2023年12月下旬、京都駅中央口にある喫煙所が改築されました。京都タワーがある側の出口、バスターミナルに近い位置にあり、従来から敷地面積を拡大し、太陽光パネルを搭載した施設です。
実は京都駅周辺には8か所の喫煙所があります。しかも、これは京都市が管理する公設のものだけ。商業施設などの私設のものを含めればさらに多くなります。様々な自治体や施設で喫煙所が撤去されている昨今ですが、京都市の取り組みは消極的なのでしょうか?
取材していくと、そこには京都ならではの特徴と、喫煙者と非喫煙者が共存するまちづくりの姿が見えてきました。
観光都市・京都ならではの事情
京都市では、2007年に「京都市路上喫煙等の禁止等に関する条例」を制定。京都市内全域の屋外公共の場所(路上や公園など)で喫煙しないよう努めなければならないと定めています。
さらに、人通りが多く、やけどなどの危険性が高い地域を「路上喫煙等対策強化区域」に指定。該当区域で路上喫煙をすると1000円の過料が科されます。
これらの対策に加えて、地域の方と一緒に行う取り組みやポスター掲出の効果もあり、過料処分件数は年々減少。平成24年度(2012年度)に6794件あった過料処分件数が、令和4年度(2022年度)は358件まで減っています。
京都市文化市民局くらし安全推進課の担当者は、「喫煙者の減少や健康増進法の改正等により、たばこやたばこの煙に対する意識の変化がある」としながらも、規制による効果は一定程度あるとしています。
ただし、規制や啓発活動に力を入れる一方で、路上喫煙に関しては喫煙者と非喫煙者の「共存共栄」を目指しているといいます。そのひとつとして考えられるのが「適度な喫煙所」の設置でしょう。
これについて掘り下げる前に、京都市の路上喫煙条例でユニークな文言があるのでそこから紹介していきましょう。同条例ではその第1条に、
「路上喫煙等の禁止等により、路上喫煙等による身体及び財産への被害の防止並びに健康への影響の抑制を図り、もって市民及び観光旅行者その他の滞在者の安心かつ安全で健康な生活の確保に寄与することを目的とする」
(太字部分は編集部によるもの)
という記載があります。住民だけでなく「観光旅行者」も対象とした内容になっているのです。京都市の年間の観光客数は4361万人(2022年/※1)。日本の喫煙率16.7%(2019年/※2)であることを考えると、単純計算で1日に2万人近い喫煙者が京都に訪れていることになります。
※1:京都市情報館「令和4年(2022年) 観光客の動向等に係る調査について」より ※2:厚生労働省「令和元年国民健康・栄養調査報告」より
この観光客数は修学旅行生なども含むため、実際の数字はもっと少なくなりますが、これだけの喫煙者をさばくだけの設備がない場合、路上喫煙が増加することも十分に考えられます。
また、コロナ禍前は「過料処分者の40%近くが外国人」(京都市同担当者)というデータもあります。海外からの観光客を快適に過ごせるインフラとしても、一定数の喫煙所を設置する必要性があり、「共存共栄」の方向性を取っているのでしょう。
実際に、取材で京都駅北口広場にある喫煙所を訪れてみました。出入り口はキャリーケースを引いて入れるように広く作られており、喫煙者が滞留しないようクランク式を採用。また、バスターミナル側の壁は一段高くなって煙が流れにくい構造をしており、バスを待つ乗客に配慮した設計になっています。
前出の京都市同担当者によると「健康増進法の改正に伴い、新設や改修にあたっては煙の漏れ対策も必要だった」とのこと。また、新幹線の改札口から最も近い「京都駅みやこ夢てらす」の喫煙所では昨年、2か所あった出入口の片方を塞ぎ、人通りの少ないほうから出入りできるように改修を実施しました。地道な施策の積み重ねによって、共存共栄の道を模索していることが伺えます。
