当初はシンメトリックではなく、手描きの線を生かしたお面だった!
ーーでん六の鬼の面は赤塚先生が描くというより監修されて、フジオプロの作画スタッフが描かれていたのでしょうか。
吉 そうですね、僕の知る限りでは1984年以降は赤塚先生監修のもと、実際の作画はチーフアシスタントですね。赤塚先生自身が描いていたのは、どの辺までかな……。
僕が入社する前の絵なので憶測でしかないのですが、初期の鬼の面は、顔がシンメトリックでなく、赤塚先生特有のタッチが感じられます。マジックなどを使った太い線で、赤塚先生が描いていたのだと思います。
80年代に入ると、だんだんシンメトリックになっていって、定規を使って鬼の面を左右対象に描いていることがわかります。1987年から1994年までは、赤塚先生の指導のもとに僕が作画していました。その後の7年くらい僕はフジオプロを離れていたので、この間は当時のチーフアシスタントの作画だと思います。
ーー赤塚先生が脳内出血で倒れ(2002年4月)、本人が制作・監修できなくなってしまったことを機に、当時フジオプロに復帰した吉さんが描かれるようになったわけですね。
吉 その後、出戻ってから僕が再び鬼の面を作画するようになりました。フジオプロを離れている間、別の漫画制作プロダクションで働いていたのですが、この間、パソコンでの作画を習得したので、以降はパソコンを使っての作画になっています。
前年の夏には「鬼の面」が完成している!
ーー毎年変わる鬼の面ですが、どういったフローで描かれるのですか?
吉 昔のことは正直よくわからないのですが、近年はだいたい前年の5月くらいにでん六さんと打ち合わせをして「来年の鬼の面をこうしたい」というリクエストをいただきます。だいたい3パターンくらいリクエスト通りのラフ画をでん六さんに提案し、その中から栄えある一匹の鬼が選出されて清書となります。そういったやりとりをして、前年の夏にはほぼ完成してでん六さんに納品するという流れです。
ーー随分早い時期に仕込まれているのですね。
吉 そうじゃないと間に合わないそうです。テレビCMもやっていますしね。
ーーでん六からのリクエストはどんなものがあるのですか?
吉 翌年の節分時期に話題になっているであろうものを予測されたリクエストが多いですね。昨年の「スイマー鬼」は、開催されるはずだった東京オリンピックの人気競技を意識したものでしたが、鬼の面に「スイマー」を取り入れるのに苦労しました(笑)。
こだわりはベロのある口と牙。そして、「顔は赤、口の中は黄色」
ーー今年は丑年だからでしょうか、「モーモー鬼」というものですね。
吉 そうです。これもでん六さんからのリクエストですね。でん六さんが営業部、工場、事務所などの数百名の社員さんにアンケートを取るなどして決まったようです。
吉 これも大変でした。鬼に牛の要素を取り入れると言っても、鬼の顔のベースにあるものは、人の顔じゃないですか。だから合体させるために、結局、耳が4つになってしまったという(笑)。
毎年そうなんですが、いくつかのお面の案を描いていると、自分の中で「これが選ばれるんじゃないか」というものが出てくる。でも、必ずしもそれが採用されないんです。そういうギャップはすごく面白いですね。それから半年後に採用された鬼の面を見ると、「なるほど、これが一番よく出来ていたな!」と納得しますね(笑)。
ーーいずれの鬼の面でも、描かれる上で絶対に崩さないポイントはありますか?
吉 まず、口ですね。赤塚タッチのベロのある口に牙を入れる。それと色ですね。初期の鬼の面は様々な色がありましたけど、近年はやはり「顔は赤、口の中は黄色」というものです。それと、近年は「あまり顔を怖くしない」というこだわりもあります。「お子さんに好かれるようなデザインにしなくちゃ」と思って描いています。