ライフスタイル
余白思考デザイン的考察学
2024/10/28 6:30

アートディレクター・山崎晴太郎「アート作品を前にすると身構えてしまう日本人の感覚をできるだけなくしていきたい」『余白思考デザイン的考察学』第4回

デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく連載がスタート。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第4回は8月から9月にかけて東京・スパイラルガーデンで開催された個展『越境するアート、横断するデザイン。』の振り返りを中心に、日本と海外におけるアート作品の捉え方の違いや、現在ブランディングで参加しているJR西日本の新しい決済サービス『Wesmo!』の話題についてたっぷりと語っていただきました。

 

 

想像力を刺激する“何か”を持ち帰っていただけたのなら大成功

──大規模な個展が大盛況で幕を閉じました。まずは終えてみての率直な感想をお聞かせください。

 

山崎 “終わったー!”というのが正直なところです(笑)。準備している段階から感じていたのですが、想像していた以上に大変でした。というのも、これまでも個展は何度か開催してきましたが、その多くは2〜3シリーズのアート作品に限定して展示することがほとんどだったんです。でも、今回は仕事としてのデザインワークも含め、近年の僕の活動や作品を網羅するような形で展示していきました。そのため、自分で自分を客観視しながら全体像を作り上げていく必要があり、そこが難しく、大変でもあったんです。ただ、そのぶん、来場者の皆さんには僕の頭の中を多面的に見ていただくことができたと思いますし、今は“やってよかったな”と心の底から感じています。

 

──初めて山崎さんの個展に来られる方も多かったのではないでしょうか。

 

山崎 そうですね。皆さん、すごく楽しんでいただけたようで、それもうれしかったです。やはり、表参道という場所柄もあり、クリエイティブなお仕事に疲れている方だけではなく、気軽に立ち寄ってくださる方も多くて。“こうした方々が僕を応援してくれているんだな”と、お顔を直接拝見できたのもよかったですね。実はそこも今回の個展をする際の楽しみでもありましたから。

 

──といいますと?

 

山崎 いまだに慣れないというか、すごく不思議に感じているのが、“僕のことを知っている人って、世の中にどのくらいいるんだろう?”ということなんです。『余白思考』の書籍を出した時も編集者さんに「1万部売れました」と言われたものの、“一体誰が読んでいるんだろう……”とピンとこなくって(笑)。それに、コメンテーターとしてテレビにも出させてもらっていますが、放送後にSNSのフォロワー数が爆発的に増えたり、いろんなコメントが届くかというと、そうでもない(笑)。だからこそ、こうして個展を開催し、会場内で直接話しかけていただく機会を得られたのも、僕にとってはすごく大きなことだったんです。

 

──なるほど。では、展覧会の内容についても伺いたいのですが、今回は会場内の設営にもこだわりが見られ、建築現場の〈足場〉のような構成になっていたのが興味深かったです。

 

山崎 あの空間づくりもかなり大変でした(苦笑)。〈足場〉を使った手法は「株式会社セイタロウデザイン」が近年手掛けている企業やお店などの空間構成によく取り入れていて、世界的な賞もいくつかいただいているのですが、それを今回の個展でも活かしてみました。“未完成である”ということがコンセプトになっていて、それはすなわち、“完成に向かっていく過程”も意味する。それを現す象徴の一つとして〈足場〉を使ってみたんです。

 

 

──どういったところに大変さがあったのでしょう?

 

山崎 当然ながら、〈足場〉には壁がないんですよね。そのため、面材を貼って、そこに作品を吊るす必要があるのですが、作品ごとに大きさが異なるので、一つひとつの面材を調整しないといけなくて。それを考えていくのが想像していた以上に大変だったんです。単純に白壁を使っていれば、もっとラクに設営ができたはずなんですが、自分の首を絞めたような形になりました(笑)。でも、来場者からの評判もよかったですし、苦労した甲斐があったなと思います。

 

──個人的には“あの空間構成を見た時、「アートやデザインは、制作の過程も作品の1つである」といったメッセージ性を感じました。

 

