前編はコチラ
「100年に一人の逸材」として、現在のプロレス人気の立役者となった新日本プロレスの棚橋弘至選手。今回は、先ごろベスト・ファーザー賞を受賞した同選手に、子育て論を聞くインタビューの後編です。
残念ながら、棚橋選手はけがにより5月下旬からプロレスは欠場中。しかし、7月から開催される全19大会を行いながら日本列島を横断する、真夏の最強戦士決定戦「G1 CLIMAX 26」への出場を見据え、一日も早い復帰に向けて調整に励んでいます。
今回は、ベスト・ファーザー賞受賞の喜びを語っていただいた前編に続き、リングから少し距離を置き、家族と過ごす時間がいつもより長くなった棚橋選手の日常からうかがっていきましょう。
家ではルーティーンで洗濯機を回す日々を送る
棚橋 最近、欠場中で家にいることが多いんですけど、家族からはすっごい邪魔くさがられてますね(笑)。「亭主元気で留守がイイ」とはよくいったもので。
ーーそうなんですか(笑)。現在の棚橋選手のスケジュールはどのような感じなんですか?
棚橋 極力練習へ行って、治療に行って、子どもたちが帰ってくる時間帯に合わせて帰って、習い事の送り迎えに行きます。それから、子どもをお風呂に入れて、9時くらいに絵本などを読んで子どもたちを寝かしつけて。そこから嫁さんが2時間ぐらい半身浴するんで、ひたすらゲームをしながら待って、嫁さんが寝たあとに洗濯機を回して、それを干してから12時か1時くらいに寝るっていう生活です。
ーーこのようなスケジュールは、棚橋選手がケガで欠場して、家にいらっしゃるからですか?
棚橋 いや、これはルーティーンです(笑)。ケガはしてなくても家にいるときはマストでやってます。
子どもには「人を喜ばせたい」という気持ちを学んでほしい
ーー大学生の頃からプロレスをやられていて、プロレスで学んだことが子育てに役立ったものはありますか?
棚橋 我慢強くなるっていうのは大事かなと。プロレス界は不条理な世界で。スクワットなんか1000回もしなくてもいいんですけど、「やらなきゃいけない」みたいなことが続いていくんです。でも、こうした一歩目の不条理でつまづいてたら、プロレスラーとしてその後が続いていかないんですよね。スクワット1000回は足の筋肉をつけるという意味ではなくて、「この先プロレスラーでメシを本気で食っていく気持ちがあるのか」という覚悟を見てるというか。だから、何事も投げ出さないということで、子どもに「もうちょっとがんばってみな」と口癖のようにいっています。あと、プロレスラーは身体をぶつけあう競技なので、人の痛みというか、そういうのを感じられる子になってほしいなと。それは肉体的なものだけではなくて、こういうこといわれたらイヤでしょとか、自分が言われたらうれしいことは人にもいってあげなよとか、感情的なものも含めて。
ーープロレスはあくまでも相手の技も引き出して、自分はそれ以上の技を繰り出して勝つという、相手ありきの競技でもありますよね。
棚橋 相手の技を受けてから、自分の技をぶち込むということに自己犠牲の精神があるんですね。自分にダメージはあるけど、ファンは喜ぶとか。自分がいいところばかり見せたいというところに喜びを感じるんじゃなくて、人が喜んでくれたというところにカタルシスを感じられるっていう……。まあ子どもだとそこまではいかないと思うんですけど、そういうことが早い段階でわかってくれたらいいですよね。例えば、僕は受験勉強のとき、自分が合格したいっていうよりは、「この大学に受かったら両親が喜ぶだろうな」と思ったときのほうがより集中して勉強ができたという経験があって。自分のためにがんばるというより、誰かのために頑張るときのほうが人間は力が出るんじゃないかなと思ってるんです。同じように、プロレスもファンに喜んでほしいから限界が超えられると思うんですね。そういったところのマインドは、子どもたちに少しずつ、少しずつ練り込んでいこうかと(笑)。
ーーお子さんにその成果のようなものを感じることはありますか?
棚橋 人が喜ぶことを積極的にするという、プロレスラーに通じるエンターテインメント性は息子に受け継がれてますね。家の中では、目立つお姉ちゃんに押されがちなんですけど、この前学校へ行ったら、先生に「お父さんが思ってらっしゃるよりも息子さんはグイグイ前に行きますよ」っていわれて。運動会に行ったら、僕に内緒にしてたことがあって、息子が応援団だったんですよ。当日まで応援団やってたことを内緒にされていたので、驚きましたね。
入場前に子どもの顔が浮かぶようになった
ーー人に喜んでもらいたいという息子さんのマインドは、お父さんの背中を見て学んだんでしょうか。
棚橋 受け継がれているんですかねえ、この目立ちたがり屋のDNAがねえ(笑)。でも、「プロレスラーになるか?」って聞いたら「痛いからイヤだ」って言ってました(笑)。
ーーそうですか(笑)。とはいえ、プロレスが持っている精神というのは、どんなものにも通じるという感じはありますよね。
棚橋 そうなんですよねえ。僕もいまケガをしていて、すごく観客のような立場からプロレスを見ていますけど、苦しい状態からの逆転勝利というのは、どのシチュエーションでも、どの仕事にもあてはまるなと思って。例えば、今回の棚橋ベスト・ファーザー賞っていうのを10年、15年前の棚橋を知ってる人には絶対に想像できないと思うんですよ。もう金髪でチャラくて、さらに白いエクステンションを付けてましたから(笑)。自分でも驚きです。もうこれからはつぶやくたびにハッシュタグで「ベスト・ファーザー」つけますから。「おはよう #ベスト・ファーザー」みたいに(笑)。「100年に一人の逸材」じゃなくて、「100年に一人のベスト・ファーザー」とかにしましょうか(笑)。
ーーいやいや、ベスト・ファーザー賞は100年に一人じゃないですから。1年に5人選ばれてます(笑)。
棚橋 「1年に5人のベスト・ファーザー」……そこそこの数がいますね(笑)。
ーーいやいや、十分すごいことですよ! ところで、お子さんが生まれてから、棚橋選手のプロレスへの取り組みなどで変わったところなどはありましたか?
