トニー賞、ニューヨーク劇評家賞、ピューリッツア賞など数々の賞を受賞してきた近代演劇の金字塔『セールスマンの死』がまもなく開幕。若者の挫折や家庭の崩壊を描く本作で、次男・ハッピー役を演じるのは林 遣都さん。自身と共通する部分が多く、「いつか挑んでみたい作品だった」と話す林さんに、本作の魅力や演劇活動にかける思いなどをたっぷりとうかがった。
【林 遣都さんの撮りおろし写真】
ハッピーを演じることに強い運命を感じています
──今回の『セールスマンの死』は以前から出演してみたいと切望されていた戯曲だそうですね。
林 はい。数年前にKAAT(神奈川芸術劇場)で長塚圭史さんが演出をされていた舞台を拝見し、とても感動したんです。自分がこの先、役者を続けていくなかで、いつかこの作品に出られたらなという目標にもなった戯曲で。まさかこんなにも早く実現するとは思っていなくて。お話をいただいた時は本当にびっくりしました。
──どういったところにそれほどの魅力を感じたのでしょう?
林 ひとつに、物語の素晴らしさです。登場人物の一人ひとりが一筋縄ではいかない悩みを抱えていて、しかもそれが家族のことなので、重い話ではありますが、すごく感情移入できる。また、今回の台本をじっくりと読んで改めて気がついたことですが、共感する部分もたくさんありました。僕は10代の頃から東京に出てきてこのお仕事をさせていただいているので、家族に対する恋しさや懐かしさを想起させられたんです。特に自分が演じるハッピーという役の視点で物語を読んだので強くそう感じたのかもしれませんが、きっと僕と同じように自分自身の家族と照らし合わせてご覧になる方も多いのではないかと思います。
──その家族の中心であり、主人公である父・ウィリーを演じるのは段田安則さん。舞台での共演は2019年の『風博士』以来、二度目になりますね。
林 『風博士』でご一緒させてもらった時はたくさんの刺激をいただきました。ですので、もう一度同じ舞台に立てるということが本当に楽しみなんですが、でもそれ以上に稽古前はちょっと緊張していたところがありまして……(苦笑)。
──それはなぜですか?
林 実は、昨年出演した舞台『友達』で鈴木浩介さんとずっと同じ楽屋だったのですが、その時に“どの役者さんがすごいか”という話題になると必ず、浩介さんが段田さんや浅野和之さんのお名前を挙げていらっしゃったんです。しかも、いかにすごいかという話を何度も聞いていたので、『風博士』で初共演した時よりも、さらに緊張が上乗せされてしまって(笑)。
──(笑)。先ほどの言葉では「稽古前は緊張していた」ということでしたが、今はもう大丈夫なんですか?
林 稽古が始まる前に取材を一緒に受ける機会があり、その際にたくさんお話をさせてもらったんです。そのことで、どんどんともう一度共演できる喜びが勝っていって、緊張をかき消してくれました。ですから、今は楽しみしかないです。
──では、そのほかの家族を演じる鈴木保奈美さんと福士誠治さんの印象についてもお聞かせください。
林 母親・リンダ役の鈴木保奈美さんとは初共演になります。ずっとドラマなどで拝見していた方ですので、お会いできるのが純粋に嬉しかったです。兄のビフを演じる福士誠治さんとは、僕がまだ10代だった頃に同じ兄弟役で共演させてもらったことがあるんです。撮影後も福士さんとは、すごく親しくさせてもらっていて。それに、僕が演劇に興味を持ち始めた頃から何度も福士さんの舞台を拝見していて。年齢は少し離れているものの、同じ役者としてあれほど演劇に情熱を注いでいらっしゃる姿にいつも感銘を受けていました。その福士さんと今度は舞台で共演できるというのは本当に嬉しいです。
──そうしたなか、林さんが演じる次男のハッピーはどんな役だと感じていますか?
