ライフスタイル
2016/3/15 12:43

水から泡、泡から窒素へ――大震災をきっかけに進化してきた消火技術のいま

 

①(CAFS)IMG_3970_表紙

↑モリタホールディングスの「ミラクルCAFSカー」

 

1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災、2度の震災を契機に消火技術が大きな革新を遂げたことをご存じだろうか。

 

阪神・淡路大震災では、家屋の倒壊による直接の被害もさることながら、二次災害の火災によって多くの人命が奪われた。配水管の損傷により、ほとんどの消火栓が使用不能となり、消防車が到着したにもかかわらず消防活動ができない事態が起きた。

 

いつでも水が使えるとは限らない。「その教訓を踏まえて、いかに少ない水、限られた水で消火するかという発想に至ったんです」と話すのは、消防車両の国内シェア55%を占めるモリタホールディングスの技術研究所所長・坂本直久氏。

1739

↑モリタホールディングスの技術研究所所長・坂本直久氏

 

こうして、少量の水に消火薬剤を加え、泡状にすることで水分の表面積を極大化させ効率よく消火する「ミラクルCAFSカー」が生まれた。水から泡へ。阪神・淡路大震災での悲劇を二度と繰り返さない、その想いが消防車を進化させた。

③(CAFS)D3B_1253

↑ミラクルCAFSカーが搭載する消火機材

 

④CAFS放水シーン Fconv0003

↑CAFSの放水シーン。泡状の消火薬剤が効率的に消火する

 

東日本大震災を機に“建物の設備を使わらず、水も使わない”消火技術が求められることに

そして、2011年の東日本大震災。原子力施設には建物内部に消火設備が設置配されていたが、建物そのものが想定外の被害を受け、消火設備の配管が破損し機能しなかった。この反省から、原子力規制委員会は二重三重の防災設備を持つよう原子力施設に働きかける。

 

課題となったのは、建物に依存しない消火設備であること、水を使わない消火方法であること。そこで窒素消火に白羽の矢が立った。「日本原燃㈱様からお話があって、我々が10年以上前に研究していた窒素消火を実用化する運びになりました。ほぼ無限にある空気を利用する消火方法なので、CO2消火のようにボンベが切れたら終わりという心配もありません」(坂本氏)。

 

窒素分離膜を用いて周囲の空気を取り込んで窒素濃度を高め、その気体を放出して消火する、世界初の「窒素富化空気(NEA)システム」を搭載した消防車「ミラクルN7」は、2014年に青森県六ヶ所村に施設がある日本原燃㈱に納入された。

SONY DSC

↑ミラクル7

 

「窒素濃度を高める」というと複雑なシステムに思えるが、技術自体は珍しいものではないという。「ポリイミドという中空糸膜がありますが、そこに圧力を高めた空気を入れると窒素と酸素が分かれます。これはもともと工業用などで使われていて、どちらかというと窒素は捨てて、高濃度の酸素を利用するためのものだったんです」(坂本氏)

 

私たちに身近なところでは、スポーツ選手が疲労回復の目的で利用する高濃度の酸素ルームや酸素カプセルにも使われている技術だそうだ。「それを逆転させようというのが我々のアイデアだったんです。

 

通常は空気中の窒素と酸素の割合は大体79:21ですが、実は、酸素濃度が約16%まで低下すると普通の可燃物は燃えなくなります。火を消すだけなら単純に酸素濃度をゼロにすればいいんですが、そうではなしに窒素を85%、酸素を15%に保てれば火は消えて、しかも中に人間がいたとしても、すぐに窒息はしない。そうしたことを研究していました」(坂本氏)。

 

孤立地域に立ち入っていけるようテーブルサイズにまでコンパクトに

消防車の革新はさらに続く。2015年、ドイツのハノーヴァーで開催された世界最大級の消防防災展で披露された、近未来型消防車のコンセプトモデル「Habot-mini(ハボット ミニ)」は大きな反響を呼んだ。「ミラクルN7」と同じ、窒素濃度を高めた気体で消火するシステムだが、サイズは全長850mm×全幅590mm×全高450mmと驚くほど小型。消火による水損を避けたい博物館や美術館、重要文化財への配備も期待されている。

Habot-mini画像1

↑Habot-mini(ハボット ミニ)

 

「『Habot-mini(ハボット ミニ)』の開発は2014年の秋あたりに始まりました。世界初の空気を原料にした消火設備を開発したので、もう少し未来的な思考で車両を捉え直したいと。あくまでコンセプトモデルなので難しい面はありますが、木が倒れて道路が寸断されても、そこを乗り越えて現場まで行き、鼻のようなホースを建物に挿して窒素濃度を高めたガスを注入する、そうしたロボットのようなイメージです」(坂本氏)。

 

コンパクトなので小回りが利き、水も使わないため使用場所を限定しない。動力さえ確保できれば長時間にわたる消火活動も可能だろう。「Habot-mini(ハボット ミニ)」の実用化が進めば、消防車のイメージを大きく変えることは間違いない。

Habot-mini画像2

↑ハボットミニの消火イメージ

 

「常に時代は変わり、環境も変わっていきます。30年前は、阪神・淡路大震災や東日本大震災が起こるとは誰も考えていなかった。でも、起きてしまった。では、どうすればいいのか。大切なことは、常に未来を考えることですかね。新しいものにチャレンジしていくしかないです。災害から、ひとりでも命を落とされる方を少なくする、それが我々の使命だと思っています」(坂本氏)

 

水から泡、そして窒素へ。大震災の被害は想像を絶するものだったが、そこから何かしらの教訓を得て、次の世代につなげていくのが私たちの役割だろう。その一端を消防車の進化に見た。