空気清浄機は、いまや生活空間の“背景”に溶け込む存在です。しかし、シャープの新モデル「Purefit」は、その背景性を極めながら、同時に“空気を整える体験”そのものを再定義しようとしています。
形状、素材、空気の流れ─ハードの細部に宿るクラフトマンシップ。操作体系、アプリ連携、光や音の演出─ソフトが描く心地よさの哲学。
本連載では、プロダクトの企画・開発担当者らへのインタビューを通して、「なぜこの道具は心地よいのか?」という問いに対するつくり手たちの思想と哲学をハードとソフトの両面から探っていきます。

シャープ「Purefit FP-U70-W」
●最大適用床面積:~31畳 ●フィルター種類:HEPA ●最大風量:7m3/分 ●清浄時間:9分 ●最大運転音:49dB ●本体サイズ:幅285×高さ525×奥行285mm ●重量:7.2 kg
目次
空気清浄機の“当たり前”を更新する―プロダクトが生まれた背景

空気清浄機は、時代の空気とともに役割を変えてきたとも言える。最初に家庭に普及した90年代は、室内でタバコを吸うことが当たり前で“タバコ対策”が主な目的だった。
しかしその後、花粉、ウイルス、PM2.5対策といった新たなニーズが次々と顕在化し、“家庭の衛生環境を守る装置”へと進化していった。そして、コロナ禍を経た昨今、空気中の粒子に対する意識がより高まったことで、空気清浄機は生活必需品に近い存在になっている。
一方で、その間に生活環境そのものも大きく変わっている。共働き世帯の増加や、住宅のコンパクト化、加湿メンテナンスの負担、そして海外メーカーの積極的な参入。商品企画を担当した、シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部 プラズマクラスター・ヘルスケア事業部 国内PCI商品企画部の福田吉晃氏によると、こうした変化の中で、日本においては「加湿なしで、シンプルに空気だけをきれいにしたい」ニーズも高まってきているという。
しかし、「業界全体として“空気清浄専用機”のラインナップは十分ではありませんでした」と福田氏。「ニーズに十分応えられていなかったことを反省し、今回初めて加湿のない空気清浄専用機のフルライン化に踏み切りました」と、Purefitシリーズ誕生の出発点を語った。

シリーズが掲げる思想―性能は“ピュア”に。佇まいは“フィット”する
Purefitという名前には、2つの意味が込められているという。ひとつは“ピュア=空気をきれいにする”という本質的な性能をまっすぐに追求すること。もうひとつは“フィット=生活空間に自然に溶け込み、存在を主張しすぎない”こと。福田氏によると、Purefitのシリーズ全体の設計思想を貫いているのは、「空気清浄機が“空気のような存在”になる」という思い。そして、その理想を次のように表現した。
極論、存在を感じないのに空気はきれい。空気そのもののような存在が理想です。コロナ禍では、存在感のある空気清浄機が求められた時期もありましたが、今は逆で生活の中で主張せず、ただ静かに働くことが価値になっています
“家具のように佇む空気清浄機”がデザイン哲学― “面材”の発想で、インテリアに溶け込む造形へ
Purefitがデザイン戦略として掲げているのは、“ライフスタイルフィットデザイン”。インテリアや家具から発想した佇まいや仕上げを空気清浄機のデザインに落とし込んでいる発想だ。
水平・垂直を基調とした静かな佇まい、建具のような面構成、そして樹脂成形でありながら家具的な制約をあえて課すという独自のアプローチが採用されている。デザインを担当した、Smart Appliances & Solutions 事業本部 デザインスタジオ 江尻紗耶未氏は次のように説明する。
「自由に形を作れる樹脂であえて制約を設けることで、家具のような佇まいが生まれると考えました」
シャープは、2024年に建築家・隈研吾氏が監修した空気清浄機「FU-90KK」を発売している。木材のルーバーを大胆に用い、家電というより“建築の断片”のような存在感を持っていた。空気清浄機を“置かれる物体”ではなく、“空間の一部”として扱うアプローチは、家電デザインにおいて新しい視点をもたらしたと言える。
Purefitシリーズの製品の開発自体は、隈氏監修モデルよりも先に行われていたとのことだが、“空間との調和”というこの価値観にPurefitの開発陣も強く共感していたという。そして、この思想は、新製品の「FP-U70」にも大いに引き継がれている。

