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2019/2/15 21:45

旅はオフシーズン&オフタイムが狙い目!冬の京都で朝にできる希少体験7

世界中から観光客が押し寄せる京都ですが、1年でもっとも賑わうのはやはり、桜と紅葉の季節。続いて、葵祭(5月)・祇園祭(7月)・時代祭(10月)の京都三大祭の時期で、つまり今は、オフシーズンにあたります。そんな混雑を避け、ゆったりのんびりと古都を味わえるのが「京の冬の旅」シリーズ。今年で53年目を数えるという、昭和から続く静かなる人気企画です。

 

2019年の「京の冬の旅」は、「京都にみる日本の絵画〜近世から現代〜」がテーマ。今年9月に京都市内で開催される国際博物館会議京都大会「ICOM KYOTO 2019」に因んでいるとか。このテーマの下、15の寺院で平時は非公開とされている、通常時は非公開の文化財が特別公開されています。

 

早起きしてできた時間を活用すべく、ぜひ訪ねてほしい寺院と秘宝を厳選してお届けします。

 

6. 古と現代の絵の競演を堪能する

 

約1100年もの間、日本の都であり文化・芸術の中心地だった京都には、現在も国宝・重要文化財級の名画が数多く残されています。かつては、公家や武家など高位につく実力者の屋敷や、由緒正しい寺院に飾られ、限られた人たちだけが楽しんできた美しい絵画を、現代の私たちは目にすることができるのです。

 

東山地区にある臨済宗建仁寺の周囲にある塔頭寺院(たっちゅうじいん・中心となる寺に属する子院のこと)には、数々の時代を経た名画と、現代に新たな手法・作風で描かれた新作画が存在します。いずれも小さな寺院ですが、それぞれたっぷりと時間をかけて堪能したい作品ばかりです。

↑建仁寺 両足院が所有する長谷川等伯筆「竹林七賢図屏風」

 

仏の尊称のひとつ“両足尊”にちなんで名付けられた両足院には、桃山時代を代表する絵師・長谷川等伯による「「竹林七賢図屏風」(1607年)が。経年を反映して、色は全体的に茶色がかりところどころ破れてはいるものの、大胆に人物が配置され、威風堂々とした佇まいに年月を超えて圧倒されるようです。

 

この両足院ではそのほか、同じく等伯晩年の「水辺童子図」や、“鶏の画家”として知られる伊藤若冲が描いた「雪梅雄鶏図」(2月1日〜25日の展示)なども特別公開されています。

 

古の名画の数々は離れなどに安置されており、庭に面した主室を飾り大迫力で迫ってくるようなのが、新作の襖絵「教外別伝図(きょうげべつでんず)」です。これは、道釈画家(水墨画の中で、道教と仏教に関する人物画を描く画家)の七類堂天谿(しちるいどうてんけい)氏が2004年に完成させたもの。

↑三方の襖いっぱいに、「拈華微笑(ねんげみしょう)」の場面が描かれる。釈迦が一同を集めて説法をしたものの、蓮華を1本手にしただけで終わってしまった、一同は黙したがただ一人・摩訶迦葉だけが微笑し、釈迦は真意を理解したと法を伝えたという故事

 

副住職の伊藤東凌さんによると、画家とともに「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を超える絵にしよう」と構想し足掛け7年かけて完成させたものだといいます。泰然と座る釈迦の存在感と、説法に集まった弟子たちの、戸惑いや心のざわめきが伝わってくるようです。

↑正面中央の襖には、蓮華“金波羅華(こんぱらげ)”を手にするお釈迦様が描かれている

 

↑襖絵のなかには、騙し絵のような趣向も。牛や人々の輪郭のなかから笑顔の摩訶迦葉と、達磨大師が浮かび上がるので、ぜひ探してみて

 

建仁寺 両足院
京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町591

※文化財の写真は特別な許可を得て撮影しており、一般の方は撮影禁止です

 

同じく建仁寺の塔頭寺院、正伝永源院(しょうでんえいげんいん)は、鎌倉時代に端を発し、織田信長の弟・織田有楽斎(おだうらくさい)が再興、隠居所と茶室「如庵」を建てた寺で、安土桃山時代の絵師・狩野山楽による襖絵「蓮鷺図(れんろず)」を鑑賞することができます。

↑蓮の花と、鷺や燕などの鳥を描いた、狩野山楽筆「蓮鷺図」。蓮の時間的な経過を追うような構図が見事

 

