【箱根登山電車の秘密③】80‰という急勾配をどう乗り越えるのか
ここからは路線の特徴を見ていきたい。まずは箱根登山電車の路線といえば、勾配がきつい。急な坂を上り下りしている時に、電車のつり革は、斜めに傾くほどで、その勾配の凄さが感じられる。
最大勾配は80‰(パーミル)。80‰とは、1000m走る間に80m上り下りするということになる。3両編成の箱根登山電車がこの勾配にさしかかっている時には、電車の前後で1m以上の差が出るほどだ。
通常の電車ならば20‰の坂というと、かなりの勾配になる。前述したラックレールを用いた鉄道では大井川鐵道井川線で90‰という急傾斜を上り下りする鉄道があるが、こちらはラックレールを使っているからこそ可能な上り下りだ。通常の鉄道は、粘着式鉄道と呼ばれる。この粘着式鉄道の中では箱根登山電車は日本一の傾斜となっている。
どうやってその厳しい勾配をクリアしているのだろう。
通常の鉄道車両は台車に付いた車輪に制輪子というものを押し当ててブレーキをかけている。通常の電車ならば、この制輪子があれば十分なのだが、箱根登山電車ではこのシステムだけでは電車が安全に運行できない。
そのため台車の下側にレール圧着ブレーキという特殊なブレーキをつけている。要は車輪に制輪子を押し付けることにプラスして、レールにブレーキシューを押しつけることにより、車両の走りを制御しているわけだ。
このレール圧着ブレーキのほかに急勾配をクリアするための複数の設備を備えている。
箱根登山電車では急カーブが多い。最大で半径30mにもなる。急勾配+急カーブという路線の構造なのだ。そのため車両はカーブをまがりやすいように、車体の長さを短めにし、連結器部分の空きを通常の電車よりも広げて、曲がりやすいようにしている。さらにカーブ区間では水を撒いて走っている。
沿線の多くの信号機には「散水」という札が掲げられる。指示された箇所で電車は散水して走る。なぜ散水が必要なのだろう。
通常の鉄道では急カーブの区間ではレールに油が塗られている。油を塗ることで摩擦を減らしてレールの摩耗を防いでいる。さらに坂で砂をまいて、粘着力を維持することも貨物列車用の機関車などでは行われる。
一方、箱根登山電車では、坂に加えてカーブ路線なので、油では逆に滑ってしまって危険だ。機関車のように砂も古くは使われたが、レールが長持ちしない。
そこで、水をまき、レールの摩耗をふせぎ、さらに粘着力を維持するということにつなげている。片道で50〜80リットルの水が使われるそうだ。ほかにも特製の連結器、大容量の抵抗器など、箱根登山電車では特異な造りゆえに、いくつかの工夫が取り入れられている。
【箱根登山電車の秘密④】3か所のスイッチバックで勾配を緩める
箱根登山電車に乗っていた時に、隣り合わせた乗客がふと話していた。
「なぜ、何度も行ったり来たりするのかしらね」……。
わからないまま、帰られてとても残念だ、と思った筆者は意を決し、その理由を話した。聞いた人にはいたく感謝していただいたのだが、意外にもなぜ、行ったり来たりするのか知らない人が多いようだ。
この原稿をご覧になられている方は、大半がご存知かと思う。念のため箱根登山電車のスイッチバックに関して紹介しておこう。
計画段階ではラックレール式の路線を造る予定もあった。その傾斜は最大で125‰にもなる可能性があった。ラックレール式の路線計画は破棄された。そのため、粘着式でも急勾配が上れるように、少しでも傾斜を緩める必要があった。そのために数か所でスイッチバックする路線が取り入れられた。
現在、スイッチバックする箇所は3か所。箱根湯本駅側からは、塔ノ沢駅〜大平台駅間にある出山信号場。駅そのものがスイッチバック構造となっている大平台駅。さらに大平台駅〜宮ノ下駅間にある上大平台信号場の3カ所のスイッチバックを行いながら電車は上っていく。
このうち、出山と上大平台の各信号場では、旅客は乗り降りできず、運転士と車掌が前後で入れ替わる様子を見ることができる。
箱根登山電車の特徴でもある3か所のスイッチバック。SLが走る時代には日本国内に数多く設けられていたスイッチバック区間。走る列車が電車やディーゼルカーと、坂に強い構造を持つ車両が導入されるにつれて、ほとんど廃止されつつある。今日となっては、スイッチバックの珍しさ、希少さをぜひ楽しみたいところでもある。