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2023/3/21 10:00

田中圭、舞台『夏の砂の上』を振り返る「演じるたびに役の感情が変化していく、深みのある作品でした」

映像のみならず、コンスタントに舞台出演も果たす田中 圭さんが昨年挑んだ舞台『夏の砂の上』。この作品が早くも衛星劇場にてテレビ初放送。厚い信頼を置く演出家・栗山民也さんとの二度目のタッグとしても注目を集めた本作。放送を前に、当時の思い出や作品への思いを語ってもらった。

 

田中 圭●たなか・けい…1984年7月10日生まれ、東京都出身。2003年、ドラマ『WATER BOYS』で一躍脚光を浴びる。近年の主演映画に『ハウ』『女子高生に殺されたい』など。4月より高畑充希とW主演ドラマ『unknown』が放送予定。

 

初舞台だった山田杏奈ちゃんは褒めるところがありすぎる

──『夏の砂の上』は劇作家・演出家の松田正隆氏が1999年に読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した、深淵さのある現代劇でした。最初に戯曲を読んだ時の印象はいかがでしたか?

 

田中 演出の栗山さんから戯曲をいただいた時は、「地味なお話だな」と思ったのが正直な感想でした(苦笑)。そもそも、登場人物や物語の背景の説明がほとんどない作品なんです。僕たち役者はそれぞれに、“こういうことなのかな?”と想像して演じていましたが、それをあえて共有することもしなくって。ただ、確実に感じるのは、長崎の少し寂れた港街が舞台になっていて、根底の部分には原爆をはじめとするいろんな深いテーマが流れているということ。でも、それを浮き彫りにするような内容ではなく、その街で生きている人たちの日常を描いているだけですので、僕らも明確な答えを示すようなお芝居をするのではなく、観る人によっていろんな捉え方ができる作品にするのが正解なのかなと思いました。

 

──田中さんが演じた主人公の治も、感情の起伏がほとんどない無気力な男性でした。

 

田中 幼い息子を亡くし、妻とも別れ、職も失って……。生きる活力をどこにも見出だせない気持ちは分かるような気がします。ただ、その彼が一体何を思って生きていたのかは、僕自身も最後まで分かりませんでした。理解できなかったという意味ではなく、公演のたびに僕の中で答えが変わっていったんです。舞台は日によって掛け合いのテンポなどが微妙に変化し、そうした違いによって、治として芽生える感情にも変化が生まれていって。今回の台本はこれまで僕が経験してきた舞台に比べて随分とセリフの量が少ないんですが、にもかかわらず、稽古ではよく細かいセリフの間違いをすることが多かったです。それぐらい、演じるたびに役の捉え方に変化があったんだと思います。

 

──セリフ覚えの難しさには、長崎弁という普段使い慣れない言葉に苦労されたこともあったのでは?

 

田中 きっとそれもあります。苦労しかなかったです(苦笑)。僕は東京生まれ、東京育ちなので、方言を使う機会がまずなくて。上京してきた方がよく、“地元の友達に会うと自然と方言が出てしまう”といった話をされますが、それもなくって。長崎弁はイントネーションも大きく違いますし、最初は呪文を覚えてるような難しさがありました(笑)。

──また、ずっと無気力だった治の日常に少しずつ変化をもたらしていったものとして、姪・優子の存在がありました。

 

田中 2人の関係性はすごく不思議でした。物語が進むごとにちょっとずつ距離が近づいていき、お互いの中で何かが芽生え、それぞれが抱えていた心の穴を埋めていくんです。でも、その“何か”が一体なんなのかは具体的に分からなくて。それに、きっとかけがえのないもののはずなのに、最後には全て消えてしまう。ネタバラシになってしまうので詳しくは言えませんが、ラストシーンのあとは治がどうなってしまうのか、非常に気になりました。

 

──田中さんはどのような“その後”を想像されました?

 

田中 これもやはり日によって考え方が変わっていきました。舞台の上演が始まった頃は、きっと治は自死するだろうなと思っていたんです。でも、“いや、そうじゃないな”と考えるようになり、今はまた一周回って、やっぱり死ぬのかなって思ってます(苦笑)。興味深かったのが、戯曲にあり、栗山さんも演出として入れたラストシーンの光。あの光の意味をどう解釈するかによって、観劇後の印象が大きく変わっていくんだろうなと思いました。

 

──また、ラスト前に優子の口から発せられる長いセリフも印象的でした。

 

田中 あのシーンは僕も稽古の時から楽しみにしていた一つでした。優子は治と会話をしているはずなのに体は客席を向いていて、優子が自分自身に向けて話しているようにも感じられるんです。そのことで、彼女の言葉を近くで聞いている治の心情もいろんな作り方ができますし、捉え方の数がたくさんあるだけに、“さらに上のお芝居ができるんじゃないか”と思いながら毎回本番に臨んでいました。

 

──優子を演じた山田杏奈さんとはほぼ初共演でした。一緒に演じてみていかがでしたか?

