第19回 恐怖に追いつかれる前に挑戦してしまおう
他誌で申し訳ないが、昔、「週刊朝日」の人気コーナーに『山藤章二の似顔絵塾』というものがあった。毎週、イラストレーターの山藤章二さんが、読者から送られてきた風刺が効いた似顔絵を選んで寸評とともに載せるというコーナー。そのコーナーに僕は何度か載ったことがある。
一部では数百倍の倍率と囁かれていた人気コーナー。学生だった僕は、鼻高々で「週刊朝日」を教室に持っていき、友人たちの前で見せびらかす。ただ、十代に「週刊朝日」は渋すぎて、ほとんどの友人は「この雑誌なに? ていうか山藤章二って誰?」状態だった。
僕は行きつけの理髪店に、「週刊朝日」がうず高く積まれていたので行くたびに読んでいたが、だいたいの十代は、山藤章二を知っているわけがなかった。仕方がないので彼らに、山藤章二の偉大さ、そのコーナーに載る難しさについてなどなど事細かく説明し(野暮)、遅ればせながら「へ〜、すごいねえ」を貰う。そして僕は、「まあ、次載ったらまた持ってくるよ(迷惑)」と捨て台詞まで吐いてみせた。そのときは、本気で絵を描いて生きていくことすら考えていた。
しかしそれからたった数週間後、友人のひとりが、週刊朝日を僕のところに持ってきたことにより状況は一変する。
彼は『山藤章二の似顔絵塾』のページを見せてきて、「俺も出してみたら載ったよ!」と不敵な笑みを浮かべた。
取り巻きが「おおっ! すごいじゃん!」「似てる〜!」と口々に今度は混じりっけなしの大喝采。
自分だけの聖域のはずだったものが一瞬で侵されたことにより、僕はかなり動揺し、なんとか笑顔は作ったが、声も出ないほどのショックを受けた。
彼はたしかに美術が得意科目で、先生の似顔絵なども上手かった。上手かったが、そう簡単に載ることが出来ないのが『山藤章二の似顔絵塾』じゃなかったのか! と心の中で、醜い僕が地団駄を踏む。
同じクラスからふたりも載ったんじゃ、僕の中での『山藤章二の似顔絵塾』は大暴落。ここにふたりいるということは、世間にはとんでもない上手い奴らが渋滞するがごとくいるのだろうと心から落胆してしまった。
もちろん、「絵を描いて食べていく」という夢も諦めた。

それから二十年後。彼は数々の広告賞を獲る有名デザイナーとなる。美大を卒業し、大手広告代理店に入社、現在では自分の事務所を持ち、雑誌などにも顔を出す人気者だ。
あのときの話を、彼と一度したことがある。
「お前がやっているの見たら、とにかくやってみたくなったんだよ。それでもう怖気づく前に、一週間に十枚必ず描いて送るって決めてやったんだ」と笑いながら凄いことを言った。
世間はたしかに有象無象いろいろ才能を持った人がいたが、彼よりも研究熱心で、行動力のあるやつに、僕は遂に会うことはなかった。あのとき同じクラスメイトだった彼が、人生の中で出会った一番才能のある男だった。
最初に僕が小説を発表するときに、周りはほぼ全員大反対。というか大失笑。「誰がお前の文章なんて読むんだよ、ちゃんと考えろよ」当時世話になっていた方に、目の前でそう言われたこともある。
両親にも、もちろん反対をされた。「頼むから普通にしてよ」と涙混じりに言われてしまった。
僕なんかよりも才能がある人たちで、今日も世間は大渋滞だ。なにかに挑戦しようとすると、きっと世の中にはもっと凄い人がいて、すぐに自分などパージされるはずだ、と考えがちだ。でもそんなとき僕は、ふと彼のことを思い出すことにしている。
「それでも自分なりに勝負してみよう。恐怖に追いつかれる前に挑戦してしまおう」と背中を押してもらえる気がする。
実家の僕の部屋には、まだあのとき自分が描いたイラストが載った「週刊朝日」が残っている。彼のイラストが載った「週刊朝日」もしっかり一緒に残っている。

イラスト/嘉江(X:@mugoisiuchi) デザイン/熊谷菜生