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2020/7/2 21:30

毎日、散歩しながら喧嘩する――知り合って23年。いまだに妻の地雷がわからない映画監督の日常

「足立 紳 後ろ向きで進む」第4回

 

結婚18年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!

 

『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』(9/11から新宿ピカデリー他全国公開予定)で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。

 

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6月7日

年のせいもあるのだろうが、3月2日に子どもの休校が始まったあたりから朝がとんでもなく早起きになっている。だいたい4時くらいに目覚める。早いときは3時だ。起きると横で息子が必ず全裸で寝ており、妻は消えている(ウチは妻と息子と私が同じ部屋で寝て娘は自分の部屋で寝ている)。緊急事態宣言のかかったあたりから夜中の何時くらいか分からないが、妻は毎晩寝室を抜け出し、別の部屋で一人大口を開け寝るようになった。私の鼾で眠れないらしい。

 

私も自分の鼾で起きることもあり熟睡できていないので、ちゃんとしたマウスピースを買おうと思っている。妻がAmazonで買ってくれた数百円のマウスピースはどうしても途中で吐き出してしまう。目覚めたあとはメールの返信をしたり、ちょっと原稿を書いたりして、5時半くらいに妻を無理矢理起こして散歩に出る。

 

6月1日から学校が段階的に始まり、朝も早くなったので散歩の時間を早めたのだ。現在朝の散歩はロケハンと化している。6月に少人数で短編映画を撮る予定があるからだ。とある夫婦が緊急事態宣言中に毎朝散歩しながらケンカしているという話で、今の私たち夫婦をそのまま映したような映画だ。良さげな道を見つけても、交通量が多かったり、住宅地のど真ん中のため大きな声でセリフを言えなさそうだったりして、なかなかベストな場所が探せない。

 

昼、映画やドラマの撮影現場のケイタリングをしている小水とうたさんの店(https://twitter.com/tohtering)に向かう。ウチから自転車で30分、お店到着。テイクアウト専門だが、お店の外には列ができていて繁盛している模様。とうたさんの奥様におんぶされた赤ちゃんが音楽にノリノリでメチャクチャかわいかった。カレーと鶏飯を買って帰り、四六時中不機嫌きわまりない娘も、初めてのモノをすぐに食わず嫌いする息子も喜んでいた。かなりの量をペロリと食べた。とても美味しいので皆様も是非。

 

6月11日

朝のロケハンだけでは間に合わず、真昼間30度超えの炎天下のなか、妻と短編映画の台本を読みながらロケ候補の道を歩く。大体の撮影する道は絞れたが、セリフを最後まで言える尺があるか確認のためひたすら読んで歩く。中年男女2人が汗だくだくでブツブツ話しながら炎天下をさまようのは不審極まりない気もするが、あまり気にしなくなってしまった。これがだいたい毎朝行われている姿だからだ。

 

毎朝の散歩中、私は必ず一度は妻を怒らせる。余計な一言を言っているらしいが、結婚18年、その前の付き合いも合わせれば23年以上になるが、いまだに妻の怒りのポイントが分からない。いや何となくは分かっているが、そんなことで怒るような人になってほしくないと思い、改善してほしくて私は余計なことを言い続けているのだ。ということを伝えると、妻は「余計なお世話だし、お前何様だ。人を無理矢理変えようとするな。とにかくお前が余計な一言をやめれば争いは3分の1になる」と言う。妻だって私を無理矢理変えようとしている気がするのだが……。

 

今回の短編は、東京都が主催している「アートにエールを!」という企画の一環で撮影するものだ。10人以下で作らねばならないという規定はあるが、各スタッフに10万円支給される。私の監督作や脚本作を何本も撮影してくれているカメラマンの猪本さんからこの企画のことを教えてもらい、こういう状況下のことを記録しておくのも良いかもしれないと思い応募したのだ。

 

と言っても面倒な企画の応募は妻に任せた。その他台本打ち、ロケハン、本読みなども付き合っている妻が私も10万申し込めばよかったと何度も言う。応募の段階から「どうせ私も手伝うんだからちゃんとギャラが欲しい」と妻は言っていたのだが、実際どのくらい手伝ってもらうか分からないし、たいして手伝ってもらわなかったら妻もスタッフとして登録するのは恥ずかしいしみっともないと思い(つまり私はええっかっこしいなのだ)、「まあ今回はあんまり手伝ってもらうこともないし登録しなくていいんじゃないの」と私は言った。が、案の定というのか読みが甘かったというのかこの段階でかなり手伝ってもらっている。

 

「女房だからって毎度毎度無償で手伝わせた挙句、あんたからは感謝のかの字もない。このクソ野郎。家庭内パワハラ野郎。死にやがれ」と沸々と煮えたぎる妻の不満に気が付かないふりをし、書きかけのプロットを読んでおいてと頼んで、そそくさと近所の銭湯のサウナに逃げ込んだ。この日記をパソコンに打ち込んでもらうときに妻は再びこの時の怒りを思い出すだろう。それが不安だ。どんなに怒り狂ってもその怒りは3日くらいで収めてくれるところが妻の良いところだと私は思っているが、よくよく考えてみると3日って長いんじゃないかとも思ったりはする。

