年々拡大を続ける男性化粧品市場。スキンケアクリームや化粧水など基礎化粧品はすでに定着してきた感があるが、ここ数年で大きく伸びているのがメンズメイクのジャンルだ。
この4月1日から、大手ドラッグストアではいち早くマツキヨココカラ&カンパニーがプライベートブランド(PB)の「matsukiyo」から、男性向けメイクシリーズ「iisam(イイサム)」の販売を開始した。
若年層に人気のヘアサロン「NORA」とタッグを組み、眉・目元・リップメイクを1つのパレットにまとめ、チップとブラシも付属した「マルチパレット」、自然に肌をワントーンアップするクレンジング不要の「トーンアップクリーム」の2アイテムをラインナップしている。
急拡大を見せているとはいえ、女性向けメイクとは比べ物にならないまだ小さなメンズメイク市場に、なぜマツキヨは先陣を切ってPB商品を投入したのか。そこにはマツキヨの企業理念と、商品ひとつひとつにつけられたデータの裏打ちがあったという。
今回はメンズメイク市場参入に至った経緯をマツキヨココカラ&カンパニーグループでマーチャンダイジング戦略を担う株式会社MCCマネジメント 商品開発部の櫻井壱典さんと和田邦美さんに伺った。
「理念×データ」の高度な融合から誕生
――まず、メンズメイク市場の現状を教えて下さい。
櫻井 コロナ禍でも男性化粧品市場は伸びています。男性化粧品市場は調査会社のデータによると数百億円の規模感で、男性用メイクでいうとそのうち数十億円ほどとまだ小さいですが、この数年で倍に伸びているポテンシャルは非常に高い。おそらくZ世代を中心にニーズが高まっているというのが、市場を捉えた時の状況です。
――ポテンシャルは高いといっても、ブランドの看板となるPBで商品を投入するのは英断だったと思います。
櫻井 そもそも我々がPB商品に関して大事にしている視点があります。「競合と差別化します」「利益貢献できます」「お買い得の価格で提供できます」「来店客数を増大します」というのは世の中的にも一般論として言われることですが、特に重視しているのが「ユーザーニーズに応えます」という点です。
最近は非常にニーズが細分化していて、そこにフットワークよく対応していけるのもPBの強みです。また、もうひとつ「企業理念の具現化をPB商品を通じて実現する」というのも狙いですね。グループ理念として「未来の常識を創り出し、人々の生活を変えていく」を掲げていて、また、「美しさと健やかさをもっと楽しく、身近に。」というグループビジョンも持っています。それらに男性用メイクが合致したということなんです。
――男性用メイク商品の需要が高まっているというのを実感する出来事はあったのでしょうか?
櫻井 今回タッグを組んだ、美容室「NORA」のクリエイティブディレクターでYUMA氏に、韓国アイドルに憧れるお客様から「ヘアスタイルが決まったら、やっぱり顔もそういうメイクにしたいのに、誰に聞いたらいいのかわからない」「そもそもメイクのやり方をよく知らない」という相談をたくさん受けていると伺いました。もし、我々が商品という形でわかりやすく提供できたら、お客様のニーズに応えられるのではないか。そう考えたのがきっかけです。
――では、「iisam」は男性メイクを身近にするためのブランドという位置づけでしょうか?
櫻井 はい、「iisam」は男性用メイク初心者のために作っています。初心者が増えないと、市場は大きくなりません。今回、春の卒業シーズンに合わせて「卒アル写真館 by iisam」というイベントを行いました。コロナ禍の3年間をマスクで過ごした学生さんが卒業するということで、このイベントは来場した男子学生の方に自分でメイクをしてもらって最後に写真を撮るという内容です。「メイクは初めてだけど、すごく楽しかった」「難しいけど、また続けてみたい」という声を非常に多くいただきました。
――「iisam」は、店舗、顧客データを活用しながら開発したと伺いました。具体的にどのようなデータに着目したのでしょうか?
櫻井 櫻井 我々の購買データは、アプリ会員、カード会員、LINEの友だちなど1億3300万の顧客接点から構成されています。我々はそのデータをもとに、「商品DNA」という独自の手法を用いています。具体的には、商品ごとにスコアがついていて、そのスコアからお客様の人物像を分析します。
たとえば「美容意識」の項目では異性受けしたいか、同性受けしたいかといった傾向や、「買い物態度」ならメジャーな商品を選びやすいかどうかなど。PBもナショナルブランドも関係なく全商品を対象に、この商品を買う人はこのような傾向が高いという紐付けをしていきます。買い物は人となりを表すということなんですね。
このデータを踏まえて、新しい商品を作るならこうした機能を備えた方がいい、プロモーションするならこう訴求したほうがいい、などの答えを導き出しています。
――メンズメイク市場に参入するのは業界として初めてになるのでしょうか?