側面吸気の構造を活かし、Purefitは壁際にぴったりと置ける点も特徴だ。特にミドルモデルのFP-U70では、「吸気口をただの穴に見せないよう、建具の縦ラインを取り入れ、空間との一体感を高めています」と江尻氏。
Purefitにおいては、隈研吾デザインのように素材そのものを主張させる方向ではなく、“生活の背景に静かに溶け込む”という別のアプローチが選ばれた。しかし、両者には“空気清浄機を生活空間の一部として再定義する”という姿勢が共通している。

こうした思想のもと、FP-U70の側面パネルは、吸気口でありながら家具の一部として見えることを目指した重要なパーツと言える。一般的な空気清浄機のように穴を並べるのではなく、建具のような縦格子を採用したことで、空気清浄機らしさを消し、空間に溶け込む佇まいを実現している。
この格子は、単にスリットを入れれば成立するものではない。隙間の幅や奥行き、角度、段差のつけ方によって、家具のように見えるか、家電の吸気口に見えてしまうかが大きく変わるためだ。江尻氏は「ほんの0.数ミリの違いで印象が変わるため、試作を重ねて最適なバランスを探りました」と語る。
特に重要なのが“隙間の深さ”だ。浅いと内部構造が見えて機械感が出てしまい、塞ぎぎると吸気効率が落ちる。そこで、内部が見えない程度の深さを確保しつつ、空気の流れを阻害しない開口量を確保するという、デザインと性能の両立が求められた。
また、側面パネルと本体の間には約2mmの隙間が意図的に設けられている。これは樹脂パネル特有の“反り”を目立たせないための工夫であり、同時に建具のような“面の独立感”を生む役割も果たす。さらに、この隙間の一部にセンサー穴を隠すことで、生活感のない外観を保っているというのだ。

性能面でも、格子の隙間は重要だ。隙間が狭すぎれば吸気抵抗が増え、広すぎれば内部が見えてしまう。福田氏は「吸気効率を落とさず、かつ穴っぽく見えないラインを探るために、デザインと設計の両チームで何度も調整しました」と振り返る。
最終的に完成した格子は、家具のように静かに佇みながら、しっかり空気を取り込むPurefitの思想を象徴するパーツとなった。隙間の設計は、単なる意匠ではなく、“空気清浄機を空気のような存在にする”ための重要な要素なのだ。
住環境の変化に合わせた“品のある”色と素材
素材の選び方にも、空間との調和を重視する姿勢が表れている。例えば、現代の住まいは、白一色ではなく、グレーやアッシュ系の落ち着いたトーンが増えている。その変化に合わせ、ピュアフィットのカラーも刷新された。
FP-U70はより落ち着いたホワイトへ、大空間向け・上位モデル「FP-U120」はブラウンからアッシュブラックへ、小空間向けモデル「FP-U40」は寝室向けにライトグレーとアッシュブラックを採用。どれも空間になじむ色を意識した選択だ。

さらに、フロントパネルには独自のシボ・テクスチャーを採用。「前提として、インテリア空間へより溶け込んでみえるシボ・テクスチャーを目指しました。幾何学性とランダム性を掛け合わせることでファブリックやタイルのように見えるテクスチャーを表現しています。オリジナルのシボ開発を進める中で、業界的に開発が進んでいる車のインテリアのシボ・テクスチャーも参考にしながら家具的な質感と家電の耐久性の両立を図りました」(江尻氏)
テクスチャーやカラーの検討サンプルの一例
情報は必要な時だけ浮かび上がる― 主張しないのに“伝わる”操作性
操作部は徹底的にシンプルさにこだわった。ボタン数は最小限、印字は“消し込み”で点灯時だけ浮かび上がり、LED穴を開けないことで生活感を排除している。福田氏は次のように語る。
見えるけれど主張しない。このギリギリのチューニングがPurefitのUIです。ランプの明るさも、暗室や実際の住宅で何度も検証し、“眩しくないが確実に見える”ラインを追求しました

スマホアプリ画面の一例
主張しないのに機能するルーバー
FP-U70では、ルーバーは、性能のために必要な要素として搭載されている。しかし、このルーバーは開発初期に激しい議論を呼んだそうだ。
福田氏によると、デザイン側は「暮らしに馴染む佇まいを目指した時に、存在感として大きく見えすぎない、見えたとしてもノイズにならないように」と検討を進めていた一方、設計側は「性能のために必要」と主張し合い、意見がなかなか一致しなかったという。
最終的には、両者の思想を融合した“主張しないのに機能するルーバー”に落ち着きました。細部の形状、光の反射、動作時の見え方まで徹底的に作り込まれています