 

約3か月ぶりのサウナは発汗に時間がかかった。代謝が悪くなっているのかもしれない。このまま銭湯に併設しているマッサージ屋で2時間ほど施術を受け近所にある昼からやっている馬刺し屋に行ければ最高なのだが、妻に仕事を丸投げしたままでそんなことをしては罰が当たりそうなのでマッサージと馬刺しは我慢して不機嫌な妻がいる家に戻って、息をひそめて時を過ごした。

 

夕方、娘が陸上クラブの練習から泣きながら帰宅。帰りの自転車で突然雨が降ってきたから傘をさしていたら大柄の警察官二人組に呼び止められ、傘をさしながらの片手運転を厳しく注意されたとのこと。そしてそのまま、名前などを聞かれて雨の中足止めされ盗難自転車の確認をされたとのことで、驚きとともに怖くてその後泣きながら雨に打たれて帰宅したと言う。

 

普段から職務質問をよく受ける私は、警察なんてそんなもんだし、確かに傘をさしながらの運転は犯罪になったはずじゃね? と軽く対応していると、「夕方の雨の薄暗いときに、わざわざ13歳の女の子と呼び止めて盗難チェックしなくてもいいでしょ! あたしそーいうの許せない、あんた、文句言ってきなさいよ!」と妻がなぜか私に怒り狂っている。なにか私に怒りをぶつけたかった妻はちょうど良いネタを見つけたのだろう。踏んでしまった地雷はどうにもならないので、石になって聞く。それにしても妻が不機嫌な時はつま先でソロっと歩いていても踏んでしまうくらい地雷が敷き詰められている。

 

6月16日

午前中とあるスタジオで、脚本を書いた映画の編集ラッシュを見る。すでに情報解禁(この面倒くさい四字熟語っていつごろから使われるようになったのだろうか……?)されている作品だから隠す必要もないが、森山未來さんが主演の『アンダードッグ』というボクシングものだ。配信ドラマだが劇場公開もされる予定だ。武正晴監督をはじめ『百円の恋』のときとほぼ同じスタッフが集まって作ったのだが、ラッシュの時点でかなり良いと思った。

 

主人公はちょっと嫌な男で、でも少しは良いところもあって、性欲もあるし食欲もあるし人目も気にするし、卑屈だし普通にその辺にいそうな人だ。「普通の人」という言い方はよく耳にするが、ドラマや映画の中で言われる「普通の人」は見てみるとたいてい普通じゃなかったりする。「普通の人」という設定の場合、美男美女の俳優さんがキャスティングされていたらその時点でもう普通ではないし、普通というのは性欲とか排泄とか差別するとか嫉妬するとか直接描くかどうかは別として、人間ならそういったことがあるのが普通だよねという部分が感じられないと普通とは言えないのではなかろうか。

 

人間が普通にやっていることがドラマや映画ではあまり描かれないからそういったものを描くと生々しくなる。でも生々しさにも何だか「どうだ、生々しいだろ」と狙いすぎなものもあって、そうなると観ていて引いてしまう。今回のドラマは主人公を「普通の人」として描くことを狙ったつもりだ。こういう主人公が受け入れられるのか、何とも思われないのか、見たくもないと思われるのか、いずれにせよ多くの人に観ていただけたらうれしい。

 

午後、キネマ旬報のKさんと普段は滅多に行くことのない町で待ち合わせ。なんでもその町にある素敵な居酒屋さんに連れて行ってくれるとのこと。少し早く着いてしまったので、その町にある古いサウナに入った(私は最近、少しでも時間があるとすぐにサウナを探す)。掃除の行き届いていない古い連れ込み宿的な雰囲気のサウナにお客さんは私と80歳くらいのおじいちゃん、そして全身刺青だらけの怖そうな人の中でもかなり気合いの入られた感じの方が2人組でいらして、なんだか『イースタン・プロミス』のサウナのシーンが思い浮かんできてしまい、さっさとサウナから出ると汗もろくに拭かずに退店した。店にいた時間はわずかに30分ほどだった。

 

その後、Kさんと合流して連れて行っていただいたお店は、コの字型のカウンターで静かにお酒を飲むというか嗜むような雰囲気のお店で、我々以外は全員一人客。それも落ち着いた年配の男性ばかりだった。我々の正面で飲んでいらした方など背筋をピシッと伸ばしてお酒とまさに対峙していらっしゃった。

 

が、だからと言って堅苦しい雰囲気のお店ではないし、値段だってリーズナブルだ。私はお酒には滅法弱いが、こういう雰囲気のお店は大好きだし、次回は大酒飲みの妻を連れてこようと思ったが、きっと誘うと「チッ。お前だけいつも楽しそうな店で飲みやがって」と憎まれ口を叩くだろう。

 

Kさんとは9月に公開予定の『喜劇 愛妻物語』の宣伝について打ち合わせをした。妻との夫婦関係をこの日記の百倍くらいはさらけだした映画だけに、3か月後、さらけだした甲斐があったねと妻と泣きたいので多くの方に観てもらえたらうれしい。

 

