ご存じの通り、現在の日本ではネット通販の普及で宅配便の取扱個数が急増し、同時に再配達もこの20年間で3倍以上に増加。その負担はドライバーに降りかかり、食事休憩の時間すら取れず、夜間まで長時間労働を余儀なくされる、結果的に退職者が続出し、残された者の負担が増える……といった宅配業界のブラック化が進んでいます。
宅配業界のブラック化で宅配ボックスに注目が集まる
16年の12月には、ストレスをためた配達スタッフが台車を放り投げ、荷物を地面に叩きつける……そんな衝撃的な動画もアップされ、話題になりました。もちろん、あってはならないことですが、配達スタッフの労働環境を思うとその気持ちもわからなくはない……多くの人が、複雑な思いでこのニュースを受け止めたことでしょう。さて、そんな現状を改善するため、注目を浴びているのが、「宅配ボックス」。その名の通り、届け先が留守の際に宅配物を入れておけるボックスです。
パナソニック エコソリューションズ社で宅配ボックスの開発を担当する田中 宏さんによると、「市場の盛り上がりを非常に強く感じています」とのこと。
「今年の冬から春にかけて、テレビや雑誌で『クライシスだ』と物流の問題が取り上げられ、社会問題化してからオーダーの規模が一気に変わりました。特に、戸建て用の宅配ボックスは劇的に変わりましたね。2~3年前からしたら、約10倍です」(田中さん)
このようにニーズが高まっている宅配ボックスを学生のまち・京都に実際に設置して、その効果を確かめようというのが産・官・学が連携する「京(みやこ)の再配達を減らそうプロジェクト」です。前編ではアパート向けの実証実験をレポートしましたが、今回は大学に設置した公共用宅配ボックスの実証実験について見ていきましょう。
京都産業大学の図書館に公共用宅配ボックスを設置
実験の舞台となったのは京都市北区に位置する京都産業大学。1965年、熊本県出身の天文・物理学者の荒木俊馬により創設された私立の一拠点総合大学です。本校は、私立大学では国内最大となる口径1.3mの「荒木望遠鏡」を所有し、人体に危険な病原体を取り扱えるバイオセーフティーレベル3(レベル4が最高)の研究施設を持つなど、充実した施設を備えています。
そんな京都産業大学の中央図書館付近に設置されたのが、パナソニック製の公共用宅配ボックス。こちらは17年11月から翌年1月末まで置かれる予定で、その利用動向が調査の対象となります。
配達スタッフ、学生モニターは宅配ボックスの設置を歓迎
こちらの公共用宅配ボックスには、Sサイズ×9、Mサイズ×7、Lサイズ×3の、合計19個のボックスが内蔵されており、同大学の職員、学生の約50名が利用可能。使い方としては、ユーザーが直接このボックスを送り先に指定するか、再配達の荷物の送り先をここに指定する方法があります。これなら、大きめのボックスもあるので、前編で紹介したアパート用の宅配ボックスの「大きな荷物が入らない」という不安は少なくなりますね。操作も、タッチパネルの指示に沿っていくだけなので、カンタンです。
インタビューに応じた日本郵政の配達スタッフは、「学生マンションに住む方で朝から夕方に居る人は少なく、19時以降に行かないと戻ってこられない方が多い。このボックスの設置で、夜間の再配達も減ると思いますので、どんどん使っていただきたいです」と歓迎。操作についても、「マンションに付いている宅配ボックスでも、(これと同様の)タッチパネル式のものもあるので、配達員がとまどうことはないと思います」とのこと。
また、同大学の学生の利用予定者に話を聞くと、「荷物は大学に来ていて受け取れないことが多いので、ここなら受け取れる方は多いと思います」「サークルや部活で大きいものや大量のモノを頼むときに便利。自宅に届いたものを学校に持ってくるのは大変なので」と、そのメリットを語ってくれました。
自販機から公共用宅配ボックスへの置き換えが進む可能性も
さて、ここでみなさんに注目してほしいのが、この公共用宅配ボックスの可能性について。もしも普及が進み、多くのユーザーが利用するステーションが各地にできたとしたら、配達スタッフの再配達リスクが激減するとは思いませんか? ユーザーにしてみたら、荷物の再配達の手続きが不要、かつ荷物を待つあの落ち着かない時間も不要になるわけで、メリットは大きいはず。こうした将来性を含め、パナソニック エコソリューションズ社で宅配ボックスを担当する田中 宏さんに再び話を聞いてみました。
