ライフスタイル
2016/6/2 7:30

大正時代のカフェーをのぞき見! そこには美味しい西洋料理とワケあり男女の駆け引きがあった!?

買えない本の意味ない(!?)書評
~国会図書館デジタルコレクションで見つけた素晴らしき一冊~ 第7回

 

駅前にチェーン系コーヒー店がいくつもオープンしたり、サードウェーブといわれる洗練されたカフェがアメリカから上陸したりと、ここ数年は第三次とも第四次とも言われるカフェブームが到来している。そのカフェの源流をたどっていくと、行き着くのは大正・昭和初期に隆盛を極めた「カフェー」だ。

 

カフェーはもともと、明治44年に「カフェー・プランタン」「カフェー・ライオン」「カフェー・パウリスタ」といった、パリやロンドンのカフェスタイルを採り入れた店が東京に相次いで開店したのがルーツといわれる。おしゃれな空間とコーヒーや洋食が人気を呼び、やがて全国に広まっていった。こうした店では美人女給も売りのひとつで、昭和初期になると女給が目玉の店と、あくまでコーヒーメインの店に分かれていったそうだ……。

 

今回は、そんな大正・昭和初期のカフェーの雰囲気がわかる本を探してみたい。著作権切れの本が閲覧できる国会図書館デジタルコレクションの検索窓に、ずばり「カフェー」と入れてみた。すると、ものすごくそそられるタイトルがヒットした。村井政善「「カフヱー」のぞき」(大正11年)。

「「カフヱー」のぞき : 手軽に出来る料理の仕方」 村井政善 著

『「カフヱー」のぞき ~ 手軽に出来る料理の仕方~』
村井政善 著

 

調べてみると、著者は元国立栄養研究所の研究者で、「日本大百科全書」によれば、ウナギと梅干しなど「食い合わせるとよくないといわれるものを数多く試食し、中毒のおそれのないことを身をもって証明し、論文を発表した」人物と紹介されている。ほかにもそばずしを普及させたり、家庭料理に衛生や栄養の概念を持ち込んだりと、かなりアイデアマンでバイタリティ豊富な料理研究家だったようだ。

 

その料理研究家がどんな風にカフェーをのぞいたのか。まえがきにはこうある。

 

「日本料理に比べて西洋料理は簡易に出来、そして経済(的)……でありますから、いずれの家庭にも必要と思います。……「カフェーのぞき」と題し、滑稽にそしておもしろく、ごく簡易に料理法を述べ、食卓作法はこれを失敗談として書き添えました。これぞ一般家庭における……実益の書と信じます」

 

まえがきを読むと、どうやら当時カフェーで提供されていた西洋料理を、家庭でも作れるように紹介したレシピ本のようだ。カフェーの裏側をのぞく、ちょっと下世話で隠微な本かと期待したが違った……と、思いきや。

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本編を読み始めて驚いた。なんと「ハーさん」と呼ばれるひとりの男を主人公にした小説が唐突に始まったのだ!

 

「僕の知っている、カフェーに稀なる美人がある。僕は彼女と会食するのを何よりの楽しみにして、日に二度も行くことがあった。僕が行くたびごとに僕の好む珍しき料理を出してくれる」

 

「アラマー、ハーさん。今日はずいぶん遅いのねえ。どこかで『ビーや』を飲んでいらしったの。モーいらしって下さる頃と思ってコックさんにお願いしてよ」

 

えっ、小説!? キツネにつままれた気分で料理のレシピを探すと、やっと数ページ先に物語に組み込まれる形で挿入されていた。

 

そう、この本はなんとカフェーを舞台にした小説の間にレシピが挟まる“恋愛小説で覚える西洋料理”という意表を突くコンセプトの実用本だったのだ! 平成の世なら萌え系の小説で経理を学んだり、株入門したりといったスタイルは珍しくないが、大正時代ではどうだったのだろうか。

 

あわてて著者の他の本にも目を通したが、ほとんど真面目な料理書ばかりだった。どうして本書だけこうなったのか……。

 

気になるストーリーは、語り手の「僕」こと既婚の早北君と、「僕」を「ハーさん」と呼び、西洋料理のレシピを教えてくれる21歳の女給・末(すえ)さんを中心に進んでいく。「好男子たる僕の顔」など、うぬぼれは強いが女給にモテモテのハーさん。妻君(ワイフ)のことを心配しつつも、夜12時過ぎまで女給2人とカフェー飯を食べていたりする。

 

「階下では蓄音機の音がしている。玉突き台があると見えて、玉の音がコチンコチンコーチンと聞こえる。時計は今十一時を打った。この付近は静かになった。支那そばやの笛が霞町のほうにピーピーピーと聞こえる」

 

「金杉橋には雨後のたけのこのように、一、二年のうちにウヨウヨとカフェーが出来て、どのカフェーにも白いエプロンをかけた若いウエトレスが、冬瓜のようにベタベタと白いものをぬり、夏の夕方などには階上階下で、道行く若い男を見て鼠鳴きをしている」

 

当時のカフェーの様子が目に浮かぶような描写も多く、大正時代のカフェーにふらっと訪れたような気分になる。

 

一方で、著者が料理研究家だけあって、西洋料理のレシピもしっかりしている。「ローストチキン」「ベークドポテト」「エッグスオムネツ」など、今でも馴染みのある料理から、「ベークドマカロニ」「アイリッシュースチュー」「グリーンチーアイスクリーム」など、この時代にそんなのあって、しかも家庭で作ってたの!? というメニューまで盛りだくさんだ。

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物語の後半では、女給の末さんの意外な正体が明かされる。そして、有楽町駅近くのカフェー・青陽軒に呼び出されたハーさんは……。結末はぜひ本書で。

 

ちなみに、国会図書館デジタルコレクションの本は、収蔵されたものをそのままスキャンしているようで、たまに100年近く前の落書きに出くわすことがある。

 

この本にも余白に、

 

「テッテイシタ ヨーショクノ セイホーヲ カケ ショーセツノヨーナ ワケノワカラヌ モノハダメダ」(徹底した洋食の製法を書け 小説のようなわけの分からぬものはダメだ)

 

と辛辣なコメントが書き込まれていて、笑ってしまう。それを言ったら身も蓋もない。

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