山崎 そのように受け取っていただいても結構ですし、どう感じるかは本当に自由でいいと思っています。今回はどの作品にも解説文やコンセプト、アイデアが生まれたきっかけなどの説明文を一切記さず、代わりに、作品の世界観をより楽しんでもらうためのちょっとした物語や文章を添えるようにしました。これも、自由に作品を楽しんでいただきたいという思いからトライしてみたことでした。ですので、なかには少し思考を巡らせないと理解できない作品もあったかもしれません。でも、そうやって考えてもらうことも一つのクリエーションだと僕は考えているんです。インスピレーションソースをいろんなところに散りばめた展覧会を目指しましたので、その中から1つか2つでも、想像力を刺激する“何か”を持ち帰っていただけたのなら大成功だったと思っています。

 

フラットな視点で作品を見てもらった感想が、次作の創作にも繋がっていく

──こうした個展を通して過去の自分の作品と向き合うと、新たな発想が生まれたり、次作へのイメージに繋がるきっかけになることもあるのでしょうか。

 

山崎 それはすごくあります。過去の自分の思考と向き合うからだけでなく、誰かに作品の説明をすることで、そこから新しいアイデアが派生していくことも多いです。脳が活性化されていくと言いますか、“この作品はもっとこっちの方向に伸ばしていけるな”といったアイデアが湧いてくる。それに、さまざまな感想や意見を直接もらうことで、そこからインスピレーションをいただくことも本当に多いんです。特に今回は初めて僕の作品をご覧になるという方が多く、そのため、感想の一つひとつがとても新鮮でした。最近は自分の作品を見せる対象者の同質性が高くなっていたんだなと気づかされたところがありましたし、フラットな感性や視点を持った多くの方々にクリエーションをストレートに届けることや、そこからたくさんの声を聞くことができましたので、そうしたところにも、この個展を開催した意味や意義を感じることができましたね。

 

──また、今回の個展を経て、山崎さんの中で再発見したものはありますか?

 

山崎 あらためて思ったのは、やはり周囲の力の大きさは何者にも代えがたいものだということです。そもそも、デザイナーって作品を一人で創り出していると思われがちですが、実際は多くの人の支えがあって成し遂げられることばかりなんです。プリンティングディレクターやエンジニア、それにいろんな職人さんがいて、その皆さんが僕の頭の片隅にある小さなアイデアを全力で形にしてくださる。いわば、専門家の方々の集合体なんですね。そうした力は本当にかけがえのないものだと今回の個展を通じて実感しましたし、すべてを終えた今は、達成感と同時に、ちょっとした寂しさも感じています。

 

──それは共同作業が終わってしまったことへのロスですか?

 

山崎 そうです。文化祭が終わってしまったあとの、あの“やりきった感”と一抹の切なさみたいなものです(笑)。とはいえ、今回ほどの規模ではないにしろ、9月と10月にはワルシャワとボスニアで展覧会がありましたし、年末にはベルリンでの個展も控えています。来年には中国でも個展を開催する予定ですので、しばらくはこの楽しさと忙しさが続きそうです。

 

↑Fossils from the future/未来からの化石 Nike Air Jordan I

 

──次にどのような個展を開催されるのか楽しみです。

 

山崎 ありがとうございます。ただ、幅広く多面的に網羅する個展に関しては、今回があまりにも大変でしたので、しばらくは控えようかなと思っています(笑)。それよりも、せっかくこれだけの規模の個展を開催し、オフィシャル写真もたくさん撮影しましたので、今は図録を作ろうと計画しています。きっと、そこでもこれまでの自分の作品たちを反芻することになると思いますし、僕自身、すごく楽しみにしています。

 

──期待しています! また、先ほど海外での展覧会のお話がありましたが、日本と海外を比べ、アート作品の捉え方や見方に違いを感じることはありますか?

