スポーツの力を活用して社会課題の解決を目指す~ミズノ株式会社
「なんてつまらなそうに体育をしているのだろう」。総合スポーツメーカーであるミズノの一社員が6年前に抱いたこの違和感が、ベトナム社会主義共和国の教育訓練省とともに同社が進めている「対ベトナム社会主義共和国『初等義務教育・ミズノヘキサスロン運動プログラム導入普及促進事業』」のきっかけでした。
ベトナムでは子どもの肥満率が40%以上
同事業は、ミズノが開発した子ども向け運動遊びプログラム「ミズノヘキサスロン」を、ベトナムの初等義務教育に採用・導入する取り組みです。ミズノヘキサスロンとは、ミズノ独自に開発した安全性に配慮した用具を使用し、運動発達に必要な36の基本動作を楽しみながら身につけることのできる“運動遊びプログラム”のこと。スポーツを経験したことがなく、運動が苦手な子どもでも、楽しく遊び感覚で走る、跳ぶ、投げるなどの運動発達に必要な基本動作を身につけられます。日本国内向けに2012年1月から開始、これまで多くの小学校や幼稚園、スポーツ教室、スポーツイベントなどで導入され、運動量や運動強度の改善といった効果も示されています。
そもそもベトナムでは、子どもの肥満率が社会課題となっていました。同社の法務部 法務・CSR課 課長補佐 SDGs推進担当の柴田智香さんによると、「ベトナムの義務教育は小学校が6歳から始まり5年間、中学校が4年間。授業は1コマ30分と短く、国語や算数に力が入れられていて、体育はあまり重きを置かれていない状態です。また体育といっても、日本のように球技や陸上があるわけではありません。校庭も狭く、体操レベルの授業しか行われていないそうです。子ども時代に運動をする習慣が少ないためか、生涯で運動する時間が先進国の10分の1ほど。WHOによると、ベトナムの子どもの肥満率は40%を超え、同国教育訓練省も社会課題として認識していました」ということです。
ベトナム教育訓練省公認のもと約200校で活用
ベトナムの抱える課題を目の当たりにした担当者は、「ミズノヘキサスロンというプログラムなら、ビジネスとして成立し、校庭が狭くても効果を発揮できるのではないだろうか」と思いつき、2015年にベトナムに提案を開始しました。しかし話は簡単には進みませんでした。
「ベトナムの学習指導要領に関係するので、一企業のセールスマンが政府にプレゼンをしても相手にされません。ちょうどタイミングよく、文部科学省が日本型教育を海外に輸出するための『日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)』というプログラムを行っていたのですが、弊社もそのスキームに応募し、2016年に採択されたのです。日本政府のお墨付きをいただいての交渉とはいえ、ビジネスの進め方も慣習も異なるため、一進一退の攻防が繰り広げられたようです。そこでまず、約2年間かけて子どもたちの身体機能の変化に関するデータを収集しました。その結果、運動量は4倍、運動強度は1.2倍だったことを同国教育行政に報告しました。その後、在ベトナム・日本大使館やジェトロ(日本貿易振興機構)様などの協力を得ながら、2018年9月に、『ベトナム初等義務教育への導入と定着』に関する協力覚書締結に向けた式典が行われ(場所:ハノイ 教育訓練省)、翌10月に覚書締結に(場所:日本 首相官邸)まで至ったのです」(柴田さん)
ミズノヘキサスロン導入普及促進活動は、ベトナム全63省を対象に行われました。農村部など経済的に厳しい家庭の子どもたちなども分け隔てなく実施しています。また、小学校の教師を対象とした、指導員養成のためのワークショップには、現在までに約1700人の教師が参加。ワークショップに参加した教師が自身の担当する小学校で指導に当
「ミズノヘキサスロン」で子どもたちに笑顔を
「本事業は、“誰ひとり取り残さない”というSDGsの理念に立っており、ベトナムの小学生全720万人全員が対象です。現在、ベトナムの学習指導要領附則ガイドラインにミズノヘキサスロンを採用いただき、教育訓練省公認のもと、モデル校に導入されていますが、学習指導要領の本格的な運用には時間がかかっています。しかしながら、ベトナムの関係各所からは『狭い場所でやるのにも適している』『安全に配慮しているし、いいプログラムだ』と評価いただいていますし、何よりも、子どもたち自身が楽しそうに体育の授業を受けていることが写真から伝わってきます。
子どもの時に運動をする習慣ができると、大人になってからも運動を続けると思います。ミズノヘキサスロンによって運動の楽しさを知り、習慣づけられることで、将来的にも健康を保てるのではないかという期待が持てます。また、弊社の用具を使ってもらうことで、今後、ミズノという会社に興味をもっていただけたり、子どもたちがプロサッカーやオリンピックの選手になるなど、そんな未来につなげられたら素敵ですね」(柴田さん)
