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2019/6/8 17:30

花も景色も列車もみんな絵になる「わたらせ渓谷鐵道」10の秘密

 

【わ鐵の秘密⑨】足尾駅の構内で保存されている車両群は?

通洞駅に比べると足尾駅はトロッコわたらせ渓谷号が到着した時間帯以外には閑散としている。かつて足尾駅は、足尾線の拠点だった。駅の趣はわ鐵の駅の中でも一番でないだろうか。筆者は足尾駅の造りが気に入っている。

 

私と同じように魅力を感じる人が多いのだろうか。駅舎を見に、そして写真を撮影に訪れる人を多く見かける。

 

↑1912(大正元)年に開業した足尾駅。駅名の表示やなだらかな屋根の形、傍らに立つ丸いポスト、背景の緑と、絵になる駅舎だ。駅周辺を歩くと、今は使われていない列車運行用の諸施設、国鉄職員用の社宅跡など、緑に埋もれるように建っている

 

↑キハ35系(左)を含み気動車や貨車、貨車移動機が計9両の足尾駅に隣接した敷地に保存されている。キハ35系が停められる場所の横には元貨物用のホームと上屋が設けられる。この上屋は最近、改装されたようできれいだった

 

さらに駅構内に隣接して、気動車や貨車、そして入れ替え用の貨車移動機など計9両の車両が保存されていた。車内などの公開も年に3回ほど設定されている。車両は駐車スペースに隣接して置かれているので、外からでもその姿を十分に見ることができる。

 

同車両群は保存車両を中心とした博物館の創設を目指し、集められたもの。そのためにNPO法人足尾歴史館・トロッコ部が設けられた。現在は同法人が解散となり、あしおトロッコ館として再出発している。通常は仕事を持つ鉄道ファンがみな手弁当で行ってきた保存活動だけに、保存車両の状態などを見るにつけ、その難しさが感じられた。

 

 

【わ鐵の秘密⑩】終着駅・間藤駅の先はどうなっている?

さて起点の桐生駅から1時間半。終点の間藤駅(まとうえき)に到着した。手前の通洞駅、そして足尾駅に比べて、さらに閑散とした印象の駅だ。山の入口の駅という趣が強い。

 

しかし、この駅が終点とはいうのには中途半端な感じがあるのだが。

 

↑わたらせ渓谷線の終点間藤駅。駅前広場の展望台から撮影した全景。二ホンカモシカが見える駅がうたい文句で、展望台は二ホンカモシカを見るためのもののよう。現在は日光市の中心部へ通洞駅発、同駅経由の市営バスが1日に6往復、走っている(写真右上)

 

足尾鉱山が盛況だった時代、この間藤駅の先に足尾本山駅という貨物駅があった。間藤駅は当時、旅客列車の終点となっていた駅で、貨物列車はこの駅から1.9km先に入った足尾本山駅を目指した。

 

↑間藤駅の先には26.7‰を示す勾配標が残されている。この先、急勾配のため蒸気機関車が一気に登ることができなかった。そのため、当時の間藤駅はスイッチバック構造となっていて、貨物列車は一度、バックしつつ、この先にある足尾本山駅を目指した

 

間藤駅の先、県道250号線を少し北へ歩いてみた。線路は間藤駅のすぐ先で途絶えているが、駅の先、600mほど歩くと、県道を横切る踏切の跡と、線路が残っている。渡良瀬川の上流、松木川に架かっていた鉄橋も、橋脚そして橋桁がしっかりと残っている。

 

蒸気機関車が走っていた時代は、間藤駅構内はスイッチバックをして登る構造の駅になっていた。そして先にある足尾本山駅を目指した。

 

↑間藤駅から約500m歩いた県道250号線沿い、元踏切から見た線路跡の光景。地元のお店のご主人のご好意で、先にある第二松木川橋りょうを写す(左上写真)。重量のある貨物列車を走らせる鉄橋だけに頑丈に造られていたことがその姿からもわかる

 

間藤駅の先には足尾銅山が栄えたころの面影を残す社宅跡なども残されている。鉱山として栄えた当時と比べれば、現状は寂しい限りだが、近代日本の基礎を築いた足尾の町を歩くだけでも、過去の繁栄ぶりをわずかに偲ぶことができる。

 

わたらせ渓谷鐵道では間藤駅から足尾本山(同駅の構内は入れない)まで廃線跡をたどるツアーをたびたび開催している。通常は入ることができない廃線跡やトンネル内を、係員が同行することにより巡ることができる。廃線巡りが好きの方にぜひお勧めしたいツアーだ。

 

↑旧足尾線の最奥部の風景。鉄橋の左側に足尾本山駅があり、構内に古河機械金属の製錬所があった。同写真は2009年に撮影したもの。10年前は製錬所周辺の山々は木がまばらだったが、現在は植樹が進み、緑が戻りつつある

 

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