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ホン・モノ・ケイカク
2017/12/20 20:00

広島カープ前監督 野村謙二郎さんが明かす人心掌握術。 「部下の能力を解き放つリーダーがしている7つの行動」 後編

2016年シーズン、25年ぶりにプロ野球セントラルリーグを制覇。2017年もレギュラーシーズンを圧倒的な強さで制し、見事に連覇を達成した広島東洋カープ。その強さの裏側には、選手一人ひとりの個性を活かし、それぞれのパフォーマンスを最大に引き出す独自の指導法や環境づくりがあった。

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そんな最強チームをつくりあげた立役者のひとりが、元監督の野村謙二郎さん。Bクラスの常連だったカープを立て直し、強いチームへと成長させた野村さんが、ご自身の体験から習得されたリーダーシップ論や組織マネージメント術は、まさにビジネスパーソンも必見の内容。

 

野村さんに教えていただく「最強の”カープ”仕事術」、今回はその後編をお届けします。

 

前編はこちら

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<プロフィール>
野村謙二郎(のむら・けんじろう)
1966年、大分県生まれ。佐伯鶴城高校から駒沢大学へ進学。大学4年時にソウル五輪に野球日本代表として出場し、銀メダルを獲得した。88年のドラフト1位で広島東洋カープへ入団。90、91年と2年連続で盗塁王を獲得。91年はリーグ優勝にも貢献。95年には打率.315、32本塁打、30盗塁をマークし、史上6人目のトリプルスリーを達成した。2005年、通算2000本安打を達成し、その年を最後に現役引退。その後、野球解説者などを経て、10年に広島東洋カープの監督に就任する。就任当初は下位に低迷するものの、13年、14年と、2年続けてクライマックスシリーズ進出を果たす。14年シーズン限りで監督を退任。現在は野球解説者として活躍する傍ら、MLBカンザスシティ・ロイヤルズの編成部門アドバイザーを務めるほか、広島大学大学院の教育学部健康スポーツで改めて野球を学んでいる。著書は『変わるしかなかった。』(ベストセラーズ)。共著に『広島カープの血脈』(山本浩二氏との共著/KADOKAWA)、『広島カープ最強伝説の幕開け』(大野豊氏との共著/宝島社)がある。

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5.肝心なのは任せる勇気。ミスは責めず、成功はものすごくほめる

監督2年目のシーズンから、私は我慢して自ら口を出す機会を極力減らし、指導の多くをコーチの方々にお願いしました。でも、もしかしたら、それが自分にとってもチームにとっても、大きなターニングポイントだったかもしれません。

 

監督1年目、私がコーチに一任できなかったのは、自らがすべてを把握しておかないと気が済まなかったからです。コーチの人たちもやりづらかったでしょう。

 

でも、チームには本当に多くの人たちが関わっている。だからもっと、チーム全体で問題を認識し、シェアし、いっしょに前へ進んでいかなくてはいけないのではないかーー。そこに気づいた時から、すべてのことがうまく前へ進むようになりました。

 

例えば、シーズン中、プロ野球ではほぼ毎日試合があり、試合前にはその日のスタメンを決めなければなりません。相手のピッチャーは右投げなのか、左投げなのか、どんな選手が出てきそうか、など、向こうの出方を読んで決めていきます。

 

現在のカープを例にとると、スターティングメンバーはほぼ決まっていますが、相手のラインナップ次第で誰を起用するか迷う打順・ポジションというが、ひとつかふたつはあるものです。そんな時は「今日はあいつの調子が良さそうだな」とか「彼を使ってみるかな」とか「ファームで好調だから若手を使ってみようかな」と、結構迷うものなのです。

 

さて、どうするか? 私はそんな時、バッティングコーチの方に「今日の7番どうします? 迷いますよね? 誰を起用しましょう?」といった具合に、コーチに判断を委ねていました。もちろん、自分の中にも答えはあります。コーチがどの選手を推してくるのかも、ある程度は分かっています。それでも「彼でいきましょう!」とコーチが推薦してきた選手を使う。それにゴーサインを出して起用します。

 

でも、コーチが推薦してくれた選手が、その日、打てないこともありますよね。そんな時でも私は「打てなかったじゃないですか!」と、絶対にコーチを責めないようにしていました。逆に推薦してくれた選手が打った時は、翌日のミーティングで「起用が当たりましたね、さすがです。ありがとうございます!」と、他のコーチの前で声を掛けるよう心掛けました。そのコーチは「たまたまですよ!」と謙遜しながらも喜んでくれるものです。