田中さんによると、公共用宅配ボックスの現在の納入実績は大手家電量販店など。店舗で購入した商品を客があとで取りに来る、といったコインロッカーのような使い方をされているとのこと。まだその特性を活かしきれていない印象ですが、今後、さらに普及が進むことで、使い方も広がっていくようです。
「公共用宅配ボックスは自動販売機と同じようなサイズにしているので、自販機オーナーが宅配ボックスへ置き換えやすくなっています。自販機2台を並べるより、そのうちの1台を宅配ボックスに替えたほうが、利便性や土地の収益源が上がる可能性もあるでしょう。こうして街中の至るところに宅配ボックスが設置されれば、たとえば出張の際は、事前に仕事に使うものを送っておいたり、帰省のときに荷物を送っておいたりと、便利に使うことができます。大型のスーツケースなど、より大きな荷物も収納できるよう作ることもできるので、インバウンドの方が駅から荷物をホテルに送るといった使い方も可能。ビジネス利用の面でも、いろいろな広がりが期待できます」(田中さん)
ニーズが高まったいま、冷蔵・冷凍品用のボックス開発も視野に
前編でも挙がった宅配ボックスの大きな課題、「冷蔵・冷凍品が受け取れない」という点についてはいかがでしょう? これについては、同社の宣伝・広報部の奥瀬史郎さんが解説してくれました。
「冷凍・冷蔵機能を持つ宅配ボックスの開発は、以前から技術的には可能でした。パナソニックは冷蔵庫も作っていますし、過去には電気式の宅配ボックスもあったわけですから、開発しようと思えばできました。ただ、いままでは認知度がなかったので、『作っても誰が使うんだ』という問題がありました。しかし、認知度が上がり始めたいま、一定のニーズも期待できますし、食品会社やデリバリー会社と共用した使い方も考えられます。宅配ボックスは、まだまだいろいろな用途、設置場所が想定できます。これからどんどん広がっていきますよ」(奥瀬さん)
カメラの画像処理を利用すれば、宅配ボックスからの発送も可能
さらに、前出の田中さんによると、驚くべきことに、宅配ボックスは受け取りだけではなく、発送に利用することも可能だそうです。
「我々の技術には、荷物の大きさをカメラの画像処理で計測する技術がありますので、これを活用し、大きさ・重さを計ってレジを通さず発送できるようにしていきたいです。最近はフリマアプリなどが増えてきたこともあり、個人発の荷物が増えていて、コンビニさんの負担になっています。そういった労力を減らすためにも、発送という点に力を入れていければと考えています」(田中さん)
つまり近い将来、宅配ボックスの普及・開発が進めば、荷物の発送・受け取りから生鮮食品の買い物に至るまで、公共の宅配ボックスでできてしまうかもしれないわけです。少し具体的に想像してみましょう。たとえば、地方の海辺の町に旅行に行くとき。家の隣にある宅配ボックスから着替えを旅先の宅配ボックスに送り、ついでにネットで購入した浮き輪の送り先もそこに指定。手ぶらで旅行を楽しんだあとは、旅先の冷蔵用宅配ボックスから、地元の鮮魚を実家の両親に発送……なんてことが可能になるわけです。想像するだけで、なんだかワクワクしますね。結果、宅配物の流通量は増えるかもしれませんが、再配達が激減してオンライン管理も容易になるはず。計画的で効率の良い集配が可能になり、宅配ドライバーの負担も減るのではないでしょうか。
とはいえ、宅配ボックスの普及にはハードルがあるのも事実。「技術面というよりは、各所の協力体制が問題です。自治体や場所を貸す人、物流業者さんをはじめ、いろいろなところが手を組まないと難しい。その点が大きな課題です」と田中さんは語ります。そして、今回レポートした実証実験「京の再配達を減らそうプロジェクト」は、自治体とメーカー、大学と物流業者が手を組んで実現したもの。まさに「各所の協力体制」という課題をクリアした画期的な取り組みであり、貴重なモデルケースとなることは間違いありません。果たして、本プロジェクトがワクワクするような未来への大きなステップとなるのか、みなさんも、その結果に注目してみてください。