櫻井 業界初と断言はできませんが、PBとしてはおそらく初めてではないでしょうか。基礎化粧品を開発されている企業さんはありますが、メイクまでというのは少ないと思います。
「iisam」でメンズコスメ市場の拡大を目指す
――「iisam」は店舗ではどのように展開をされていくのでしょう。
和田 今回は男性化粧品売り場で展開します。「iisam」を使っていただきたいターゲットのお客様は、先程美容室での話にもあったように、スキンケアとヘアスタイリングはもうすでに使用歴があって、プラスでメイクをされるという層を想定しています。
実際に触っていただきたいというのがあるので、店舗では全てテスターを設置した什器を置いています。展開店舗数は、マツモトキヨシとココカラファインでおよそ3400店あるなかの700店ですね。駅前店や、男性化粧品の中でもより感度の高いものを購入されているお客様が多い店舗などを選定しています。
――お答えできる範囲で、販売数や目標値などを教えていただけますでしょうか?
櫻井 具体的な目標は掲げていません。市場そのものが小さいので、むしろ我々が初心者を増やして市場を拡大しようと考えています。ただ、4月1日に発売してもうメンズメイクのカテゴリーでは2品とも10位以内に入ってきていて、出だしは好調という認識ですね。
「韓国×簡単」で初心者に軸足を置いた設計
――それでは、商品開発課の和田さんに具体的な「iisam」の開発コンセプトを伺いたいと思います。
和田 「iisam」は「韓国×簡単」がキーワードになっています。ヘアスタイリングに興味はあるがメイクは初心者という男性の方に軸足を置いて、「トーンアップクリーム」と「マルチパレット」、2つの商品を開発しました。
――開発の期間はどのくらいでしょうか?
和田 プロジェクト自体は1年少々です。メイドインコリアの韓国コスメなのですが、韓国の工場は動きが早かったのが印象的です。
――開発にあたって苦労した点はありますか?
和田 マルチパレットの8色の配色については、YUMA氏にたくさんアドバイスをいただいてすっと決まったのですが、ケースのデザインには苦労しました。韓国好きの男性に好んでいただけるものにしたいというのがあり、チームで韓国好きなスタッフと話をしたり、実際に韓国の映えスポットなどを調べたりして、今回このアッシュグリーンの色合いに決めました。韓国っぽさでいうと、ネーミングもチームで相談して決めたものです。
韓国語で「1・2・3」という意味の「イル・イ・サム」から付けています。ポンポンとテンポよく次に進めるような明るいイメージもあるし、韓国語ももじっている。美容室の若手メンバーやターゲットとなる男性にも聞いて、「iisam」に決まりました。
――コアとなるターゲットはどのようなユーザーを想定していますか?
和田 年代としては、新大学生から20代後半をコア層と想定しています。その中でメイクを始めたいというお客様ですね。ただ、今回「卒アル写真館 by iisam」のイベントを手伝ってくれたスタッフの女性たちも「これ結構いい!」と言ってくれたので、女性にも購入いただけるのではないかと期待しています。
というのも、男性化粧品の売り場に女性が立ち寄るのは結構あることなんですね。いわゆる代理購買というパターンです。そこで見つけてもらい、自分で使うためや、パートナーに使ってもらうために手に取ってもらえたら非常に嬉しいなと思います。
メンズメイクは10年後の常識になるか?
――最後に、メンズメイクが定着していくためにはどのような課題があるでしょうか?
櫻井 今回は顕在層に確実に買ってもらうことにより、準顕在層、気になってはいるけど実際使うのが恥ずかしいという人たちにも広まっていくと考えています。コアターゲットのZ世代を分析すると、周りの目を気にしていて、調和を重視する、失敗したくないというデータが出ています。本当はモテたくてメイクも気になるけど、イタイやつと思われるのは嫌だ。よって、周りでメイクしている人が増えれば、きちっと購入してくれるという予測が立ちます。
“メンズメイクのポピュラー化”という言葉が正しいかはわかりませんが、この先メンズメイクは定着していくでしょう。その一歩前の課題として、どうやってメイクツールを使うのかわからない、メイクするのが恥ずかしい、この2つを解決していきたいです。
――改めて、「iisam」発売にはどのようなメッセージが込められているのでしょうか。
櫻井 やはり作ったほうの想いとしては、メイクは難しくないよ、簡単で楽しいよ、ということを伝えたいですね。
和田 10年後はみなさんがメイクしているのではないかなって、私たちは本気で思っています。実際、就職活動をしている男子学生で、印象が明るくなるからとメイクする男性が増えていると聞きました。10年後にこれを発売しておいてよかったと思えるのではないかと期待しています。
まとめ/柚木安津 撮影/福永仲秋(Anz)