7月末から全国公開された「シン・ゴジラ」。あの「エヴァンゲリオン」シリーズの庵野秀明さんが脚本・総監督を務める特撮映画において、ある街が物語の重要な舞台のひとつとして描かれています。川崎市中原区の高層ビル群。「武蔵小杉」と呼ばれている地域です。
■「無名」だった街が発展した理由
首都圏に住んだり、働いたりしている人なら一度は耳にしたことがあるかもしれませんが、武蔵小杉はほんの10年ぐらい前までは「無名」といってもいい街でした。もともとは南武線沿線に連なる電機産業を中心とする工場地帯。それが今や首都圏を代表するタワーマンション街のひとつに数えられています。全国に名を馳せるほどになったのは、「住宅地」として急速かつ飛躍的な発展を遂げたからでしょう。
武蔵小杉の昨年(2015年)7月1日時点の地価は1平方メートル当たり90万円。これは2003年と比べて8割強、全国的に地価がピークをつけたリーマンショック前後の2008年から見ても4割も上がっています。東京都内のタワーマンション街として、ここ10年前後で開発が進んだ「勝どき」「港南」「芝浦」「豊洲」といった代表的な4地域のそれが、2008年と比べてほとんど上がっていなかったり、逆に下がったりしている中で、武蔵小杉の地価や住宅価格は異例の上昇を続けています。
(注:本文中の土地価格及び地価変動率は、国土交通省発表の地価公示・各都道府県発表の地価調査に基づきます)
現在では30階以上のタワーマンションが10数棟にも及び、今後も複数棟の着工が予定されています。なぜ、武蔵小杉は住宅地としての魅力をここまで高められたのでしょうか。武蔵小杉のマンションは今が「買い時」なのでしょうか。不動産鑑定士、宅地建物取引士としての経験や知見から読み解きます。
武蔵小杉は1990年代後半から周辺工場の閉鎖が相次いだことを受け、川崎市が跡地を利用した街づくりを開始。ただ、現在のような勢いを決定づけるようになったのは、2008年に地上49階建てのタワーマンション「ザ・コスギタワー」が竣工したのがきっかけでしょう。中山美穂さんをイメージキャラクターに起用した、「トウキョウスキ ヨコハマスキ ヨクバリスギ シアワセスギ ムサシコスギ」の広告キャッチコピーが反響を呼び、その後も次々とタワーマンションや商業施設が建てられていきました。
ザ・コスギタワーの分譲単価は、新築時で1坪(3.3平方メートル)当たり180万~220万円でしたが、現在は中古物件の売り出し価格が同280万~320万円まで上がっています。30階付近の75平方メートル程度の専有部分で比較すれば、10年前で4500万円程度だった物件が7000万円前後に跳ね上がっている計算となります。
当初は駅東口エリアから始まった開発は駅西側、北口にまで拡大。2017年12月竣工予定の53階建てツインタワー「パークシティ武蔵小杉 ザ ガーデン」の建設が進められているほか、日本医科大学武蔵小杉病院のキャンパス再編に伴うマンション建設計画もあります。「住んでみたい街アンケート2015」でも「2020年までに発展していそうな街」として豊洲、品川、勝どきに次いで4位となっています。
■街全体の勢いも増している
街全体を見ても勢いは増しています。今年6月に川崎市中原区の人口は25万人を突破。政令指定都市である川崎市内に行政区は7つありますが、中原区は2005年以降1位を維持しており、2015年の国勢調査においては2010年時からの人口増加率が5.8%と、神奈川県内の市町村別でみても最も人口が増えています。これは武蔵小杉エリアに人口が流入しているのが主因とみて間違いないでしょう。
東急東横線で渋谷と横浜のほぼ中間に位置する武蔵小杉駅には、JR東日本と東京急行電鉄(東急)の2社5路線が乗り入れています。東京、新宿、渋谷、横浜といった首都圏の特に大きな街にもそれぞれ20分前後以内で接続できます。オフィス街や繁華街の喧噪からわずかな時間で閑静な住宅街にたどり着くという、都会で働くビジネスパーソンにとってみれば絶好の立地でもあります。