そうした経緯をたどって、FP-U70のルーバーはPurefitシリーズの中でも象徴的な存在となった。空気の流れを制御する機能部品でありながら、ユーザーが最も視界に入れやすい前面の顔でもある。
ルーバーは動作時に前後へ可動するため、光の反射や影の落ち方が大きく変わる。そこで、「ルーバー裏の上部に細かなローレットテクスチャー(凸凹模様の溝)を入れています。光が当たった時に面の表情に違いが生じることで、無表情さが軽減されてメリハリが出て見えるようにしています」と江尻氏。
さらに、ルーバーの裏面の下部にはR(曲面)処理が施されている。このRは単なる意匠ではなく、開いた時に存在が軽減されるための視覚的なノイズコントロールとして重要な役割を果たしているそうだ。デザイン担当の江尻氏は次のように説明した。
「ルーバー裏下側のダクト部分に向けて面に少し張りを持たせ、Rをつけています。形状に表情を持たせることで面積が減って見えることを狙いました。ルーバーは動くパーツなので、光の当たり方や影の出方が一気に変わります。Rをどうつけるかで、存在感が出すぎるか、空間に馴染むかが決まるため、何度も試作を重ねました」
その結果、ルーバーは単なる板ではなく、微細なテクスチャーとRを組み合わせた構造になった。動作時の視覚的な軽さを出すための工夫だ。江尻氏は次のように説明する。
ルーバーの面をただフラットにすると、全開となった時に、その存在感が強く出てしまいます。テクスチャーとRを組み合わせることで、光のグラデーションが生まれ、ルーバーの存在感が軽減されたり、機能的に見えるようにしています

この処理によって、ルーバーが開閉しても機械的な動きではなく、“空気の流れに合わせて自然に動く”ような印象が生まれている。
ただ、ルーバーのRはデザインだけで決まるものではない。設計側からは“風の流れを阻害しない形状であること”が求められ、デザイン側からは“存在感を消すためのR処理”が求められた。両者の要求は相反するものだが、福田氏は当時の攻防を次のように振り返った。
「デザイン側は『見せたくない』、設計側は『必要だから付けたい』。その間で何度も議論しました。最終的には、Rの付け方やテクスチャーの入れ方を細かく調整し、両立できる形に落とし込みました」
このせめぎ合いが、Purefitらしい静かな佇まいと高い性能を両立させているのだ。そして、もともとはデザイン処理としてルーバー裏に採用されたRの処理だが「実はこれが性能的にも風の制御に効果的であることが分かり、今の形状を採用する流れとなりました」(福田氏)とも明かす。
ルーバーが動くときは、風の影響でパタパタと揺れたり、音が変わったりすることがあります。動作時の風量制御を組み合わせて、見た目だけでなく“音の静けさ”も実現しています
Rを適切に設けることで、風の流れが滑らかになり、適切な場所へ風を届けられるなど、まさに“機能美”と言える部分だ。

最大風量ではなく“家で使える性能”へのこだわり
空気清浄機として、Purefitが挑んだのはカタログ値ではなく“実際の家で使える性能”。福田氏は「従来は、強運転はうるさくて使えず、弱運転では効果を感じにくいという悪循環がありました。そこでPurefitでは、左右吸気のダブルフィルター構造を採用し、少ない回転数でも十分な風量を確保することで、静音性と清浄性能の両立を実現しました」と説明。さらに、次のように続けた。
「見せかけの低騒音でも、見せかけの性能でもなく、実際の家で“静かに効く”ことにこだわりました。社内でも『これなら家に置きたい』と声が多数上がるほど、実際の使用環境での完成度が高いモデルになっています」

空気清浄機の理想の未来像は“強運転がふつうに使える”
開発チームが描く未来は明確だ。福田氏は「今回のモデルではまだ実現できていませんが、今後は、家庭で強運転でも使えるようにしたいと思っています。そして、それが空気清浄機の価値を根本から変えると考えています。物理的な壁はありますが、構造の工夫によって可能性の余地はまだまだあると思っています」と語る。
さらに、Purefitを手に取ってほしいユーザー像と目指す姿について次のように続けた。
「性能がいい=大きい、運転音を抑えたい=性能が発揮されない、と諦めていた人にこそ使っていただきたいです。今まで効果を感じなかった人にも、違いを実感してほしいと思っています。意識しなくてもそっと寄り添い、当たり前のように空気をきれいにしてくれる。そんな“空気のような存在”でありたいと考えています」
まとめ:インタビューを通じて著者が感銘を受けた「プロダクトの思想と哲学」
存在を感じないのに空気はきれい。空気そのもののような存在が理想









