やればやるほど課題が出た
――なるほど、初期段階でアイデアは出ていたんですね。とはいえ、蕎麦店での最初の打ち合わせが2018年末で、発売が2020年11月……。開発に2年近くがかかっています。
比嘉 そうですね。クリーナーの場合は、吸引性能を引き出すのに時間がかかりました。先ほどの2本のブラシをつけた初期の試作品は吸引機構を持っておらず、ただ動くだけのもの。ホバーテクノロジーを実現したはいいが、そこから掃除機として「吸う」という本来の性能を追求しなければならなかったんです。吸引することでせっかくの浮いた感触が失われ、逆に床に張り付いてしまっては意味がない……。ここからは検証、検証の毎日でした。
――素人目に見ると、ヘッドに穴が空いていて、そこから単純に吸い込んでいるように見えますが……。
比嘉 実は、しっかり吸うにはさまざまな部分のバランスを取らなければなりません。先行のメーカーさんには、その点、独自のノウハウがある。しかし、我々はイチから始めましたから、最初の試作機は全く吸い込みませんでした。一般的な掃除機に比べて開口部が広いので、吸引効率が悪くて重いゴミや大きいゴミなどを吸うことができず……一般的な掃除機のレベルになかなか到達しなかったんです。さらに、2つのローラーの回転速度が少しでもズレると、浮いた感覚が失われたり、ヘッドのバランスが崩れてヘッド自体が回転してあまり吸わなくなったり。やればやるほど課題が出てくる状態でした。
吸引力と浮遊感のバランスを取りながら、手探りで開発を進める
――なるほど。吸引するにはモーターのパワーを高めるだけではダメなのですね。
比嘉 そうなんです。まず、ある程度ヘッドを床に密着させないと吸引しないのですが、ヘッド面を床に近づけすぎるとゴミは吸う一方で、浮遊感が無くなって床に張り付いてしまう。かといって、ブラシ部分だけを接地すると、浮遊感は上がりますが開口部分が広すぎてゴミを吸わない……。というわけで、各パーツのそれぞれのバランス、組み合わせを検証したんです。ローラーブラシの毛の長さ、ローラーブラシの両側に付いている硬いブラシの高さ、四辺にある固定ブラシの高さ、ヘッドを支える3つのキャスターの高さ、ヘッド中央の固定ブラシの長さ……これらを最適なバランスで組み合わせて、浮遊感と吸引力を両立できるポイントを見つけるのが難しかった。この検証には時間がかかりましたね。
――吸引口を中央ではなく、ローラーブラシ側に2か所空けているのも意味があるのですか?
比嘉 はい。中央に吸引口をつけると、開口部が広すぎて吸わなくなるんです。それに、実は、ゴミは真上から吸っても持ち上がりません。水平に移動させてから引っ張り上げたほうが吸うんです。それもいろいろと試した結果わかったこと。こうした小さな積み重ねの毎日でした。試作品ごとに複数の社員に何度も使ってもらいました。「キャスターの滑りを改善したほうがよい」などの細かな意見をフィードバックして、量産直前まで改善に改善を重ねていったんです。
――ちなみに、使ってみた感触ではフローリングだけでなくカーペットでもゴミがしっかり取れる印象でした。これはモーターの力やサイクロン機構によるものですか?
比嘉 それよりもブラシの性能が大きいですね。実は、ゴミを吸う力は吸引力が3割、ブラシの力が7割と言われていて、ゴミをブラシで浮かしてしまえば、吸引力はそれほど必要ありません。そのため、ブラシの毛の素材、長さもさまざまな検証を重ねました。特にカーペットは毛の奥に入り込んだゴミを掻き出す必要がある。加えて、ホバー性能も大きく損ないたくはないので、ブラシの毛の素材や長さにはかなりこだわりました。その結果、フローリングよりはホバー性能は落ちますが、カーペットに張り付くことなく、しっかりゴミを掻き取れるブラシができたと思っています。
デザイン面ではほうきのような自然なたたずまいを追求
――デザインもバルミューダらしく、ミニマルで美しいですよね。どのような部分にこだわったんですか?
比嘉 デザイン面で追求したかったのが、自然なたたずまい。人が手に持ちやすい、使いやすい形であるべきという制約があるなかで、ほうきのように自然に部屋に溶け込むシンプルなデザインを目指しました。そのために、リビング内で悪目立ちしないよう無駄を削ぎ落としたシンプルなフォルム、モノトーンのカラーとし、表面には汚れが落ちやすく傷が目立たないシボ加工を施すなど、細部まで気を使いました。
――充電スタンドにもかなりこだわりがあるようですね。
比嘉 はい。目立たないように必要最低限の大きさとし、機能もシンプルにしています。充電スタンドに立てたとき、壁側に持たれかけるように斜めに傾けたのもこだわりのひとつ。自然で美しいたたずまいを意識した結果ですね。