エンタメ
2016/10/14 22:00

ちあきなおみ「夜間飛行」が導いた新宿の夜

ギャランティーク和恵の歌謡案内「TOKYO夜ふかし気分」第1夜

みなさん初めまして。ワタクシ、歌謡曲を歌っております、ギャランティーク和恵と申します。このたび、GetNavi webで歌謡曲をテーマにしたコラムを連載させて頂くことになりました。ちょっぴり「マニア」な歌謡曲を紹介させていただきながら、ワタシのプライベートや近況などを夜ふかし気分で読んで頂けたらと思ってます。素敵な歌謡曲をたくさん紹介していきたいと思ってますので、何かのお役に立てれば幸いです。スナックとかでカラオケを歌う時なんかに是非ご利用くださいね(マニアックすぎてカラオケに入ってない場合もあるかと思いますが)。

 

【今夜の歌謡曲】

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01.「夜間飛行」ちあきなおみ
(作詞/吉田旺 作曲/中村泰士)

 

さて、この連載で使われている写真は、ワタシが経営してる新宿ゴールデン街の「夜間飛行」というバーの店内で撮影して頂いたものです。「夜間飛行」という名前はご存知の方も多いかと思いますが、私が大好きで尊敬している歌手、ちあきなおみさんのシングル曲から拝借させていただきました。このバー、昔は「桂(けい)」という名前で40年ほどの歴史を持つ老舗のバーだったんですけど、そこで昔、ちあきなおみさんがLP「もうひとりの私」のジャケット撮影をされまして、その写真に写っているカウンターや内装などが、今も変わらず残っています。

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↑新宿ゴールデン街「夜間飛行」にて撮影。カウンターのなかにはちあきなおみさんのポートレイトが飾られている

 

ワタシがその「桂」を受け継いで「夜間飛行」としてお店を引き継いだのが9年前。その頃までワタシは、ラブホテルでバイトをしながら歌手活動をしていました。本当は歌手一本で生活出来たらいいな……なんて夢見てたんですが、そのラブホテルの仕事は時間的に融通が利いて、歌手活動と兼ねるには何かと都合のいい仕事だったんです。しかも、当時住んでいた場所が、そのラブホテルから徒歩10秒という距離だったのでなおさらでした。

 

ところが、その住んでたところが廃墟のような古いビルの一室だったのですが、忘れもしない2007年の5月。そのオンボロビルの水道管が突如破裂し、そこの大家もさすがに建物の古さに見兼ねたのか、このビルを取り壊したいので出ていってくださいと通告があったのです。ワタシはその頃、何となく新宿に住みたいなぁなんて思ってたんですが、引っ越すお金もなく諦めていたところへ突如舞い込んだこの話に、ここは引っ越し資金を退去手当として貰わねばと、心を鬼にして大家さんと戦いました。結果、ふっくらとしたお札の入った封筒をいただき、夢の新宿暮らしが始まったのです。

 

そのラブホテルがあった場所は国分寺。新宿に引っ越したあとも、いろいろと都合がいいので国分寺まで30分ほどの距離を通勤しながら働き続けていました。しかし忘れもしない2007年の8月。そのラブホテルが突然潰れることになり解雇通知を受けました。従業員みんな途方にくれていましたが、ワタシは途方にくれるどころか、これから先、歌手一本で生活できるようになるまではほかの仕事はもうしたくない……どうでもいい仕事を新しく探して面接なんかしたくない……そう思ってましたから、かなり絶望的でした。しかしそうはいってられず、それよりも解雇手当をもらうために、ワタシたちは手を取り合って、ラブホテルの社長と心を鬼にして戦いました。結果、またまたふっくらとしたお札の入った封筒をいただき、そのラブホテルを後にしたのでした。

 

とりあえず2か月先までは生きていけるくらいのお金をもらったはいいもの、ワタシはほかに仕事を探す気力もなく、1か月だけは遊んで暮らそうと決め、ただひたすら趣味のサイクリングで時間を潰していました。いつものようにサイクリングで東上野あたりをプラプラと走ってたある夜、1本の電話が鳴ったのです。

 

「和恵ちゃん、ちあきなおみの『もうひとりの私』のLPって知ってる?」
「えぇ……知ってますけど」
「あのジャケットの写真のお店がゴールデン街にあって、そのお店のマスターが倒れちゃって、店を閉めなくちゃいけなくなったの」
「はぁ……」
「で、和恵ちゃん、今仕事何してる?」

 

住み家を追い出され、職場からも追い出され、そしてこの連絡をもらうまでの、たった4か月の中で起こった奇跡とも思えるような展開に、どうせ無職だし、もうこの流れに身を任せるしかないな、という思いでお店を継ぐことを決断したのでありました。まるで神様がワタシの首根っこを掴んで、あなたはコッチに行きなさいといわんばかりに、ラブホテルのカウンターから新宿のバーのカウンターへヒョイと移してくれたような、そんな不思議な出来事でした。そのLP「もうひとりの私」のジャケ写と同じ店内をそっくりそのまま残し、けれども「桂」という老舗の看板を引き継ぐには恐れ多く、名前だけ変えさせてもらい、新しく「夜間飛行」として2007年9月末にグランドオープンとなりました。

 

そんな怒涛の展開になる数か月前、実はフランスのマルセイユで歌を唄うお仕事をいただいてました。その日程が、お店をオープンして間もない10月。こんな忙しい時になんでこうも重なるかなと、せっかく開けたばかりの店を一旦閉めて、ヘトヘトになりながらフランスへ旅立ちました。その飛行機の中、パリのシャルル・ド・ゴール空港へ向かう時にふと、あの「夜間飛行」がよぎったのです。そう、この曲は間奏に航空機内でのアナウンスを思わせるフランス語のセリフが入ります。その内容は、もうすぐ飛行機がオルリー空港に到着することを知らせるというもの。

 

この曲が発売された1973年はまだオルリー空港でしたが、ワタシはまさに、この曲と同じように夜間飛行でパリへ向かっているではないか! と気付いたときに、もうこの数か月で起こった不思議な運命に従うしかないなと、真っ暗な空を眺めながら、この先の見えない未来に腹をくくったのでありました。

 

<和恵のチェックポイント>
1972年にレコード大賞を受賞した「喝采」に次いでリリースされたシングル曲で、「喝采」「劇場」と合わせてドラマチック歌謡3部作と呼ばれた代表曲。イントロの弦の響きがパリへの旅情を誘います。ルバートで歌い出したあと、「そして今……」からインテンポに入る感じが、まさに離陸する瞬間を思わせる素晴らしい展開。上空から眺める街の灯の美しさ、そして深い夜空に浮かぶ星の輝きも見えてくるような、とても映像的な楽曲です。

 

【インフォメーション】

ギャランティーク和恵さんが昭和歌謡の名曲をカバーする企画「ANTHOLOGY」の第3集「ANTHOLOGY #3」が、2016年11月9日(水)に配信&CDでリリースされます。それに合わせてライブも連動して開催。詳しくはANTHOLOGY特設ページをご覧ください。

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「ANTHOLOGY #3」

2016年11月9日(水)発売

配信:600円 日本コロムビアより

CD:1000円 モアモアラヴより

iTunes store、amazon、ほかインターネットショップにて

 

<曲目>

01. 燃える秋(作詞:五木寛之 作曲:武満徹)

02. 窓あかり(作詞:山口洋子 作曲:梅垣達志)

03. クリスマス・イブ・シック(作詞:阿木燿子 作曲:筒美京平)