勝どきや港南、芝浦、豊洲といったタワーマンション街と比べて唯一、地価が上がっているのは、これらの4地域が臨海部なのに対し、武蔵小杉が「内陸部」だという点。よみがえるのは東日本大震災の記憶です。浦安などの埋め立て地においては液状化による地盤のひずみが見られました。臨海部のタワーマンションには、「大地震に地盤が耐えられるのか」「津波は大丈夫か」などの不安がよぎりますが、内陸部の武蔵小杉はそうした心配が相対的に小さいのです。
今回、私は独自にアンケートを取ってみました。2010年ごろに武蔵小杉駅周辺でタワーマンションを購入した方40人が対象で、平均年齢は35.3歳。原則自由回答です。まず、「なぜ武蔵小杉を選んだのか?」と聞いてみました。すると、「渋谷や目黒の都心主要駅へのアクセスが良かったから」「今後の発展が期待できるから」「都心のタワーマンションと比較すれば割安だったため」という回答が目立ちました。2010年ごろは、まだ都心のタワーマンションエリアより割安感がありました。
次に「購入時に将来の転売や賃貸等を想定したか」と質問いたしましたが、40人中37人が「いいえ」と回答。ほとんどの人が永住目的で購入した模様です。ただ、「現時点では将来的な転売や賃貸等を考えることはあるか」という問いに対しては、40人中23人が「はい」と回答いたしました。特に転売を考えたことがある人は23人中19人。この6年間の地価上昇に伴うマンション資産価値の高まりによって、居住者の方のマインドにも変化が生じていることが伺えます。
■今後のマンション価格はどうなるのか
では、今後も武蔵小杉のマンション価格は上がり続けるのでしょうか?
タワーマンションは用地を取得してから建築着工→分譲までに長い期間を要します。仮に5年を要するとすれば、2016年に分譲するマンションの用地は2011年頃に仕入れていることになります。2011年時点で武蔵小杉はまだ都内主要4エリアと比較すれば地価は割安でした。土地の仕入価格は当然マンションの分譲価格に反映されるため、武蔵小杉は大きなアドバンテージを誇っていました。しかし、ここ数年の地価上昇によって、このアドバンテージはもはやなくなりつつあるといえます。
おそらく地価の伸びも徐々に落ち着いてくるのではないかと予測され、マンションの分譲価格の高騰もいずれ収束を見ると予測されます。
2015年総務省発表の資料に基づき計算される平均所得は、武蔵小杉周辺を含む川崎市全体が約391万円。対して、都内の主要なタワーマンションエリアの立地する区内の平均所得が東京都港区で1000万円を超え、東京都中央区で約595万円、東京都江東区で約408万円です。当然、武蔵小杉駅周辺のタワーマンション居住者は川崎市全体を大きく上回るものと予測されるものの、所得から見てもマンション価格は明らかに高騰しています。
円高や株安の影響もあって、首都圏マンションの全体動向にも変調が見られます。不動産経済研究所によれば7月の首都圏マンション発売戸数は8カ月連続で減少。販売価格も1戸当たり5656万円で前年同月比5%ダウンとなっています。武蔵小杉の「買い時」は新築物件に関しては終わりを迎えているのかもしれません。
前述したアンケートでは「武蔵小杉の新築マンション価格は今後さらに上昇すると思うか?」という点についても質問しました。すると、住民の意見は真っ二つに分かれました。20人が「はい」、20人が「いいえ」と回答したのです。
「はい」の方の大半は「東京オリンピックまでは上昇する」と期待されており、その後は頭打ちとなるとの見方です。武蔵小杉という街が成熟期にあることを、最も居住者が敏感に感じているということの裏付けかもしれません。個人的には買うのであれば、築5年程度の中古物件ではないかと思います。新築ともスペック自体はそれほど変わりませんし、まだ価格上昇の余地が残されているため将来の売却益を見込める可能性があるといえます。
価格上昇が調整局面になるということは、言い換えれば「街としての成熟期」を迎えている証拠であり、マンション居住者にとっては「売り時」「貸し時」を積極的に探る良い時期なのかもしれません。
文:藤田 勝寛 (
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