められたのでしょうか?

平木:国語分野では、編集部員が日頃からメモしていたものや、読者の方からの「こんな言葉が入っていないから入れてほしい」という要望をずっと溜めておいて、編集会議で「何を収録して、何を収録しないか」を決め、最終的に国語の監修の先生に確認していただきました。

 

その際、掲載するかしないかの判断は「日本語として定着しているか」または「定着する可能性があるかどうか」……それだけです。

 

――「定着する可能性がある」という予知的な観点で収録する・しないを決めることもあるのですね。

平木:特に若者言葉や俗語というものは使われ方が不安定です。仮に、次の改訂が10年後だとして、その10年後までそのままで使われ続けているかどうかと考えた際、「今回は見送っておこうか」ということもあります。

 

一方、百科のほうは国語ほど難しくはない面があります。例えば、新しい法律ができたら、それはたぶん10年以上は使われていくものでしょうから、「未来の定着」の判断を比較的しやすいのです。

 

――今回の改訂で多く項目が追加された分野はありますか?

平木:料理・スポーツ・ポピュラー音楽・アニメなどの分野は重視しました。料理では「キーマカレー」「チュロス」とか、あとはワイン関係で「テロワール」「カベルネ・ソーヴィニヨン」とかを入れました。

 

「広辞苑」に限らず、辞典はもともと男性目線のものが多かったんです。しかし、例えば新聞でいう家庭欄で使われるような言葉、女性のほうがよく使う言葉もきちんと入れていく方向に変わってきています。

 

基本的に項目を減らさないなか、削除される語句とは?

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――改訂によって逆に削除する項目もあるのでしょうか?

平木:今回は数百項目くらいを減らしましたけれど、「広辞苑」は古語から扱っている辞典ですので、いまではあまり使われなくなった言葉だからといって削除しません。明治時代の小説を読むときには当時の旧制高校の学生言葉も入っていないといけないですし、バブル期の歌を聴くときには「ポケベル」の意味がわからないといけません。

 

ただ、そういったなかで改訂で落とす対象になりやすいのが、2つ以上の言葉が合わさってできた単純な「複合語」です。今回の改訂でいえば、「書留小包」という言葉を落としましたが、理由は「書留」と「小包」というそれぞれの言葉を引けば「書留小包」の意味もだいたいわかりますよね。同じような理由で「給水ポンプ」「基本値段」といった言葉も落としました。

 

一方、複合語でも、そこで新たな意味を生み出しているものは収録します。例えば「あの人」「あの川」「あの山」という言葉は載せないですが、「あの世」となったら、これは「死後の世界」という意味を持ちますから載せるという判断になります。

 

辞典編集者は「正しい言葉」ということを基本的に考えない!?

――最初の話に戻りますが、10年以上関わってきた改訂版が出たときのお気持ちはいかがでしたか?

平木:できあがって嬉しいと思ったことはあまりないんですよ。作っている過程は楽しいこともあるのですが、冒頭でもお話ししたように常に先々への課題が見つかりますし、いろいろなご意見やご要望を読者の方からいただきますので。

 

――ずっと言葉について考える仕事をされていると、例えば電車に乗っているときなどについ言葉が耳に入ってきて「その言葉の使い方、違うんだけどな」と思うような、職業病みたいなことはありませんか?

平木:「違うんだけどな」とはあまり思わないですね。「正しい言葉とは何か」を知りたい人は世の中に多くいますが、辞典編集者は「正しい言葉」ということは基本的に考えませんので。

 

――!?  どういうことですか?

平木:言葉は常に変化していくもので、使う人が多くなればなるほど、それがいわば正しくなっていくからです。昔は「うつくしい」の語義が、枕草子にあるように「かわいらしい」という意味だったけれども、いまは「ビューティフル」の意味で使わなければ意味が通じません。

 

助詞の使い方などにしても、明治時代は「服を着る」ことを意味して「服装する」と言っていたこともありました。ほかにも、「必死に働く」を「必死と働く」と言っていたり。

 

なので、何が正しくて、何が間違いであるのかというのは、時代ごとにどのような言葉や言い方が多く使われていて、いかに不自然に思われないかというだけなんです。ですから、普段生活の場で言葉に触れるときは、「違うんだけどな」という見方はなくて、「こういう言い方もするようになったんだな」という見方をすることが多いです。

 

――ありがとうございました!

 

果てしない数の言葉に触れ、その意味を追求しながらも、一方で時代に合わせた柔軟性も持っていないと成り立たない辞典編集の世界――。こういった制作側の思いをも感じながら「広辞苑」のページをめくってみたいものですね。