 

ミスをした時、負けた時、数字が出なかった時、モノが売れなかった時ーー。そんな時に「なにをやってるんだ!」と任せた担当者を叱ってしまうと、その人はもう、本来の実力を発揮できなくなりますよ。以降はプレッシャーになるだけです。逆に、ほめ言葉というのは、次回もまた頑張ろう、とか、明日またやるぞ、と前向きに受け止めてくれる。私の下手なほめ言葉でも、声を掛けられる方にとってはうれしいものなのです。

 

仕事を任せるというのは任せる側にとって難しく、とても勇気のいることです。特に、野球界ではプレーヤーとして実力のあった人が監督を務めることが多く、会社組織では仕事のできる人が管理職に就くのが一般的ですから、なおさらでしょう。ですが、リーダーは過去の自分を一度、脇に置く。自らやった方が上手にできる、早くできるかもしれないけれど、あえて部下に仕事を任せてみる。そういう覚悟が大切だと思います。

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6.リーダーがまずやるべきは、気持ち良く働ける環境づくり

監督就任当初は、カープを変えてやると意気込み、すべてを自分でやろうとしていた私ですが、監督をやっていくうちに、徐々に考えが変わっていきました。やっぱりチームというのは、選手に頑張ってもらわないといけないものですし、活躍してもらわなきゃいけないわけです。選手が活躍してくれれば、みんなが喜び、潤います。では、選手に気持ち良くプレーしてもらい、活躍させるにはどうすればいいのでしょう?

 

この”気持ち良く”という言葉は、私より上の世代の方にとって、ものすごく抵抗があるようです。野球も仕事も気持ち良くできるわけがない、と。

 

ところが最近の若い子や子どもたちは、”楽しむ”ということを平気でいえるようになっています。例えば高校野球では、ピンチの際、伝令が出て来て選手たちがマウンドに集まって指を1本、空へ立て、笑顔で声を交わすといったシーンが時折、見受けられます。その結果、彼らが落ち着きを取り戻し、プレーに集中することできたという報告もあるほどです。

 

そうしたムードづくりというのも、リーダーにとっては重要な仕事だと思います。私も監督時代は、チームのムードづくりのために、選手たちといかにコミュニケーションをはかるか、腐心したものです。

 

でも監督というのは、部署のトップです。対監督となると、選手たちも構えてしまいます。距離感を詰めようと監督が立ち位置を低くしてしまうと、その分、選手たちも引いてしまうので、距離感自体は変わりません。だからといって、横並びのポジションまで監督が立ち位置を下げてしまってはダメ。それでは単なる友だちになってしまいます。結局のところ、監督とコーチ、そして選手の距離感、会社に置き換えると、社長と中間管理職、そして現場の社員の距離感というのは、変わらないものなのです。

 

ただし、チームの空気感というものは、リーダーの考え方ひとつで変えることができると思います。私は選手に近づいていったり、立ち位置を下げたりして距離感を詰めるのではなく、試合後に食事へ行ったり、バカを言いあったりして、普段の自分を見せることで、選手との空気感、チームのムードを変えるよう心掛けました。「俺って、いつもは苦虫かみつぶしたような顔をして野球をやっているけど、ユニフォーム脱いだらこういう人間なんだよ」と、構えていない自分を見せるようにしたのです。

 

そうやって、選手たちと食事や酒を飲みに行き、時にはカラオケに行ったり、バカをやったりしながらも、必ず彼らには「俺はひとつだけ自信を持っている。ユニフォームを来たら人が変わるからね」と言い続けました。最初の頃は、その話をすると、酒の場がシーンと静まりかえったほどです。

 

いくら遊んでもいいし、なにをしてもいいけれど、ユニフォーム着た瞬間に性格が変わるやつが、プロ野球の世界では絶対に成功している。だから監督の顔色をうかがいながら練習やプレーをすることはないけれど、ユニフォームを着たら性格まで変われ。そう言い続けていたら、それが浸透したのか、チームの空気感が良くなったように感じます。

 

