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2021/7/5 10:00

創業者・安藤百福氏の精神にも繋がる日清食品グループ「培養ステーキ肉」の開発

いつの日か“研究室産”ステーキを食卓へ――持続可能な食肉の生産を目指す研究とは~日清食品ホールディングス株式会社

 

「カップヌードル」や「チキンラーメン」などの即席麺で我々にも馴染み深い日清食品。最近ではプラスチック原料の使用量削減のため、「カップヌードル」のフタ止めシール廃止のニュースが話題になりました。このように同社グループは環境問題を始めとする社会課題に創業当時から向き合い続けていると言います。

 

食を通じて社会や地球に貢献を

日清食品グループがビジョンとして掲げているのが『EARTH FOOD CREATOR』。これはどういう意味なのか、サステナビリティ推進室の花本和弦室長はこう説明します。

 

「人類を“食”の楽しみや喜びで満たすことを通じて、社会や地球に貢献していくというものです。食品メーカーとして、安全でおいしい食を提供するのは大前提ですが、それに加えて、環境や社会課題を解決する製品を開発していくことが使命だと考えています」

↑サステナビリティ推進室 室長 花本和弦(はなもと・かなで)さん

 

また日清食品グループのミッションとして、創業者である安藤百福氏が掲げた「食足世平(しょくそくせへい)」「食創為世(しょくそういせい)」「美健賢食(びけんけんしょく)」「食為聖職(しょくいせいしょく)」という4つの創業者精神があります。

 

「食が足りてこそ世の中が平和になるという意味の“食足世平”と、世の中の為に食を作るという意味の“食創為世”は、現在のSDGsにも重なる思いであると思います。今でも創業者精神は、我々の中に脈々と受け継がれており、これらをベースに事業を展開しています」

 

例えば、創業50周年にあたる2008年からスタートした「百福士プロジェクト」も、社会貢献活動への取り組みに熱心だった創業者の志を受け継いだ活動の一つ。未来のためにできる100のことをテーマに沿って実行しています。そして今、日清食品グループが特に重要視しているのが環境課題だそうです。

 

環境戦略『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』を推進

「いろいろな社会課題があるなかで、環境問題は非常にシリアスな課題として顕在化してきました。持続的成長を目指す企業の責任として、これ以上、環境問題を見逃すわけにはいかないという強い使命感から、『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』という環境に対する長期戦略を打ち立てたのです。

↑高いレベルの環境対策を推進する「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」

 

この戦略には“資源の有効活用”と“気候変動対策”という2つの柱があります。資源に関しては『持続可能な調達』『水資源の節約』『廃棄物の削減』、そして気候変動問題ではCO2削減を目指し、それぞれ目標値を設定して具体的な取り組みを行っています。

 

気候変動問題に対する具体的な取り組みとして、例えば「カップヌードル」の容器を2019年から“バイオマスECOカップ”に順次切り替えています。環境配慮型容器としてバイオマス度を81%に引き上げ、石化由来プラスチック使用量をほぼ半減、焼却時に排出されるCO2量を約16%削減しています」

↑バイオマスECOカップ。2021年度中に切り替えが完了する予定だ

 

グループを挙げて取り組むためには、社員一人ひとりが気候変動問題を“自分ごと”として関心を持ち、自主的にアクションを起こしてもらう必要もあります。その一環として、社員が自宅で使用する電気を、再生可能エネルギー由来の電気に切り替えることを応援する活動も昨年からスタートしたそうです。

 

サステナブルな食材「培養肉」が持つ可能性

CO2を減らすための施策は今後も次々と出てくるということですが、新たなチャレンジとして2017年から進められているのが“培養肉”の研究です。

 

「培養肉とは、動物細胞を培養して食肉を再現したものを指します。具体的には牛や豚などの動物から取り出した細胞を増やして作られたお肉のことです」とは、日々、培養肉の研究に取り組む日清食品ホールディングス・グローバルイノベーション研究センターの古橋麻衣さん。培養肉による肉厚なステーキ肉の実現という、前人未到の挑戦をしています。

↑グローバルイノベーション研究センター 健康科学研究部 古橋麻衣さん

 

「培養肉は、動物の細胞を体外で組織培養することによって得られるため、家畜を肥育するのと比べて地球環境への負荷が少なく、広い土地が不要、さらに厳密な衛生管理が可能です。さまざまな利点があることから、食肉産業における新たな選択肢を示すものとして期待されています。

 

しかし、一般的な培養肉研究は、ほぼ全てミンチ肉です。培養ミンチ肉では、ハンバーグはできても、ステーキ、焼肉、すき焼きといった人気の高いメニューを実現できません。培養ミンチ肉は、筋肉の細胞を増やし、固めているだけですが、我々が研究している培養ステーキ肉では、筋繊維を形成し一方向に整列させ、筋のそろった本物のステーキ肉と同等の肉質を目指しています。