6月17日

朝、いつも息子を迎えに来てくれるМ君に息子がニタニタしながら「ねえねえボクのママのオッパイ見る?」などと言っている。息子はたまになぜか「ランドセルを持って行かない!」と言い出す日があり、今日もその日だったのだが、妻がタンクトップなのか何なのかよく分からないが露出度高めの格好で無理矢理息子にランドセルを背負わせていたときに息子がМ君に言ったのだ。ランドセルを蹴飛ばされて追い出された息子は「ひどいでしょ、ボクのママ」と言いながらМ君と学校に行った。

↑習い事は全て嫌がって来た息子が唯一楽しんでいる闘い教室。お相撲が一番好きらしい

 

昼。4月から始まる予定だった高校の授業が今日から始まった。妻と二人で授業をした。(そもそも去年の秋に妻とシナリオの取材をした高校で、それなら試しにシナリオ講座やりませんか? という流れになったのだ)。普段、高校生と触れ合うことなど丸っきりないので、正直昨晩からかなり緊張していた。2コマ90分がこのご時世のために短縮で75分になったが、それでも75分持たせる自信がなく、何を話せばいいのか妻に相談すると、妻は75分なんてちょろいでしょと言うのでまたそこから口論が始まってしまった。私は捨てゼリフ的に「ちょろいって言うなら、じゃあ明日何を話せばいいのか全部メニュー決めといてよ!」と言ってふて寝した。

 

朝起きると妻からレジュメのLINEが来ている。ま、こんな感じで話して一人ずつに振れば75分なんてすぐ終わるかもなとも思ったりもする。

 

焦ってしまうとすぐにパニックになり、大声で怒鳴り、慌てふためくのは私の悪い癖だが多分一生治らないだろう。だがこれが発生するのはなぜか妻の前だけで、「甘えてんだよ。もしくは更年期障害」と言われるが、両方かもしれない。それにしても更年期障害という言葉もⅯ-1グランプリの舌禍事件以来かその前からか分からないが、人を揶揄するときに使われることも多い気はする。何となく言葉の響きにそういう雰囲気を感じなくもないから、痴呆症が認知症に変わったように他の言葉になっていくかもしれない。

 

妻との険悪な雰囲気を押し隠しつつ高校生の前で脚本について話したが、高校生たちもしっかりした子ばかりで、好きな映画や自粛中に見ていた作品など教えてくれて助けられた。

 

近ごろ、撮影現場にいる20代や30代前半くらいの若いスタッフや俳優さんと話していると、自主制作も含めて邦画は本当によく観ているわりに、洋画をほとんど観ていないという印象があった。だが授業に来ていた高校生たちの口から出てくるのは洋画か海外ドラマばかりだった。今の高校生くらいだとすでに配信がメインになっているかもしれないから、海外の作品との出会いも多いのかもしれない。その後はペンネームなどを決めて、その由来をみんなで発表しあって最初の授業を終えた。

 

帰りに昼飲みできる居酒屋に寄って妻といっぱい飲んだ。酒が入って妻の機嫌も回復したので良かった。3月に打ち合わせに来た時もここで飲んだが、その時より授業を終えた後の方が数倍美味しかった。

 

6月20日

短編映画の撮影。10日ほど前からこの日の天気を確認しておりずっと雨マークだったのだが、3日ほど前から晴れになっていた。去年も梅雨の真っただ中に撮影していたが、ほとんど雨に降られることはなく、この日も快晴。

 

緊急事態宣言中、とある夫婦が毎朝散歩しながら口論しているという話で、『2020年 春の朝』というタイトルだ。坂田 聡さんと後藤ユウミさんが夫婦を演じてくださった。お二人とは何本もお仕事させていただいている大好きな俳優さんだ。リモートで衣装合わせだけして、あとはぶっつけ本番で撮影した。お二人ともにセリフの分量はかなりあったが、息が合ったり合わなかったりする感じが「夫婦」に見えて良かった。

↑短編映画の撮影の1コマ。夫婦が毎朝最初だけ競歩なのが妙におかしかった

 

何か作ろうと言ってくれた猪本さんをはじめ、撮影の高木君(『喜劇 愛妻物語』では撮影助手だったが今回は彼が撮影だ)、炎天下の中ずっと重い機材を一人で抱えて長回しに付き合っていただいた録音の日下部さんには本当に感謝だ。かなり早いピッチで撮影したので朝の8時から始めて昼過ぎには終わってしまった。妻が助監督兼制作部的に動き回ってくれて本当に助かった。

 

思えば最初の出会いも映画の撮影現場だった。助監督として走り回っている私を見て、当時はお手伝いに来ていた大学生だった妻がカッコいいと思ったのが始まりだ。そのカッコ良さのメッキは3週間ではがれたが、その後は口八丁手八丁で何とか誤魔化しながら20年近くやってきた。これからも誤魔化し続けていくつもりだし、そこに誤魔化されてしまうところが妻の良いところだと思っている。

 

 

【妻の1枚】

 

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【プロフィール】

足立 紳(あだち・しん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が2020年9月11日から東京・新宿ピカデリーほか全国で公開予定。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』。