創業一族の社長が急逝、次期社長を巡って権力争いが勃発した大手出版社を舞台に、曲者たちがスリリングな攻防を繰り広げていく話題のエンターテインメント映画『騙し絵の牙』。大泉 洋さん演じる主人公の雑誌編集長・速水に翻弄される新人編集者・高野を演じた松岡茉優さんに、撮影中のエピソードや大好きな小説などについてお話を伺いました。
大泉 洋さんはどんな方と接するときでもフラットでいてくれる
――『桐島、部活やめるってよ』(2012年)以来、8年ぶりに吉田大八監督作品の出演になります。
松岡 吉田監督は、私が出演した作品をほとんど見てくださっていて、『勝手にふるえてろ』(2017年)のときにメールで長文の感想をいただいたんです。それはすごく励みになりました。『桐島、部活やめるってよ』以降、お会いしていない中で今回のオファーをいただいたので、その信頼に応えたいという気持ちが常にありました。『桐島、部活やめるってよ』のころは16歳で、一日一日を過ごすことに精いっぱい。今ほど現場の空気も分からなかったので、吉田監督がこういう演出をする方だなという目も持っていなかったです。ただ、あのころから、ずっと穏やかな印象で、吉田監督が怒っているところは一度も見たことがありません。
――『騙し絵の牙』は出版業界の慢性的な不況が続く中、時代のニーズに合わせた経営を模索する大手出版社が描かれていますが、こうした出版業界の現状は知っていましたか?
松岡 出版業界が厳しい状況にあるのは知っていましたが、たとえば取次はどういうお仕事をしているのかなど、詳しいことは知らなくて。事前に吉田監督から出版業界について勉強してほしいと言われたので、出版業界を書いた本などを読んで勉強しました。撮影現場には、出版業界で働いている方がコーチのようについてくださって、疑問に思ったことをその場で聞くことができたので、不安のない状態で演じられました。
――松岡さん演じる高野 恵は小説への愛が深く、上司や大物小説家にも忌憚なく意見を言えるキャラクターですが、演じる上でどのようなことを意識しましたか。
松岡 恵は「本に救われてほしい」という気持ちがある人ですが、それを押し付けるのではなく、ピュアに本を愛しているのが伝わるように意識しました。直談判するシーンや、上司の方に食らいつくようなシーンでも、とにかく熱意で押し通すのではなくて、あなたも本が好きでしょう? 私も好き、だから会話ができるはずだという気持ちで演じました。
――恵のどういうところに共感しますか。
松岡 恵は上司や大物作家さんなど、とても自分が敵わないような相手であっても、その場の空気に流されないところが、とてもかっこいいなと思いました。上司のみなさんも、本や小説が好きという思いは一緒で、本当の悪者はいないんです。でも、大人になるにつれて、家庭があったり、責任があったりで、自分の気持ちとは違うところに流されていく。そんな中で恵は、おかしいことはおかしいと言えるところが、しなやかで素敵なんですよね。
――松岡さん自身と共通する部分などはありますか?
松岡 わりと私は人に嫌われたくないと思っているタイプなので(笑)。時と場合によっては、場の空気に合わせることもあります。ただ自分の根源に関わるようなことに対しては否定します。
――主人公の速水は原作の時点で大泉 洋さんへの当て書きですが、松岡さんから見て、速水と大泉さんに共通点は感じましたか?
松岡 吉田監督は、具体的なリテイクをされるタイプの方ですが、大泉さんには「大泉さんっぽいからやめてください」とか、「ちょっと大泉さんが出てます」みたいなリテイクがありました。小説は大泉さんへの当て書きではありますが、映画版の速水は大泉さんらしくない大泉さんと言いますか、大泉さんらしさを削ぎ落した役どころになっているのかなと近くで見ていて感じました。
――大泉さんとの映画共演は今回が初ですが、息の合った掛け合いが印象的でした。
松岡 大泉さんは、どんな方と接するときでもフラットでいてくださるんです。役者さんとしてはもちろん、『水曜どうでしょう』も大好きですし、とても尊敬している先輩ですが、たぶん今回は私に歩み寄ってくださったんだと思います。
――今をときめく役者さんから、世界的に活躍するベテランの役者さんまで多数出演していますがプレッシャーはありましたか?
松岡 毎日、大先輩方とお芝居をさせていただいて本当に楽しかったです。以前はプレッシャーを感じることもあったんですけど、ずいぶんと図太くなりました(笑)。
――文藝春秋の社屋でも撮影したそうですね。
松岡 文藝春秋さんが、全面的に協力してくださいましたが、特に思い出深かったのが資料室のシーンです。100年以上続く出版社さんですから、資料室は重厚な雰囲気で、戦前の雑誌など貴重な資料も多くて。映画としては一瞬なんですけど、2時間ぐらいいて、当時の本も読ませていただきました。
――音楽を担当したLITEの劇伴が映画のストーリーを盛り立てていましたが、LITEの曲を聴いた感想はいかがですか。
松岡 ドラムの音が印象的で、この映画には主題歌がありませんが、音楽とともに映画がトロッコに乗っているような感覚がありました。私自身、クラシックやジャズも含めて、インストが大好きなんです。もちろんJ-POPも好きなんですけど、言葉が入っていると、そっちに意識がいってしまうので、家でも仕事中でもインストを聴くことのほうが多いです。
――最近よく聴いているアーティストは?
松岡 インストではないんですけど、「バトルス」というアメリカの2人組のアーティストはよく聴きます。
――恵の父親は小さな書店を営んでいますけど、松岡さんは普段から本屋に行きますか?
松岡 よく行きます。本屋さんで一番うれしい瞬間は、大好きな作家さんの新作をネットではなく、本屋さんで実際に見て知るときです。先日も大好きな益田ミリさんの新刊を本屋さんで見つけてうれしかったです。
――好きな本屋はありますか?
松岡 学生時代は新宿の紀伊国屋書店さんにしょっちゅう行ってました。オーディション会場は新宿が多くて、その前後に行ってましたね。
――最後に松岡さんが影響を受けた小説を教えてください。
松岡 山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』です。山田詠美さんの作品は、どれも青春のバイブルですが、中でも学生時代に読んで引き込まれた『ぼくは勉強ができない』は特別な小説です。初めて読んだ山田詠美さんの小説は『放課後の音符』なんですけど、それこそ新宿の紀伊国屋書店さんで見つけて、装丁がすごく可愛くて手に取ったのが出会いでした。『勝手にふるえてろ』を撮っていたときに、原作を書いた綿矢りさ先生とお話しする機会があったんですけど、綿矢先生も山田詠美さんの本はバイブルと仰っていて、世代は違いますが、どこかで繋がっているんだなと感じたのを覚えています。
『騙し絵の牙』
2021年3月26日全国公開
出演:大泉 洋 松岡茉優 宮沢氷魚 池田エライザ 佐藤浩市
原作:塩田武士『騙し絵の牙』(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督:吉田大八
脚本:楠野一郎 吉田大八
音楽:LITE
企画・配給:松竹
(c)2021「騙し絵の牙」製作委員会
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