皆さんは読みたい本を選ぶとき、何を決め手にしているだろうか。
好きな作家だから。テレビや新聞、雑誌などのレビューを見て面白そうだったから。本の帯に書かれた内容に惹かれたから。表紙の雰囲気が好みだというジャケ買いならぬ表紙買いもあるだろう。
私の場合は、「解説」を誰が書いたかが、割と大きな誘引ポイントである。解説を書いた人が著名な人だったり、好きな作家だったり、意外なタレントだったりすると、本編とは別で楽しみな存在になる。
今回取り上げるのは、私が大好きなオードリー・若林氏が解説を担当した『天才はあきらめた』(山里亮太・著/朝日新聞出版・刊)である。南海キャンディーズの山ちゃんが綴った魂の記録だ。
南海キャンディーズというお笑いコンビの印象
私はまあまあお笑い好きだが、M-1グランプリなどのショーレースの類を欠かさず見ているわけでもなく、世の中で流行っているお笑い芸人にそこまで詳しいわけでもない。なので、南海キャンディーズに関する知識も世間一般程度のものだ。
しずちゃんは、絶対いい人そう。お笑いの他に女優とかボクシングとか、いろいろ挑戦している。そして、とても大きな女性。ざっくりとしたイメージで申し訳ない。
一方、山ちゃんはというと、正直最初はなんだか陰湿でオタク気質な赤メガネという印象だった。
だが、ここ数年でその印象が大きく変わった。気づけばさまざまな場所で山ちゃんを見かける、というか声を耳にする。彼のナレーションは記憶に残る。そして、なんとプリキュアの映画にも声優として出演していた。もしや、めちゃめちゃ多才な人なのかも、そんなふうに思い始めていた。
さて、そこに来て『天才はあきらめた』を読んだわけだが、とにかく全編通して熱量がすごい。「お笑い芸人になりたい」そして「天才になりたい」という想い。そのために文字通り「もがき苦しんだ」姿が、それはもう赤裸々に語られているのである。
“お笑い”という未知なる世界
そもそも、私を含め一般の人々にとって、お笑い業界は未知の世界だ。芸人になるための養成所があることは知っているが、どうやって入るのか、どんな試験があるのか、そこからどうスターダムにのし上がっていくのかは、まったく見えない。テレビ局のスタッフやマネージャーとの関わり方も謎だし、芸人同士のつながりもよくわからない。
だが、本書を読んで、なんとなくだがイメージができてきた。とても過酷で、権力のある人に気に入られないと前に出ていけないこともあり、コンビには突然解散が訪れるものなのだと。そして、お笑い芸人同士に固い絆があることも。(きっと、本書の千鳥・大悟氏とのエピソードで胸熱になるはず!)
過去にコンビを組んでいた相方に対しての暴挙や、しずちゃんへの嫉妬ゆえの言動。正直、あまりに赤裸々に描いているが故に、一瞬本を閉じようかと思った箇所もあった。でも、こうして”黒い感情”を包み隠さず公表し、そんな暗黒の時代をもガソリンに変えて邁進してきたからこそ、多くの人に愛される”山ちゃん”が出来上がったのだと感じた。
山里亮太という人間は、自分が受けた酷い仕打ちや扱い、売れている芸人への嫉妬など、他者に対するすべての醜い感情を燃料とし、パワーに変えて現在の地位を築いたのだ。
山ちゃんの自叙伝のようで、実は啓発本でもある
そしてもうひとつ、この本は単に山里亮太の半世紀ではなく、ある種の啓発本のようなものを感じた。
たとえば、「どんな些細なことでも構わない、小さな自信を貼り付けていけば、いつしか立派な”張りぼての自信”となる」ということ。この「張りぼての自信」があることで、その後立ちはだかる数々の壁を跳ね飛ばしていける。山ちゃん曰く「自信貯金」である。
自分の行動をしっかりと目的に結びつけ、自分で自分を褒めてあげる。この繰り返しが、結果大きな自信につながっていくのだ。
もちろん、「自分ってダメな奴だ」と落ち込む日もある。そんなときは、貯金を少しずつ切り崩して、自信を保っているのだという。
また、人間誰しも壁にぶつかると逃げ出したくなってしまうものだ。そんなとき山ちゃんは、逃げられないように、後戻りができないように、「自ら退路を断つ」のだという。時には思い切った行動をして、「逃げられないような環境に自分を追い込む」のだそう。
芸人になるために無理言って大阪に出てきてしまったこと。コワモテの寮の先輩たちに対して「芸人になるために関西にやってきました」と宣言したこと。必然的にほかの選択肢がなくなれば、前に進むしかない。サボるための言い訳は出てこない。
これらはお笑い芸人のみならず、どんな職業でも、どんな人の人生においても、参考になる思考法ではないだろうか。
ひとつのネタを作り上げるために何度も何度もブラッシュアップして、常に反省をし、より高い場所へ進んでいけるように努力する。逃げ出さないために退路を断ち、自信貯金を糧に突き進む。そんな彼の人生を目の当たりにし、私は山ちゃんからエールをもらったような気がした。
天才はもう一人いた! 若林氏の解説は必ず読むべし
それにつけても、若林氏の解説「ぼくが一番潰したい男のこと」だ。
もう、大絶賛である。秀逸な読み物である。正直、何度読み返したかわからない。解説びいきな私だが、ここまで解説に感銘を受けたのは初めてだ。
山ちゃんが天才ならば、若林氏もまた天才である。
そして、『天才はあきらめた』読了後、改めて南海キャンディーズのネタをYouTubeで検索して見てみた。過去に見たときよりも、さらに面白い。なんだか、このネタが披露されるまでの背景が想像できて、にんまりしてしまう。
一冊で二度も三度も楽しめる。やはり、山里亮太は天才なのかもしれない。
【書籍紹介】
天才はあきらめた
著者:山里亮太
発行:朝日新聞出版
「自分は天才にはなれない」。そう悟った日から、地獄のような努力がはじまった。嫉妬の化け物・南海キャンディーズ山里は、どんなに悔しいことがあっても、それをガソリンにして今日も爆走する。コンビ不仲という暗黒時代を乗り越え再挑戦したM-1グランプリ。そして単独ライブ。その舞台でようやく見つけた景色とは――。2006年に発売された『天才になりたい』を本人が全ページにわたり徹底的に大改稿、新しいエピソードを加筆して、まさかの文庫化! 格好悪いこと、情けないことも全て書いた、芸人の魂の記録。《解説・オードリー若林正恭》