今後の展開について、「現時点ではベトナムに注力しているという状態ですが、例えば、ミャンマーやカンボジアなど、他のアジア諸国でもビジネスチャンスはあると思います。ですが、まずはベトナムで事業として成功しないことには、他の国にアプローチするのはやや難しいと感じています。逆にベトナムでモデルケースができれば、他の国にも売り込みやすくなるのではないでしょうか」と柴田さん。ベトナム初等義務教育への本格的な導入が待たれるところです。
様々な課題への重点的な取り組み
来年で創業115年の節目を迎える同社。今回の対ベトナム事業もそうですが、さまざまな取り組みのベースとなっているのが、「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する」という経営理念です。その理念のもと、社会、経済、環境への影響について把握し、効果的な活動につなげるため、自社に関するサステナビリティ課題の整理をし、重要課題の特定を2015年度に行いました。
「CSR・サステナビリティ上の重要課題として“スポーツの振興”“CSR調達”“環境”“公正な事業慣行”“製品責任”“雇用・人材活用”という6つの柱を掲げています。そのなかでも“環境”については1991年から地球環境保全活動『Crew21プロジェクト』に取り組み、資源の有効活用や環境負荷低減に向けた活動を行っています。また、CSR調達に関しては、他社様から参考にしたいというお話をよくいただいております。
商品が安全・安心で高品質であることはもちろんですが、“良いモノづくり”を実現するために生産工程において、人権、労働、環境面などが国際的な基準からみて適切であることが重要と考え、CSR調達に取り組んでいます。そのため本社だけでなく、海外支店や子会社、ライセンス契約をしている販売代理店の調達先までを対象範囲とし、取引開始前は、『ミズノCSR調達規程』に基づき、人権、労働慣行、環境面から評価。取引後は3年に1度、現場を訪問し、調査項目と照らし合わせながらCSR監査を実施しています」(柴田さん)
また、総合スポーツメーカーらしい取り組みも多くあります。その1つが、「ミズノビクトリークリニック」です。これは、同社と契約をしている現役のトップアスリートや、かつて活躍をしたOB・OG選手による実技指導や講演会。全国各地で開催し、スポーツの楽しさを伝えると共に、地域スポーツの振興に貢献しています。
「2007年からスタートしたのですが、昨年度は全国で89回開催しました。“誰ひとり取り残さない”という部分では、気軽にスポーツをする場、楽しさを伝える場所に。選手の方たちにとっては、これまでの経験で得た技術や精神を子どもたちに伝える場になっています。技術や経験は選手にとっていわば財産。それを伝えることに使命感を持っている方も多く、有意義な活動となっています」(柴田さん)
スポーツによる社会イノベーションの創出
また、SDGsの理解と促進を深めるために、社員向けの啓蒙活動も実施。2019年度には3回勉強会が実施され、子会社を含め、のべ約7700人が受講したそうです。
「社員一人ひとりが取り組んでいくことは、企業価値の創造でもあると思います。SDGsを起点に物を考え、長期的、継続的かつ計画的に様々な課題に取り組んでいく。これからも引き続き、持続可能な社会の実現に貢献し、地球や子孫のことを思い、ミズノの強みを持って、新しいビジネスにも挑戦していきます。それにより企業価値やブランド価値の向上を目指していきたいと思います。CSRは責任や義務というイメージがありますが、SDGsは未来に向けて行動を変えるというか、アクションを起こすということ。2030年の未来に向けて、今まで弊社が行ってきたことにプラスして、全社員が一丸となって取り組んでいきます」(柴田さん)
さらに2022年度中に、スポーツの価値を活用した製品やサービスを開発するための新研究開発拠点が、大阪本社の敷地内に完成予定です。
「スポーツ分野で培ってきた開発力と高い品質のモノづくりを実現する技術力。そんなミズノの強みを生かし、SDGsに貢献できるような新しい製品であったり、人であったり、どんどんつくっていけたらと思います。競技シーンだけでなく、日常生活における身体活動にも注力し、スポーツの力で社会課題を解決する社会イノベーション創出を目指します。新しい開発の拠点となる施設。SDGsの取り組みとともに、弊社にとって新しい幹になると考えています」(柴田さん)
創業者である水野利八さんは、「利益の利より道理の理」という言葉を残しました。スポーツの振興に力を尽くし、その結果としてスポーツの市場が育ち、それがめぐり巡って、事業収益につながるという考え方です。その想いは、創業から今に至るまで変わらず、ミズノグループの全社員に受け継がれているそうです。スポーツの持つ力を活かして世界全体の持続可能な社会の実現にさらに貢献していくに違いありません。