↑ウシ筋細胞を増やす最初の工程

 

培養ステーキ肉の製造工程では、筋芽細胞とゲルを混ぜたもの(筋芽細胞モジュール)を、断面が市松状になるように重ねて、培養液が全体に浸透する構造を作ります。この両側を固定しながら培養することで、筋芽細胞から筋繊維に成長し、筋肉として成熟した組織となります。モジュールを42枚積層し7日間培養した結果、約1cm弱の筋肉組織を作ることに成功しました。また、電気刺激を加えることで収縮機能を持つ筋肉を作製する技術が確立できています」

 

環境や飢餓問題の解決のために

そもそもこの研究がスタートしたきっかけは何だったのでしょうか。

 

「世界的な人口の増大により、近い将来、食肉の供給が追い付かなくなることが予想されています。食品の原料となる肉が手に入らなくなるのは食品会社としては見過ごせません。また、既存の肉の生産には多くの餌や水を使用し、持続可能な社会の実現にはフィットしません。培養肉は地球温暖化の解決、動物愛護、食中毒リスクの減少といったさまざまなメリットもあります。そういった背景から培養肉の研究に着手しました。

↑食料危機の解決だけでなく環境負荷の低減にも貢献

 

そして弊社には、“食創為世”という創業者精神があります。世界初のインスタントラーメンである『チキンラーメン』、世界初のカップ麺である『カップヌードル』のように、新たな食を創造して、世の中のために役に立つことを目指しています。そのような企業風土もあって、培養ステーキ肉という新しい技術へのチャレンジを開始しました」

 

ちなみに古橋さんたちが研究している、本物のステーキ肉と同等の“培養ステーキ肉”は、飛躍的な技術の発展が必要とされ、世界でまだ誰も実現していません。そのため東京大学との共同研究を行っており、研究チームには細胞培養の権威をはじめとする、さまざまな分野の大学教授が参加しています。

 

「培養肉を作るためには筋肉の細胞(筋細胞)を培養で増やし、組織をつくる必要があります。マウスやヒトの筋細胞培養は広く行われているため、その方法を参考にウシ細胞の培養を行いましたが、はじめはうまく培養することができませんでした。その後、ウシの筋細胞を安定的に培養できるようになりましたが、ウシ細胞を増やして集めただけでは、私たちの目指す、噛み応えのある培養ステーキ肉を作ることはできませんでした。さらに研究を重ねて課題解決の糸口を見つけましたが、その他にも味や栄養分、サイズについて、そして実用化に向けては培養肉の表示、安全性評価の基準や方法を整備していく必要があります」

↑2019年に世界で初めてサイコロステーキ状(1.0cm×0.8cm×0.7cm)の筋組織を作ることに成功

 

話を聞いているだけで、この研究の難しさや古橋さんの苦悩が伝わってきます。しかし本人は「日々の研究はとても地道な作業ですが、新しい発見が得られるときに面白さややりがいを感じます」とすごく前向きです。

 

不足する肉の補完的な役割・肉の多様化を目指す

古橋さんたちの研究が進めば、近い将来、当たり前のように培養ステーキ肉が食卓に並んでいるかもしれません。

 

「今後は、より大きく、本物の肉に近い性質かつ安価な肉の実現に向けて研究を進め、将来的には、大型化(厚さ2cm×幅7cm×奥行7cm)を目指しています。また、消費者のニーズが多様化するなかで、新たな肉の選択肢の一つになれればとも。畜産物を完全に置き換えることではなく、『これまでの畜産肉』『植物代替肉』『培養肉』など、嗜好や時々のニーズに合わせ、消費者が選べるようになってほしいと考えています。そして現在は牛肉の培養ステーキ肉の研究を行っていますが、ゆくゆくはマグロやウナギ等の希少な生物の肉にも応用できればと思っています」

 

また、実用化された場合、地球環境に与える負荷の削減も期待できます。

 

「環境負荷低減に関する具体的な数値ついては現在検討中のため回答できませんが、負荷が少ない工程を検討していきたいと考えています。培養肉の環境負荷レベルについては、通常の畜産より、エネルギー消費を7~45%削減、CO2消費を78~96%削減、土地の消費を99%削減、水消費を82-96%削減できるという試算があります」

[出典:Environmental Impacts of Cultured Meat Production. Tuomist et al. Environmental sci. and tech. (2014)]」

 

食料不足や環境課題解決のための糸口になる培養ステーキ肉。そして環境問題以外にも、教育や健康、災害、貧困など社会課題は数多くあります。創業者精神が脈々と受け継がれている日清食品グループの挑戦は、私たちに驚きをもたらしながら今後も続いていくでしょう。