棚橋 入場する前とかは、パッと子どもの顔が浮かぶようになりましたね。それはケガするかも知れない、命がかかってるっていうのもあるんですけど、子どもの存在があるからこれまで以上にがんばれるようになりました。
いまでも大切にしている故・山本小鉄さんの言葉
ーーご自身が子どもを育てることで、ファンに対して変わったことはありますか?
棚橋 僕は常にファンの方への接し方では、「より丁寧に」というのを心がけていまして。新日本プロレスに入門したときに山本小鉄さん(編集部注:数々のレスラーを育てた名コーチ。「鬼軍曹」として知られた)が、「いいか、棚橋。プロレスラーはデカくて威圧感を与えてしまうから、普通の人よりも丁寧に接しろよ」っていうことを教えていただいて。それをずっと実践してきました。小鉄さんの言葉は、いまも僕のなかで大事な言葉なんです。今年はドラえもんの映画のエンディングテーマを歌って(『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』2016年3月公開)、お子さんたちに「ドラえもんの人だ!」って言ってもらえるようになって。子どもたちにとってドラえもんはプロレスよりも上位にありますからね。でも、そこからプロレスに興味を持ってくれるかもしれないから、素直にうれしかったですね。10年後、20年後のプロレス界を考えたとき、もっと子どもに憧れてもらえるようにならないと。これぞまさにベスト・ファーザーの役目ですよね(笑)。
昔話を話して子どもに考えさせることも
ーー棚橋選手がお子さんに何かアドバイスしたりすることはあるんですか?
棚橋 娘が幼稚園の頃からずっと、寝る前の読み聞かせをしてるんです。これがアドバイスの代わりになっていますね。いまは大人の読むような話をミックスしてるんですが、それまでは、日本の昔ばなしや世界の昔ばなしを読んでいました。昔ばなしには、「こうしたほうがいいよ」って諭す意味が含まれていて。昔ばなしって、結末で「こうしなさい」っていうのはあまり言わないんですね。例えば、いいおじいさんと意地悪なおじいさんがいて、いいおじいさんが結局いい思いをして、意地悪なおじいさんは痛い目にあって終わるじゃないですか。「君ならどうする?」っていう選択というか、答えを子どもにゆだねるというか。同じように、僕からもああしなさい、こうしなさい、といったことはあまりないですね。
ーー棚橋選手が読み聞かせた物語の数々が、子どもたちにいろいろなことを教えてくれたわけですね。
棚橋 「どっちのおじいさんを支持する?」っていうのは子どもに考えさせるようにしてますね。昔ばなしって、そういう教訓をはらんでいるから読み継がれてると思うんで、ホントに読み聞かせは大事だなと思いますね。一時期、読むべき話が見つからなくなって、3人で話を作ろうと。ワンフレーズずつ話を言っていくんです。「むかしむかし」「あるところに」「おじいさんと」「おじいさんが」え、おじいさんが2人?……って、おじいさんとおじいさんの物語が進んでいったりして(笑)。
ーーちゃんとオチはついたんですか?(笑)
棚橋 「二人とも死にました」とか、小学生らしいオチで終わるんですけど(笑)。
ーー身もふたもないオチですね(笑)。
棚橋 あのときはは笑ったなあ(笑)。家族のコミュニケーションの時間にはなりましたね。
怒る基準があれば子どもは自分で判断できる子に育つ
ーー最後にベスト・ファーザー賞を受賞した棚橋選手から、子育てをしているお父さん、お母さんたちにメッセージをお願いします。
棚橋 気分で子どもたちを怒らないでほしいなと思います。ある程度、怒る基準を設けてほしい。そうしないと、親の顔色を窺う子どもになってしまうので。「いいことはいい、悪いことは悪い」という線引きをしっかりしてあげてほしいと思いますね。僕も経験があって、機嫌がいい時にトイレに入ってて、子どもがふざけて電気を消したんです。冗談で「ふざけんな、こら!」(笑)って言ったんですけど、機嫌が悪いときに本気で怒っちゃったことがあるんですよ。子どもにしたら、以前に電気を消したときには喜んでくれたのに、今回は怒られたってことで、そこで疑問が生じてしまったと思うんです。親のなかで怒る線引きを明確にしておくと、子どもは親の顔色を窺わず、自分で判断できる子になっていくんじゃないかと思いますね。……って、またいいこといっちゃいましたね(笑)。
終始ユーモアたっぷりでお話ししてくれた棚橋選手。父親のあるべき姿もしっかり持っていて、ベスト・ファーザー賞にふさわしい方でした。今後のご活躍に期待しています!
【URL】
棚橋選手オフィシャルブログ http://ameblo.jp/highfly-tana/
新日本プロレス http://www.njpw.co.jp/