このごろはすっかり完全ワイヤレスイヤホンの人気が定着してきました。ヘッドホン・イヤホンを展開するオーディオブランドのなかで、もはや完全ワイヤレスイヤホンをラインナップに持たないブランドの方が少ないように思えるほど。機能にデザイン、価格帯にもバラエティに富む製品がショップの棚に所狭しと並んでいます。ネット通販で見つかるレアものを合わせれば、むしろ製品の選択肢が多過ぎて迷うほど。
そんななか、他社との差別化をはかるため、独自の技術で開発した「ノイズキャンセリング機能」などの付加価値を備えたモデルが、ソニーやアップルから登場しています。また、そういった機能性とは別に、SoCチップなどのスペックに頼らず、ドライバーや筐体構造などアコースティックな技術による「高音質」を追求する流れも生まれつつあります。
今回は、finalやQuestyleなどのオーディオブランドを展開するSNEXT(エスネクスト)の森 圭太郎氏を訪ねて、同社初の完全ワイヤレスイヤホンブランド「ag(エージー)」が作られた経緯をうかがってみました。
agの完全ワイヤレスイヤホンにfinal Eシリーズのノウハウ注入
森氏はエスネクストとして、拡大し続ける完全ワイヤレスイヤホンに対する音楽ファンからの期待に応える製品を提供したいという思いはいつも持っていたと振り返ります。同社が展開するfinalのブランドは多くの耳の肥えたオーディオファンから支持を集めています。ハイレゾ対応を含めて、finalが求める良質なイヤホンの基準に到達するためには、Bluetoothオーディオに乗り越えなければいけない壁があるという判断から、finalの完全ワイヤレスイヤホンを商品化するタイミングについて同社はここまで慎重な構えを取ってきました。
かたや沸騰しつづける完全ワイヤレスイヤホンへの期待に対して、近年のfinalが展開しているイヤホンのなかで幅広い音楽ファンから視線を集める「Eシリーズ」の音作りのコンセプトと技術を受け継いだ製品を、finalと別に立ち上げた新しい兄弟ブランドからローンチするというアイデアが生まれたことから、2019年に新ブランド「ag」がデビューを遂げることになりました。
agという名前は、日本語の古語である「有り難し」からきており、そのラインナップは「かしこし(優れている・立派だ)」に由来する“Kシリーズ”と、「らうたし(可愛らしい・愛おしい)」に由来する“Rシリーズ”の2つにわかれます。
筆者も、agのラインナップのなかでも特に音にこだわり抜いたというKシリーズの「TWS01K」を愛用中。クリアで抜けが良く、中立なバランスのサウンドが様々なタイプの音楽を、どんな時にも心地よく聴かせてくれるユーティリティの高い完全ワイヤレスイヤホンです。1万円台前半の製品なのにクアルコムの高音質オーディオコーデックであるaptXに対応しているところも魅力。
agのイヤホンの音質を磨き抜くために、エスネクストでは何か特別なことに挑戦してきたのでしょうか。森氏は次のように説明しています。
「agは、インターネットの検索結果やレビューからではなかなか良いものが見つけにくくなった昨今の状況に対して、これまでエスネクストが大手ブランド向けワイヤレス製品の受託開発で培った経験と、finalブランドで培った音づくりのノウハウが生かされた、手にするたびに喜びを感じる高品質な製品を手の届きやすい価格で実現するブランドです」
ヒットした同社の有線イヤホンEシリーズの開発で培ってきた、海外生産でコストを抑えながらも同社の音質へのこだわりを追求するというノウハウが、agシリーズに生かされているようです。
「finalのヘッドホンのフラグシップであるD8000を開発したエンジニアたちが積み重ねてきた、ドライバーを設計/製造、チューニングする技術もその前提にあります。製造技術の精度を保ちながら量産を安定させて、安価で質の高いイヤホンを多くのファンの皆さまに提供することがEシリーズの挑戦でもありました。泥臭いオーディオの開発技術に裏付けられた精度を保ちつつ、量産品に反映するまでのノウハウはfinalで培ってきた資産がそのままagのイヤホンにも活きていると思います」
完全ワイヤレスイヤホンは内蔵するオーディオ用ICチップの性能によって、音質も多分に影響を受けるところがあります。ただICチップに依存するのではなく、例えばドライバーの設計やアコースティックフィルターの選定にもfinalが丁寧に時間をかけて築き上げてきたノウハウが活かせることもagの強みなのだと、森氏は説明します。
finalブランドからも完全ワイヤレスイヤホンが出る?
このTWS01Kの音質をベースにした、agの新しい完全ワイヤレスイヤホンの開発が現在進んでいるそうです。主な改善点のひとつは、TWS01Kのユーザーから要望の挙がった防水性能とのこと。森氏は「通常、防水性能を高めるためにノズル内部に音質調整用のフィルターとは別に、防水フィルターを設置します。この防水フィルターは、その構造上どうしても音質を数段落としてしまうので、これまで製品への採用は見送ってきました。今回、音質への影響がほとんど無い防水フィルターの開発に成功しました。Kシリーズの後継製品では、この新しいフィルターを搭載した機種をお届けできそうです 」と話しています。新製品の発表が待ち遠しい限りです。
森氏はエスネクストとして、今後も完全ワイヤレスイヤホンの「音質」を独自のアプローチから磨き上げていきたいと意気込みを語っています。もしかするとfinalのブランドから完全ワイヤレスイヤホンが登場する可能性もあるのでしょうか。森氏はその可能性を否定していません。ただやはりfinalのブランドから出す以上、完全ワイヤレスイヤホンの音質を極めるために満を持して取り組んだうえで、妥協することなくハイレベルな製品を作ってファンに届けたいという強い思いが同社のエンジニアをはじめ全員に共通してあるのだと語っていました。
現在、完全ワイヤレスイヤホンはその利便性に注目が集まっており、デバイスとしての面がフィーチャーされがちですが、agのように音にこだわる製品が増えてくることで、完全ワイヤレスイヤホンというアイテムが“オーディオに帰ってくる”ような期待と確信が、今回のインタビューを通して筆者のなかにも強くわいてきました。かつてあった、優れた音質のイヤホンで音楽を聴くときのワクワク感がよみがえる、そんな気持ちにさせてくれるagシリーズの今後に期待が高まります。
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