10年以上にわたり他人の手帳やノートを集めてきた手帳類収集家であり、10月にそれにまつわる書籍を出版した志良堂正史さんに、手書きで私的な記録を残す価値と楽しむためのヒントを聞いた。

最適化されていない唯一無二の自分を残せる
肩肘張らず自由に書いていい書き手の数だけ正解がある
志良堂正史さんが集めた手帳やノートは、2000冊以上。彼は、それらを“手帳類”と呼ぶ。「“誰にも見せない前提”で書かれた紙の束を手帳類と定義しています。なので、手紙や文芸的な日記といった見せることを目的としたものや、学校の板書ノートは含みません。日常の何気ない記録に宿る私的さに気付いてからは、すっかりその虜に。多様な経路を経て僕の元へたどり着いた手帳類を眺めると、『よくぞ、ここまで残ってくれた!』という気持ちになります」(志良堂さん)
集まった手帳類を眺めていると、書き方も使い方も人によって驚くほど異なることがわかる。「きれいに書かなければ」、「毎日書かなければ」とプレッシャーを感じる人もいるだろうが、志良堂さんは「自由でいい」と言い切る。「手帳は、誰かに“いいね”をもらう必要はありません。書き手の数だけ正解があっていい。誰もが特別な個人として生きてきた歴史があるわけですから、『生き様を残そう』と気負う必要はなく、ただ日常を記せば十分だと思います」
さらに志良堂さんは、収集した手帳類を誰でも読める場所として「手帳類図書室」を運営している。
「『こういう書き方でもいいんだ』とヒントを得て、手帳を使い始める人もいます。書き方に迷ったら、ぜひ覗いてみてください」
手書きだからこそ現れる唯一無二の個性
今は、ネット上に日記を残したり、SNSで発信したりできる時代。そんな時代に、あえて「手書きで私的な記録」を残す価値とは。「まず僕個人として、誰にも見せない前提で書かれたものからは特有の魅力を感じます。鑑賞の記録ひとつとっても、ネット上に書くとなると、作り手やファンに届く可能性を考え、ある程度言葉を選んでしまいますよね。でも誰にも見せない記録であれば、自分だけの感想を書ける。読み手としては、そういう記録ほど面白いんです」
さらに、「“手書き”ゆえに生まれる私的さがある」と言う。「例えば、ジブリの『天空の城ピュタ』が放送されるたびにSNSに大量投稿される“バルス(※1)”。画面上では単にバルスという言葉の群れでしかないけれど、もしそれを手帳に書いたとしたら、筆跡や大きさなど、人によってまったく違う“バルス”が生まれます。しかもそれを十年書き続けたら、同じ人が書いた同じ文字のなかにも変化が現れるかもしれない。それはとても尊いことだと思うんです」
そして、「手帳は我々一般人が生きた証を残せる重要なツールだ」と続ける。「歴史に名を刻む人たち以外、僕たち一般の人間は、いつか存在が無になる。でもそういった人たちも何かの形で生きた証を残していいと思うし、手帳類は、誰とも違う自分をより私的なまま残せるツールだと思います。僕は手帳類を通じ、ひとつとして同じものはない、“最適化されていない唯一無二の私的さ”をたくさん見てきたし、多くの方に見てもらいたいと思っています。自分もそのひとりなんだと感じられたなら、書き残す価値も見えてくるのではないでしょうか」
※1:クライマックスで主人公が唱える呪文。SNSでは、呪文が唱えられるタイミングに合わせて「バルス!」と投稿する「バルス祭り」が恒例となっている。
【手帳類を楽しむヒント1】
ルールを決めすぎず心のままに書く
これまで収集された2000冊以上の手帳類を眺めていると、「手帳はこう使わなければならない」というルールがないことに気付く。誰に見せるものでもないからこそ、書き方も書く内容も自由でいいし、変わってもいい。
志良堂さんが所有する最も古い手帳類
大正7年の日記。骨董市で見つけたという日記を寄贈してもらったそう。フォーマットや文字に、時代の空気を感じる。




【手帳類を楽しむヒント2】
使うツールは自由でいい
実は志良堂さんご自身は、デジタルノートを使っているという。使うツールは手で書くものならなんでもよく、数ページ使っただけの学習ノートを日記帳にしている人もいる。書き始めたらそれがあなたの手帳類になる。





【手帳類を楽しむヒント3】
迷ったら、誰かの手帳類を読んでみる

志良堂さんの手帳コレクションをゆっくり楽しめる「手帳類図書室」は本室(東京・参宮橋)と分室(神奈川・湘南台)があり、1枠(※2)1000円から利用できる。時前予約がおすすめ。
※2:平日は90分、土日祝日は60分。


手帳類収集家・志良堂正史さん
ゲームプログラマーとして働きながら2014年より手帳類の収集を開始。2000冊以上を所蔵している。
他人の手帳は「密」の味禁断の読書論
1100円(小学館新書)
※「GetNavi」2026年1月号に掲載された記事を再編集したものです。