こういった私の行動に対し、一部のコーチからは「甘やかしすぎではないか?」、「それでは監督の沽券に関わる」といった苦言も出たほどです。でも、それで選手がやる気になってくれて、気持ちよく働けるのならば、リーダーとしては普段の自分をさらけ出せますし、こんなに楽なことはありません。あの辺りから、カープが変わっていく手応えを感じましたね。

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↑書かれた言葉は「努力・前進・努力」

 

 

7.部下のパーソナルな情報と話すネタを集める

監督時代、私は選手の中に”情報提供者”を置いていました。監督やコーチが見ていない中、ロッカールーム内でどんな出来事があったのか、選手どうしでどのような会話が交わされていたのか、ゲーム後の食事会ではどんなことがあったのかーー。あらゆる情報を、とある選手から提供してもらっていました。まさにそれは、選手とコミュニケーションを図るためのネタ集めでした。

 

でも、そういったことを繰り返していると「監督、今度A選手に突っ込んでやってくださいよ、昨日、飲み屋でモテモテだったんです」といった情報が、自然と選手の方から入ってくるようになりました。なので、バッティング練習中「今日はめちゃくちゃキレがいいけど、昨日、よっぽどいいことあったんだねぇ」と突っ込むと、A選手は「え、なぜ監督が知ってるんですか!?」と返してきて、その場が盛り上がります。そして、ロッカールームへ戻ったA選手は「誰だよ、あのネタを監督に話したの!」と言い始め、今度は試合前に、選手どうしの会話が自然と弾むのです。

 

ほかにも奥さんや子供の記念日、お祝い事など、書類には乗ってない、部下の趣味とか学歴以外のネタ、最近なにがあったのか、とか、それに対してどう感じたのか、といった、パーソナルな部分の情報を得ていると、部下との会話のきっかけになります。部下の個人としての興味や考え方がわからず、どういう風に接していいか分からない状態だと、仕事するのも大変だと思うのです。

 

最近、若い子たちはあまりお酒を飲まなくなりました。また、飲み方や飲み会の文化も変わってきています。先輩が行くとおっしゃるならお供します、という時代とは、随分変わりました。でもあの飲み会文化というのは、リーダーにとってはとても貴重な情報源だったように思えます。なので、それに代わる独自の情報源を確立することも、リーダーにとっては重要なことなのかもしれません。

 

 

◎最後に

私はこの春から広島大学の大学院へ通い、改めて野球を学んでいます。研究の主なテーマは”4スタンス理論”。これは、人間のカラダには4つのタイプがあって、それぞれのタイプに合ったカラダの使い方があるという考え方で、それがスポーツの動きにも応用できるということです。

選手にはさまざまなタイプの人間がいて、それぞれに合ったコーチングを行うべきだと考えていた私にとって、これは打ってつけの理論でした。例えば、イチロータイプの子どもにホームランばかりを狙えといっても、そうはなかなかボールを遠くへ飛ばせないでしょうし、逆に松井秀喜タイプの子どもにイチローのようなヒットマンになれといっても、ボールにバットを当てることさえ難しいかもしれません。

実は、そういった選手の個性を重視しない昔ながらの指導法によって、野球への情熱を失い、野球から離れていく子どもが少なくないのです。学校教育での教え方が変わり、野球の教え方も変わってきているいま、子どもたちそれぞれの個性や、肉体的特徴に合わせたコーチングができる指導者の育成を目指し、野球を楽しくやってもらうことを目的に、日々学んでいます。

その背景にあるのは、これからますます厳しくなる少子高齢化社会の中でも、新しいスター選手にどんどん出てきて欲しいと思い。まずはそうした環境づくりの面から、スポーツ界に貢献できればと考えています。

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<最新著書>
野村の考え。やる気にさせる組織の作り方

2010年から5年間、広島東洋カープの監督を務めた野村謙二郎さん。それまで万年Bクラスだったチームを立て直し、2013年には初めてクライマックスシリーズに進出。翌2014年も同シリーズへ進出し、優勝を狙えるチームをつくりあげた。そして2016年、カープは25年ぶりにリーグ優勝。それは、元監督の野村さんが種をまき育てたことが、大きく花開いた瞬間でもあった。本書は、カープ黄金期の礎を築いた野村さんが、自身の野球に対する取り組み方や考え方、チームマネージメントなどを通じ、企業で生きるリーダーのあり方などを語った1冊。カープファンや野球ファンのみならず、ビジネスパーソンも必見の内容だ。