人口世界一となったインド。アジアの中心国のひとつとして、ビジネスにおいても大きく注目されています。インドにはすでに多くの日本企業が進出していますが、そのなかでもパナソニックは現地企業を買収し、大規模工場を新設、インド国内の配線器具シェアで1位を獲得しています。
経済発展により多くの建物が新設されていることから、インドでは配線器具の需要が急増中。パナソニックはその需要に応えるべく、日本から持ち込んだ技術を活かして、高品質と大量生産の両立を実現しています。ビジネスの枠にとどまらない、同社の配線器具がインドで普及することの意義を、同地を訪れ探りました。
シェア1位の原動力。従業員4800人の巨大工場
今回筆者が訪ねたパナソニックの現地工場は、ハリドワール工場とスリシティ工場。この2つの工場は、ブレーカーやスイッチ、コンセントの差し込み口といった配線器具を製造しているという点で共通していますが、異なった性格を持っています。
ハリドワール工場は多くの人の力と機械による自動化が融合した量産力が特徴。一方のスリシティ工場は、工場のほとんどの機能を自動化したハイテク工場です。
筆者がまず訪れたのがハリドワール工場。ハリドワールは、首都・ニューデリーの北東、200kmほど離れた場所に位置しています。ガンジス川の上流沿いにあたる同所は、ヒンドゥー教の4大聖地のひとつです。筆者が訪ねたときは宗教行事の真っ最中で、多くの巡礼者を目にしました。
宗教の聖地であるハリドワールは、工業都市としての顔も持っています。その規模感は大きく、現地の工業団地に拠点を置く企業の数は、なんと650社以上です。パナソニックのハリドワール工場も、その工業団地のなかにあります。
ここはもともと、インドの現地企業であるANCHOR社の工場でした。2007年、パナソニックがインド進出を加速させるべく同社を買収したことで、この工場はパナソニックのものとなったのです。ANCHOR社は、買収時点でインド国内トップシェアを誇る配線器具メーカーでしたが、パナソニックになって以降もシェアを拡大し続けています。そんな同社の最大の生産拠点が、ハリドワール工場です。
この工場では、月産3500万個の配線器具を製造しています。パナソニックによるインド国内全体での配線器具生産数は月産5000万個なので、ハリドワール工場はその3分の2以上を生産していることになります。
ちなみに、2007年の買収時、ハリドワール工場の生産力はいまの3分の1だったそう。生産力が大きく向上したのは、パナソニックが持つ効率化のノウハウを現地に持ち込んだからです。
ハリドワール工場の従業員数は、約4800人。日本国内の同社の配線器具主力工場である津工場でも、従業員は約1800人なので、ハリドワール工場の人の多さが窺い知れます。ハリドワール工場ではパナソニックによる買収以降、生産能力を高める過程で自動化に至った工程もありますが、現在でも多くの製品が人の手で作られています。
この工場は、部品の成形を担うUnit1と、部品を組み立てて製品を仕上げるUnit2に分かれています。特にUnit2では多くの人が従事しており、組み立ての工程に従事している従業員は2900人。うち女性が2000人を占めています。子育て中の女性も働けるように、工場内には託児所も整備されています。
ハリドワール工場で繰り広げられる人海戦術を可能にしているのが、現地の人件費の安さです。パナソニックの担当者によると、インドの人件費は年に8%くらいの割合で上昇しているとはいえ日本に比べれば安く、自動化のための大きな設備改修を急ぐメリットが薄いのだといいます。
パナソニックにとって、ハリドワール工場という存在は、“現在の”インドでの展開を牽引する最大の原動力です。ANCHOR社の大型工場に、日本で培ってきた高品質の製品を効率よく生産するノウハウを取り入れることで、生産力を2007年の買収時の3倍に拡大。急成長を遂げる国において、パナソニックがシェアを伸ばし続けられているのは、この工場があってこそといえます。
未来を担う新工場は、たった300人で月1000万個の配線器具を生産
インド市場の現在を支えているのがハリドワール工場なら、未来を担うのがスリシティ工場です。スリシティは、インド南東部の港湾都市・チェンナイから、50kmほど離れたところにある工業団地。2008年に設立されたこの工業団地には205社が進出しており、日系企業も約20社が拠点を置いています。
パナソニックがスリシティに工場を開設したのは2022年4月。この工場では自動化が徹底されており、わずか300人のスタッフで、月産1000万個の配線器具を製造しています。
ハリドワール工場と数字を比較してみましょう。ハリドワールは4800人で月産3500万個。単純計算で1人あたりの月産個数は約7300個です。一方のスリシティは300人で1000万個、1人あたり月産3.3万個になります。
この数字だけで、2つの工場が明らかに違う性格を持っていることがわかります。同工場の担当者によると、ある工程では1台の機械を導入するだけで、人員100人と同程度の生産能力を賄えるといいますから、機械の力は偉大です。
自動化には欠点もあります。設備をフル稼働させないと、生産コストが高くなってしまうという問題です。そのためスリシティ工場では、需要の多い、ミドルエンド向けの製品を専門に生産。ハリドワール工場で生産していた製品のうち、自動化の需要が高かったものも、スリシティ工場にシフトしています。
スリシティ工場の特筆すべき点として、広大な空きスペースがあります。工場の敷地・13万3584㎡のうち、建物が立っているのはわずか3分の1。さらにその建物のスペースも、わずか3分の1しか使っていません。つまり、敷地全体の9分の1しか稼働していないことになります。
この広大な空きスペースは、スリシティ工場の拡張の余地が非常に大きいことを意味しています。パナソニックによると、現存する建屋内の設備拡張により、現在月産約1000万個の生産力を2025年には1700万個、2030年には2500万個に増やすとのこと。また2030年以降には、空き地となっているエリアに新棟を建設する計画です。
スリシティ工場の拡張計画は、インドの成長を見込んでのこと。しかしそれだけが理由ではありません。パナソニックは、インドを拠点に、中東やアフリカなどへの進出も窺っているのです。
特にアフリカには、印僑と呼ばれるインド系移民が多く住んでいます。海によって隔てられてはいますが距離的には遠くなく、インドはアフリカ展開へ向けた拠点として優れた場所なのです。スリシティ工場は、インド国外にまで広がる展開を見据えた、同社の未来を担う新工場といえます。
シェア拡大を通して、「安心・安全」な電気設備を届ける
パナソニックは、海外電材事業の目指す姿として、「配線器具を基盤に、サステナブルで安心・安全なくらしの設備インフラを提供し、レジリエンスに強い環境負荷ゼロ社会に貢献する存在となる」という目標を掲げています。インドにおける同社のシェア拡大は、その先にある安心・安全を普及させる試みとも言い換えられます。
今回インドに初めて訪れた筆者も、タコ足状態になった電線を街のあちらこちで見て、電気設備の安心・安全は同国において普及されていくべきと感じました。同国でパナソニックの製品がシェアを拡大することには、ビジネスの面にとどまらない意義があるのです。