 

山崎 すごくあります。もちろん、国や地域ごとに違いがありますし、たとえばアメリカだと、アートが日常に溶け込んでいるのを強く感じます。以前、アメリカのサクラメントという都市で個展を開催したのですが、その街に住んでいる老夫婦が犬の散歩をしながら、ふらっと会場に立ち寄ってくれたことがあって。でも、それって彼らにとっては日常的なことなんですよね。「この作品はどういうコンセプトなの?」とフランクに聞いてきますし。日本人はどうしても美術館に展示されたものやアート作品を前にすると身構えてしまうところがあるように思うのですが、それがまったくない。また、その時はCMも打っていただき、『砂でできたアイコン』シリーズのスニーカーをテレビで流してもらったのですが、それを見た子どもが「見たい!」と親を誘って、家族で来訪してくれたんです。たぶん、ポケモンのおもちゃとさほど変わらない視点でアートを楽しんでいる(笑)。そうした光景はすごく新鮮に写りましたね。

 

──アートに対して崇高といった意識がなく、ハードルの高さも感じていないんですね。

 

山崎 そうだと思います。当たり前のように「これはいくらなの?」って値段も聞いてきますし(笑)。日本だと、“アート作品が売り物である”という概念すらあまりないかもしれない。そうした差は海外に行くと強く実感しますし、その壁をなくしていくこともこれからは大事になってくるのかなと思っています。

↑フォントデザイナーの小林 章さん

 

『wesmo!』は安心感と便利さを突き詰めた新たな決済サービス

──また、会期中の8月23日には山崎さんがブランディングやデザイン、コミュニケーションとトータルで取り組まれているJR西日本グループの新たな決済・ウォレットサービス『Wesmo!』(来春稼働予定)の事業解説を兼ねたトークショーも開催されました。なかでも『Wesmo!』のために作られたオリジナルフォント「WESTERX SANS」の創作話は非常に興味深かったです。

 

山崎 僕らは蓋を開けるまで、“どれだけの人がこのトークテーマに興味を持ってくれるんだろう?”と不安でいっぱいでした(笑)。普段、フォントを意識することも、フォントの話を聞く機会ってあまりないでしょうし。でも、突き詰めていくとフォントって“宇宙”のように哲学的な部分があって、僕たちデザイナーは「この“R”のフォントの右のはらいの形がさ……」といった話題だけで朝まで呑めてしまえる(笑)。その面白さが少しでも伝わればいいなと思い、あのトークショーを企画しました。

 

──これをきっかけに、初めてオリジナルフォントの重要性を知った方も多かったのではないかと思います。

 

山崎 確かに、日本人はフォントを意識することって少ないですからね。でも、それは逆にいうと、誰もが無意識のうちにフォントが持つ力に気持ちを動かされているということでもあるんです。たとえば、商品の説明書き一つとっても、フォントが変われば商品が持つ印象自体が違ってきますから。ですから、僕がブランディングの仕事に参加する際は、いつもオリジナルフォントを作る重要性や意義などをお伝えし、新しく作ることを提案しているんです。ただ、オリジナルフォントを作ろうとすると時間とお金がかかってしまうので、相当な覚悟がないとできないんですよね。

 

──とはいえ、トークショーでもお話しされていましたが、消費者はオリジナルのフォントを見るだけで、それがなんのブランドなのかが自然とわかるようになる。それは、フォント自体がロゴや看板などと同等の価値や影響力があるものだと言えるということですよね。

 

山崎 そうですね。ブランドにとって“どんなフォントを使っているか”というのは、“どんな声でしゃべっているのか”ということでもありますから。しかも、それだけじゃなく、オリジナルのフォントは“守り”にも使えるんです。フィッシング詐欺が長年問題になっていますが、それだってオリジナルフォントを使えば、その文章が公式のものなのか否かをすぐに見分けることができる。特に今回の『wesmo!』のような決済を扱ったサービスだと、オリジナルフォントを作るメリットは大きいと思います。

 

↑Specimens of the spilled over/こぼれ落ちたものの標本 東京#1

 

──なるほど。また、「WESTERX SANS」の制作者であり、世界で活躍されているフォントデザイナーの小林 章さんの創作過程のお話しもフォントの重要性をわかりやすく説いていて、とても面白かったです。

 

