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2021/12/17 6:00

鉄道ゆく年くる年…新車、廃車、廃線ほか2021年(上半期)の出来事をふり返る

【2021年の話題③】今年も鉄路を彩った車両たちが消えていった

長年、走り続け、見慣れ、乗り慣れた車両には愛着がある。とはいえ、走り続ければ老朽化が進む。平均して30年前後で消えていく車両が多い。国鉄がJRとなってすでに30年以上となることもあり、JR発足後、間もなく生まれた車両たちが次々と消えていくようになった。今年は特に引退していく車両が目立ったように思う。そんな引退車両のうち、上半期に消えた車両を見ていこう。

 

◆JR東日本215系

↑湘南ライナーの運用が終わり、車両基地に戻る215系。稼働率の低さからニートになぞらえ「ニートレイン」と呼ばれたことも

 

まずは215系から。215系は好評だった快速「湘南ライナー」の輸送量増強のために1992(平成4)年から翌年にかけて10両×4編成(計40両)が導入された。当時、東海道本線を走っていた211系の2階建グリーン車、2階建て試作車の415系クハ415-1901号車を元に開発された。

 

全車が2階建て構造という珍しい通勤型電車でもあった。当初は「湘南ライナー」以外に、日中に走る快速「アクティー」などに利用されたが、乗り降りに時間がかかるなどの問題もあり、後継車両の導入を機会に、東海道本線では「湘南ライナー」などの朝夕のみの運用となっていく。週末には快速「ホリデー快速ビューやまなし」などの臨時列車に使われたものの、決して稼働率が高い車両とは言えなかった。

 

さらに、有料の定員制列車に使われる電車なのに、グリーン車がのぞき対面式の座席だったことや、構造上、バリアフリー化できなかったり、客席の造りなどが今の時代に合わなくなっていた。他の路線や列車へ転用することもなく、この春に静かに消えていった。生まれて30年弱とはいえ、走ってきた距離は短い。ちょっと残念な車両だったように思う。

 

◆名古屋鉄道1700系

↑1700系は名鉄の車両らしく白地に赤のデザインがおしゃれだった。先頭にパンタグラフがあり目立っていた

 

名古屋鉄道(以下「名鉄」と略)の特急は他の鉄道会社ではあまり見ない運行方法をとっている。

 

2000系「ミュースカイ」のみ全車有料の特急だが、ほかの特急は豊橋駅側に連結される2両のみが有料の「特別車」で、他の車両は「一般車」となる。1700系はその「特別車」の一系統だが、2021(令和3)年2月10日に運用が終了した。運用開始は2008(平成20)年暮れと、新しかったのにもかかわらず、早めの引退となった。その経緯を見ると、この車両の風変わりな生まれに行き着く。

 

1700系はもともと1600系として1999(平成11)年に登場した。3両すべてが「特別車」という編成で、他の「一般車」と連結して運転された。その後に特急の運用形態が変わり、1600系の使い道がなくなってしまった。そのため、3両のうち1両(制動車)は廃車に、動力車と中間車のみ2両が改造されて、新製した2300系4両と連結して走り始めた。

 

特急6両のうち1700系2両の「特別車」は1999(平成11)年生まれ、2300系「一般車」は2008(平成20)年生まれという、2つの経歴を持った編成が生まれたのだった。

 

ここ数年で新塗装に変更され、リフレッシュした姿が見られたが、同系列のみでの運行した方が効率的といった理由もあったのだろう。1700系のみが引退となった。ちなみに1700系と組んでいた2300系には新たに2300系の新車が用意され〝新編成〟となって走り始めている。

 

◆JR西日本413系・415系800番台

↑七尾線を走る北陸地域色と呼ばれる塗装の413系。413系は多くが、あいの風とやま鉄道へ譲渡されている

 

国鉄時代に生まれた〝国鉄形車両〟が毎年のように消えていく。今年も数形式がJRの路線から姿を消した。七尾線を走ってきた413系、そして415系800番台も消えた形式である。

 

どのような車両だったのか触れておこう。

 

413系は急行形交直流電車451系などが種車となっている。急行列車が消えていくのに伴い、北陸地方で必要とされた近郊路線用の電車として改造されたのが413系だった。3両編成および2両編成の計31両が1986(昭和61)年から1995(平成7)年の間に生まれている。