自治体だけでなく寺社仏閣も共存共栄を目指す
京都市では京都駅周辺や市内中心部だけでなく、清水・祇園地域でも市が管理する公設喫煙所を設けています。しかし、こうした姿勢は自治体だけに止まりません。一部の観光地や寺社仏閣では、自身の敷地内を積極的に整備することで、吸う人と吸わない人の共存共栄を図ろうとしています。
京都の一大観光名所、天龍寺。世界遺産にも指定されているこのお寺では、2021年に休憩所近くにあった喫煙所を移設しました。休憩所周辺で休む人がくつろげること、そこに煙が行かないようにすることが目的でしたが、狙いはほかにもあったといいます。
「時代は禁煙に向かっていますが、たばこを吸われる方はまだたくさんいらっしゃって、すべてをなくすのは現実的に難しいと考えています。参拝に来られる方にそうした場所を作っておかないといけない、という考えもありました。また、私どもの事情としても火災はお寺で最も起こしてはいけない。火の元を管理するという観点もあります」(天龍寺・庶務部長 平田祖高 師)
こうした狙いのもと、喫煙所を移設。世界遺産に指定されている同寺だけに設置の規制があったり、目立たない場所では逆に火の管理のリスクがあるため、目立たないけれども、ある程度目立つ場所を選定したりするなどの試行錯誤があったといいます。
興味深いのは、こうした動きが自治体から要請があったわけではなく、自発的に行われていることです。多くの人が観光や参拝に来ることを前提に、「もてなす」空間作りが行われているといえるかもしれません。
一方で、こうした取り組みを行なっている寺社仏閣は多数ではありません。例えば、写真映えするスポットとして世界的に有名な伏見稲荷大社周辺には喫煙施設はありません。基本的にはそれぞれの判断に委ねられているのが一般的です。
観光だけでなく日々の生活エリアでも
ここまでは観光地としての京都を切り口に語ってきましたが、ローカルな事例としても京都市は精力的な取り組みをしています。最後に、西大路駅と山科駅の事例を紹介しましょう。
京都駅からJRで1駅の西大路駅は、かつて違法駐輪と路上喫煙の苦情が多かった地域です。駅の南北を縦断できる高架下に、多くの自転車やバイクが無断で停められており、往来の邪魔になっていました。そこで2014年、駅南口周辺の整備事業に合わせて歩道橋の下に喫煙所を設置。これによって、喫煙場所を明確にし、かつ違法駐輪も減らすという一挙両得の施策が行われました。
しかし今度は煙に対する苦情が増加。それによって2021年に30〜40mほど南側の、現在の位置に移設。この場所は袋小路でデッドスペースでたばこを吸う人だけが立ち入るエリアであり、苦情は大きく減少したといいます。引き続き、高架下の違法駐輪も発生しておらず、街の美観を形成できています。
こちらも京都駅から東に1駅の山科駅。JR、京阪、地下鉄東西線の3線が乗り入れる乗り換え駅ですが、駅の規模は小さめ。駅前で路上喫煙が多発したことで、駅から見える位置に喫煙スペースを設けました。西大路駅同様、喫煙できる場所を明確化し、吸う人と吸わない人の区分けを実現。
しかし、こちらも今度は別の問題が発生。駅前民間商業店舗の増床に伴い、喫煙所入口前の通路が狭くなったため早急な対応が必要となりました。出入口を通路とは逆側に変更するなどの対策を行い、周辺に配慮した喫煙所として現在に至ります。
いずれの場合も、自治体だけでなく近隣住民を含めて地域全体で協議を行い、改善プランを実行しているのが特徴です。本稿では挙げていませんが、それは新京極や木屋町にある公設喫煙所も同様だと言います。
路上喫煙を巡る問題は定期的に話題に上がりますが、喫煙者のマナーの問題として語られ、規制ばかりが先行するケースがあります。自治体や民間、地域との連携を踏まえて、“現実的な解決策”を講じているのが京都市の特徴といえるでしょう。