またこの正伝永源院は、熊本藩主・細川家の菩提寺としても知られます。この縁から、元首相・細川護熙氏によって2013年春に奉納されたのが、襖絵「四季山水図」。構想に3〜4年かけ、春の絵「知音」はこの寺の書院に2週間こもって仕上げたというものです。

↑京都の雪景色を描いた「聴雪」。「蓮鷺図」を挟んだ逆の部屋には、東山の夜桜を描いた「知音」が配置されている

 

さて、この織田有楽斎は元の名前を長益といい、有楽斎とは茶人としての名前。銀座の「数寄屋橋」とは、有楽斎の茶室(数寄屋)がかつてその場所にあったことから名付けられたのだとか。建てた茶室のなかで、国宝に指定されたのがここ正伝永源院に作った「如庵」です。

元の如庵は愛知県犬山城下に移されている。

 

現在、庭園には、1600年頃に建てられた茶室「如庵」が復元されているのでこちらも注目。千利休はひたすらに小さな空間を求めましたが、大名茶人だった織田有楽斎は、“武将の点前”を大事にして小さなスペースをいかに広く見せるかにこだわりました。

↑腰貼りには古い暦を、日差しを和らげるための「有楽窓」「有楽囲い」を特徴としている

 

建仁寺 正伝永源院
京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町586

※文化財の写真は特別な許可を得て撮影しており、一般の方は撮影禁止です

 

7. 巨大な御仏を拝み、涅槃図に猫を探す

 

仁和寺や龍安寺の裏手にある転法輪寺は、穴場的な名所です。知る人ぞ知る存在ながら、いくつもの寺宝を至近距離で見学できるのは、ほかにはない魅力でしょう。

 

転法輪寺のアイコンは、本尊の阿弥陀如来坐像。高さが約7.5mもある、京都最大級の仏像です。絨毯敷きの小さなお堂のなかに座って手を合わせると、巨大なお姿に見下ろされ、見守られているような気持ちになります。

↑袈裟を、首・手首・足首までカバーするようにまとっているお姿は珍しいという

 

堂内の、大仏様に向かって左手にかかっているのが、こちらも巨大、幅3.9m高さ5.3mの大きさを誇る「釈迦大涅槃図」です。涅槃図とは釈迦の“涅槃”、つまり死の場面を描いた図。釈迦が沙羅双樹の下に横たわり、周囲を菩薩をはじめさまざまな生き物が取り囲んで嘆き悲しむところへ、釈迦の生母である摩耶夫人(まやぶにん)が降下する様子を描いています。

↑江戸時代に描かれた、転法輪寺の釈迦大涅槃図

 

さまざまなエピソードが盛り込まれる中で、ぜひ涅槃図から「ウォーリーをさがせ!」ばりに探してみて欲しいのが、猫。

 

そのエピソードとは、「摩耶夫人は死を間近にしたお釈迦様のために、天から起死回生の霊薬を持参、下界に向かって投げ落とします。ところが霊薬を包んだ袋は沙羅双樹にひっかかってしまいました。そこで集まった生き物の中からネズミが木に登って薬をとってこようとしたのですが、猫がそのネズミを捕らえてしまったため薬はお釈迦様に届くことなく、そのまま亡くなってしまいました」というものです。

↑沙羅双樹の下で、床に伏す釈迦。集まったものたちがみな、釈迦を見守り視線を送っているが……

 

↑猫だけは眼光鋭く、視線の先にねずみを捉えている

 

そんな猫は疎まれ、しばらく涅槃図に描かれない時代が続いたそう。その後、罪を許されたのか? 江戸時代になって涅槃図に復活することになったのですが、“活動再開”の初ステージが、この転法輪寺の涅槃図なのです。

 

涅槃図には、ほかにもいくつものストーリーが盛り込まれています。さまざまな登場人物を涅槃図のなかに探しながら、じっくり鑑賞してみてください。

釈迦が生まれた際、梵天が甘露の雨を降らせたという。その甘露になぞらえたのが「甘茶」。休憩に一杯(100円・煎餅付き)どうぞ。

 

転法輪寺
京都府京都市右京区龍安寺山田町2番地

 

早朝から行動することで楽しめる“冬の京都”文化財の公開日や拝観時間などは各々異なるので、事前にチェックして訪れてみてください。

 

【information】
京都デスティネーションキャンペーン「第53回 京の冬の旅」
2019年1月1日〜3月24日
https://ja.kyoto.travel/

 

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