 

北陸地方で長年にわたり使われたが、北陸新幹線の誕生により、北陸本線があいの風とやま鉄道とIRいしかわ鉄道に移行した時に、多くがあいの風とやま鉄道に譲渡、残りは七尾線を走り続けていた。

 

この春のダイヤ改正で、七尾線の普通列車がすべて新型521系100番台へ置き換えが完了、JRの路線からは413系が消えていくことになった。ちなみに、引退となった413系(クハ455を1両含む)の1編成はJR西日本金沢総合車両所で整備され、えちごトキめき鉄道に譲渡されている。

↑413系とともに七尾線を走っていた415系800番台。2扉の413系に対して415系800番台は3扉だった

 

413系とともにJRから消滅したのが415系800番台だ。この車両の生まれは今もJR九州を走る415系と異なる。JR九州の415系は、もともとこの形式として生まれた。ところが、北陸地区を走っている415系は改造車両として生まれた。種車は近郊用直流電車の113系で、この電車を七尾線用に1990(平成2)年〜1991(平成3)年に改造して誕生したのが415系800番台だった。

 

1991(平成3)年、七尾線は電化された。路線まわりの構造物の問題から交流電化には不向きとされ直流方式で電化された。七尾線の電車は路線の起点となる津幡駅止まりの電車は無い。すべての列車が金沢駅まで走っている。旧北陸本線の津幡駅〜金沢駅間は交流電化区間のために、七尾線の電車の運行には交直流電車が必要となった。

 

一部の列車には413系が使われたが、車両数が少ないことから113系を改造することに。この改造で同形式が生まれたのである。415系800番台は、33両が改造されたものの、七尾線の新型車両導入で、全車が運用を離脱した。

 

◆JR九州キハ66系

↑キハ66系には写真のような国鉄時代の塗装色の車両も走っていた。国鉄らしい姿の気動車で塗装が良く似合っていた

 

国鉄形の車両で消えていった車両のもう1形式が急行形気動車キハ66系だ。国鉄時代にはキハ58系という急行形気動車が、大量に生産された。このキハ58系を進化させ、1974(昭和49)年から九州の筑豊地区に投入されたのがキハ66系だった。走行性能、また客室の居住性も高められている。当時としては画期的な車両で鉄道友の会からローレル賞を受賞された。

 

とはいうものの、全国の路線からちょうど急行列車が消えつつあった時代ということもあり、優秀な車両だったが15編成30両のみしか製造されなかった。九州では筑豊本線を走った後に、全車が長崎に移動し、大村線の主力車両として長崎駅〜佐世保駅間の輸送に携わった。

 

走り始めてから47年。優秀だった車両も、さすがに老朽化が目立つようになり、大村線にYC1系ハイブリッド式気動車が導入されるにしたがい、徐々に車両数が減っていた。今年の6月30日がラストランとなり引退となった。

 

◆JR貨物DD51形式ディーゼル機関車

↑タンク車を牽くJR貨物DD51。四日市市内に非電化区間の貨物線があることから長い間、同形式が使われ続けていた

 

最後はJR貨物のDD51形式ディーゼル機関車である。DD51といえば、全国の非電化区間の無煙化に大きく貢献した車両で、計649両が製造され、貨物列車や、客車列車の牽引に活躍した。

 

JR移行に伴い多くの車両がJR旅客各社とJR貨物に引き継がれた。JR貨物のDD51は北海道と、中京地区を走り続けてきたが、DF200形式ディーゼル機関車の導入に伴い、まず北海道を走っていた車両が消滅、中京地区の輸送にのみ残されていた。

 

2両つらねた重連運転など力強い走行シーンが見られたが、同地区にもDF200の導入が進み、3月12日のダイヤ改正前の最終日に運行が終了している。

 

残るDD51は旅客各社のみとなり、JR東日本に2両、JR西日本に8両が在籍している(2021年3月現在)。すでに定期運用はなく、事業用列車、もしくは臨時の団体列車などに使われるのみで、なかなか見ることができない貴重な車両となってしまった。

 

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