 

田中 杏奈ちゃんはこれが初舞台だったんです。でも、すごく堂々としていて。いつ、どんな場面の稽古をしていても、役者・山田杏奈の存在がまったく見えず、常に優子としてそこにいるんです。それはすごい才能だなと思いました。しかも、稽古初日の読み合わせで、すでに全部のセリフを入れてきていたんです。本人は「舞台の勝手が分からなかったので、とりあえず自分一人でできることをやってきました」と言ってましたけど、主演の僕としては“これは困ったぞ……”という気持ちになりました(笑)。それ以外にも、杏奈ちゃんに関しては褒めるところがありすぎます。いつかまた、別の作品でも共演してみたいです。

 

──演出の栗山民也さんとは2019年の『CHIMERICA チャイメリカ』以来、二度目のタッグとなりました。3年ぶりに演出を受けて、新たな発見などはありましたか?

 

『CHIMERICA チャイメリカ』でご一緒した時は、うまく言葉で説明ができないものの、“また一緒にやりたい”という気持ちが強く残ったんです。そうしたら、こんなにも早く実現して。決まった時はすごく嬉しかったです。また、今回改めて感じたのですが、栗山さんは最終的な判断をいつも役者に託してくれるんです。もちろん、具体的な指示や演出を出してはくださるのですが、“こうしてほしい”と決めつけることはなくって。反対に、役者が悩んでいたりとすると、何気ない会話の中にヒントを盛り込んで、役者に “なるほど、そういうセリフの捉え方もあるのか”と、何通りも答えがあることを気づかせてくれる。ですから、毎日の稽古がすごく刺激的でした。公演が始まってしまうとあまり劇場にはいらっしゃらず、“あとは役者だけで作品を育ててください”というスタンスを取られるのも潔いなと思いますし。ただ、だからこそ、たまに劇場でお見かけすると僕らもテンションが上がってました(笑)。終演後も何かしらダメ出しをもらえないかと、栗山さんの部屋の前をみんなウロウロしていました(笑)。

──今回の稽古で特に印象深かった言葉などはありましたか?

 

田中 先程、初見で台本を読んだ時は「内容が少し地味に感じた」とお話ししましたが、読み解いていくと、どんどんと面白さが分かっていって、非常に完成されたホンだなと思ったんです。ですから、稽古も日を追うごとに楽しくなっていったのですが、そこに気づく前ぐらいに栗山さんが、「今回は俳優に芝居をさせないようにするのが理想だ」とおっしゃっていたのが印象的でした。正直、最初は“なんて酷なことを言うんだろう……”と思ったんです(笑)。でも、すぐにその言葉の意味が理解できましたし、僕も栗山さんと全く同じ考えでしたので嬉しかったです。今回の舞台では極力、田中圭の存在がゼロになる芝居を目指していましたし、そうした姿を放送からも感じ取っていただければと思います。

 

──最後に、放送をご覧になられる方にメッセージをお願いします。

 

田中 この作品は何気ないセリフがすべて伏線になっています。にも関わらず、セリフそのものがあまり重要ではないんです。どういうことかというと、会話のあいだに流れる“間”の緊張感であったり、言葉の裏にある本当の思いが物語をより深いものにしている。何度も見返すことで、“こういうことだったのか”と気づくことがたくさんありますし、できれば繰り返しご覧いただけると、より楽しめると思います。また、僕らがこの舞台を作る上で共通認識として持っていたのは“乾き”でした。放送を観ながら喉が渇くような気持ちになってくれたら成功だと思っていますので(笑)、そうしたことも頭の片隅に置いて観ていただけると嬉しいです。

 

 

夏の砂の上

CS衛星劇場 2023年3月26日(日)後 4・00よりテレビ初放送!

 

(STAFF&CAST)
作:松田正隆
演出:栗山民也
出演:田中 圭、西田尚美、山田杏奈、尾上寛之、松岡依都美、粕谷吉洋、深谷美歩、三村和敬

(STORY)
長崎の港近く、坂の多い街に治の家はあった。息子を亡くし、造船所の職を失い、日がな一日、無気力に生活している。そんなある夏の日、家を出ていった妻・恵子が息子の位牌を取りに、治の家を訪れる。治は同僚と妻の関係に気づいているものの、強く咎めることもない。そのさなか、今度は治の妹・阿佐子が16歳の娘・優子と共に東京からやってきた。夏の間だけ娘を預かってほしいという阿佐子の願いを聞き入れ、その日から治と優子の同居生活が始まる。

【舞台「夏の砂の上」よりシーン写真】

 

取材・文/倉田モトキ