山崎 今回の小林さんとのトークは僕にとってもすごく勉強になりました。僕は学生時代、小林さんが書かれた本でフォントを学んだんです。日本において、小林さんがいたグラフィックデザインの世界といなかった世界とでは、まるで違う未来になっていただろうなと断言できる。それに、小林さんとは今回『wesmo!』のプロジェクトでご一緒したわけですが、仕事のスピード感にも驚かされました。発想も素晴らしく、「WESTERX SANS」には遊び心があり、一見すると少しやり過ぎに感じるところもあるんです。でも、実際はとてもおさまりがいい。新しくフォントを作る時はどこまでオリジナル性を出し、攻めていくかも大事になってくるのですが、そのバランスが実に見事だなと感じました。

 

──クライアントが求めているものを掴み取る嗅覚が素晴らしいのでしょうか。

 

山崎 そうですね。先ほども話したように、日本ではまだ新しいフォントを作ることに慣れていない場合が多いんです。つまり、クライアントも何が正解なのかを明確に分かっていないことが多い。それでも小林さんは、みんなが“うん、これだよね!”と直感で理解できるものを作ってくれる。クライアントが提示するキーワードを咀嚼し、斬新さがありながらも、誰もが納得するものを生み出す。その力やセンス、造形力は本当にすごいなと思います。

 

↑8 million traces/八百万の傷跡

 

── 一方、山崎さんがブランディングで参加している『Wesmo!』のサービスも、シンプルさを突き詰めたような決済方法で非常に画期的な取り組みだなと感じました。

 

山崎 JR西日本グループから新しい決済サービスのブランディングの依頼を受けた際、「シンプルさを大事にしたい」というお話しがあったんです。今は電子マネーの決済方法が世の中にたくさんあり、差別化を図るためにさまざまな機能を追加し、それが結果的にユーザーにとっては複雑さを感じるようになってしまっている。ですから、ユーザー目線で“使いやすさ”を追求したものにしようというのは大前提としてありました。

 

──レジ前でアプリを立ち上げるのは意外と手間に感じる時がありますし、決済方法がアプリや店側の端末の違いでバラバラなのも、ちょっとしたハードルに感じているユーザーは多いと思います。たくさんあるアプリの中で使うアプリを探す手間もある。その点、『Wesmo!』は端末にスマホをかざすと自動的に決済のサイトに飛ぶようになっている。会場で試しましたが、手軽さと便利さに感動すら覚えました。

 

山崎 端末は手の平サイズで非常にコンパクトですし、薄さもあるのでテーブルチェックもできる。そこもこだわった部分の一つでした。また、デザイン自体もJRの改札機で馴染のある、交通系タッチの読み取り機にあえて似せたんです。“見たことがある”というのは、それだけで信頼感に繋がっていきますからね。電車に乗るときのように“ここにタッチすればいいんだな”と潜在的に頭に刷り込まれているので、初めての人でも迷うことなく利用することができる。つまり、SuicaやIcocaと同じぐらい安心感のあるものにしたかったんです。ほかにも、まだ発表はされていませんが、新しいお店を開拓するのが楽しみになったり、電子マネーの利便性をさらに高めていく機能も段階的に付与していきますので、ぜひ今後の展開にも期待していただければと思います。

 

 

山崎晴太郎●やまざき・せいたろう(写真左)…代表取締役、クリエイティブディレクター 、アーティスト。1982年8月14日生まれ。立教大学卒。京都芸術大学大学院芸術修士。2008年、株式会社セイタロウデザイン設立。企業経営に併走するデザイン戦略設計やブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのクリエイティブディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。国内外の受賞歴多数。各デザインコンペ審査委員や省庁有識者委員を歴任。2018年より国外を中心に現代アーティストとしての活動を開始。主なプロジェクトに、東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式、旧奈良監獄利活用基本構想、JR西日本、Starbucks Coffee、広瀬香美、代官山ASOなど。株式会社JMC取締役兼CDO。「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)、「真相報道 バンキシャ!」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』(日経BP)がある。公式サイト / InstagramYouTube  ※山崎晴太郎さんの「崎」の字は、正しくは「大」の部分が「立」になります。

 

【「山崎晴太郎の余白思考 デザイン的考察学」連載一覧】
https://getnavi.jp/category/life/yohakushikodesigntekikousakugaku/

 

【Information】

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撮影/中村 功 取材・文/倉田モトキ