林 僕自身も、ビフと同じ2歳上の兄がいる次男なんです。また、父が仕事で家を離れることが多かったりと、家庭環境も通ずるものがあるので、このハッピーを演じられることに運命を感じました。もちろん、生まれた時代や場所、環境は異なりますが、次男としての彼の家族のなかでの在り方などには共通するところが多いので、普段自分が感じていることとうまく照らし合わせながら役を作っていけたらと思っています。
──具体的には、どのような部分に共感しますか?
林 ハッピーは本当に“ザ・次男!”という感じなんです(笑)。たとえば、子どもの頃からどこか客観的に家族を見る癖みたいなものが自然と身についていて、それが自分自身の性格にも繋がっている。それに、僕もそうですが、他人の目を気にするようなところがあって。そうやって、まわりとバランスをとろうとしていたりする。無自覚でやってしまっていることとはいえ、そうした苦労なんかもすごく共感できるので、しっかりと掘り下げて役作りにいかしていきたいなと思っています。
役者・林 遣都としてもステップアップしていけたら
──なお、翻訳劇は『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(2017年)と『フェードル』(2021年)に続いて3度目の挑戦となります。林さんが感じる海外戯曲の面白さとはどんなところでしょう。
林 やはり言葉の文化の違いがありますから、セリフの解釈が役者さんによって大きく違ったりするところが面白いです。印象的だったのが、『フェードル』の稽古場には翻訳家の岩切正一郎さんがずっといてくれて、みんなが悩んだりするとすぐに解説をしてくださったんです。特に、主演の大竹しのぶさんは一つひとつの言葉の意味をしっかりと翻訳家さんとコミュニケーションを取りながら考えていく作業をされていて。僕自身はまだその段階までたどりつけていなかったので、ただただ“すごいなぁ”と思いながら、一緒に翻訳家さんの解釈を聞いていただけでしたが(苦笑)。それに、同じ『フェードル』では、セリフのニュアンスや背景が分かりにくかったりすると、「じゃあ、オリジナルの英語ではどういう表現されているのか、みんなで読み解いてみましょう」という時間も作っていただいたりして。そうした機会も含め、常に学びがあるのも翻訳劇の魅力だなと思います。
──今回の演出はショーン・ホームズさんであり、英語ネイティブの演出家なので、オリジナルのセリフの解釈をより深掘りできそうですね。
林 そうかもしれません。それに、今回の『セールスマンの死』は広田敦郎さんの翻訳ですから、それだけでも僕がKAATで観た舞台とは違ったものになるだろうなと感じています。(※KAAT版の翻訳は徐 賀世子) また、台本を読み、“この場面で、どうしてハッピーはこんなことを突然言い出すんだろう?”といった疑問もいくつかありましたので、演出家さんと積極的にコミュニケーションを取りながら、役としても、役者・林 遣都としてもステップアップしていけたらなと思っています。
偉大な先輩方と世界的な名作で共演できることがいかに素晴らしく、誇らしいことなのかを日々感じています
──振り返ると、林さんが初舞台を踏んだのは2016年でした。それ以降、コンスタントに舞台に挑まれていますが、何かきっかけがあったのでしょうか?
林 僕は昔から映画やドラマ、舞台が大好きだったわけではなく、あくまで人並み程度でした。でも、役者の仕事を始めて、少しずつ劇場に足を運ぶようになってから、どんどんと生のお芝居を観るのが大好きになっていったんですよね。素晴らしい作品と出会うと、“自分ももっといいお芝居がしたい”と想いも強くなっていきました。それに、舞台の現場に行くと、お芝居を愛し、情熱を持って自分を向上させようという信念を抱いている方がたくさんいて。それを目の当たりにした時、自分もこの世界でもっとたくさんのことを学び、経験していきたいと思うようになったんです。
──役者としての意識を変えてもらえた場でもあるんですね。
林 そうですね。技術的な面では、発声の仕方など基本的なことも先輩方に教えていただきました。それもあって、“これをもっと前に知っていれば、あの映画のシーンの表現方法も違っていたのにな……”って、今さらながら悔いたりすることもあります(苦笑)。また、舞台は体が資本で、毎公演を万全の状態で挑み、最高のものをお客さんに届けていかなくてはいけないので、そうした精神面でのプロ意識も学ばせてもらっています。
──『フェードル』の時は大竹しのぶさんの楽屋に入り浸っていたという噂を聞きました。
林 はい(笑)。本当に学ぶことが多くて。本番中は逆に自分の出番以外のシーンになっても楽屋に戻らず、舞台袖からしのぶさんやドリさん(キムラ緑子)の演技を見て、勉強していました。
──今作でも大先輩に囲まれて、学ぶことが多そうですね。
林 本当にそう思います。稽古場でも、偉大な先輩方とこうした世界的な名作で共演できることがいかに素晴らしくて、誇らしいことなのかを日々感じています。また、同時に、早くこの舞台をお客さんに届けたいという気持ちも日に日に強くなっています。というのも、お客さんにとっても舞台ってやっぱり特別な空間なんだと思うんです。特にこうしてコロナ禍になった今、以前とは少し違う空気を劇場で感じるようになりました。皆さんがどれだけの思いを持って劇場に足を運んでくださっているのか。改めて非日常的な時間や空間を与えられる演劇は素晴らしいエンターテインメントであり、希望だなと思うようになって。だからこそ、まだまだ苦しいことが続く世の中ですが、今を生きるひとりの人間として、こうして希望を与えられる世界に少しでも携われていることに喜びを感じています。
──では最後に、Get Navi webということで林さんが普段愛用しているモノについてお聞きしたいのですが、稽古場でよく使用しているグッズやリラックスアイテムなどはありますか?
林 最近、トレーニングマットを稽古場や劇場に持っていくようになりました。アップの仕方は役者さんによって人ぞれぞれで、なかには何もしなくても大丈夫なすごい先輩方もいらっしゃるのですが、僕はまだ万全にして挑まないと怖いという思いが強いので、きちんと体をほぐすようにしています。リラックスは……クルマを運転している時間やジョギングをしている時が、一番心が落ち着くんです。特に、走っている間はセリフを覚えたり、作品について考えたりすることに没頭できるので、より集中できるようにとイヤホンを買いました。首にかける骨伝導タイプのものなんですが、ものすごく気に入ってます。
──ちなみに、セリフはいつもどんな感じで覚えることが多いんですか?
林 僕は一心不乱に読むという感じではなく、しっかりと集中して頭に入れるようにしています。自分のセリフもそうですが、掛け合いのシーンだと相手の言葉の意味もしっかりと考えるようにしています。
舞台「パルコ・プロデュース2022『セールスマンの死』」
2022年4月4日(月) ~ 29日(金・祝) 東京・パルコ劇場ほか松本、京都、豊橋、兵庫、北九州にて順次上演
料金:マチネ:11,000円、ソワレ:10,000円
プレビュー公演(4月4日(月)):9,000円
ペアチケット=マチネ:20,000円、ソワレ:18,000円
U-25チケット=5,500円
(STAFF&CAST)
作:アーサー・ミラー
翻訳:広田敦郎
演出:ショーン・ホームズ
出演:段田安則、鈴木保奈美、福士誠治、林 遣都 / 前原 滉、山岸門人、町田マリー、皆本麻帆、安宅陽子 / 鶴見辰吾、高橋克実
(STORY)
1950年代前後のニューヨーク。かつて敏腕セールスマンとして名を上げたウィリー・ローマンも年齢を重ね、二世の社長からは厄介者として扱われているようになっていた。妻のリンダは今も夫を献身的に支えているが、30歳を過ぎても自立出来ない2人の息子たちとは微妙な関係にある。セールスマンこそが夢を叶えるにふさわしい仕事だと信じてきたウィリーだが、その夢はもろくも崩れ始め、すべてに行き詰まったウィリーはある決断を下す……。
撮影/干川 修 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/主代美樹(GUILD MANAGEMENT) スタイリスト/菊池陽之介