本・書籍
2018/6/1 13:00

【今日の1冊】80歳の小川未明賞、63歳の芥川賞、高齢で作家デビューするコツとは?――『ななこ姉ちゃん』

先日読んだ『ななこ姉ちゃん』(学研プラス・刊)という児童文学に、不思議な感じを受けた。親に愛されない子ども達とおばあちゃん達との物語なのだけれど、子どもよりもむしろおばあちゃんのほうが生き生きとリアルに描かれているのだ。

 

調べてみると著者の宮崎貞夫さんは1934年生まれ! どうやら80歳の時に小川未明文学賞を受賞し、単行本デビューされたようだ。

 

 

 

高齢化社会と小説

高齢で作家デビューと言ったら、芥川賞を受賞した若竹千佐子さんが最近話題だ。63歳の処女作『おらおらでひとりいぐも』(新潮社・刊)は、ひとりぼっちで老後を迎えた74歳の老女の物語である。もしかしたら高齢化社会と小説は相性がいいのかもしれない。書く時間はたっぷりあるので、じっくりと腰を据えて作品に向き合えるからだ。

 

今後、AI化がさらに進むにつれ、人間の仕事を機械が代わってくれるようになり、人は長時間労働しなくても生きていけるようになるとも言われている。時間に余裕ができた人々は文化的なことを楽しむようになるのではとも推測されている。すでにボードゲームを楽しんだり、大人になってから音楽教室に通うようになった人も出てきている。宮崎さんの作品から高齢デビューのコツを考えてみた。

 

 

詳しく知っていることを書く

『ななこ姉ちゃん』のヒロイン、ななこは中卒で美容院で働き出すが、とある夢を持っている。自分では店を持たず、高齢者宅を訪問して髪をカットする「福祉美容師」の資格を取りたいというのだ。これなら店舗を持たず、車さえあれば開業できるという。

 

この資格を私は今回初めて知った。読者対象の児童もそうだろうと思う。しかし著者の宮崎さんは福祉美容師に詳しく、どのようにすれば資格が取れるかも本の中で丁寧に解説されている。おそらく周囲で利用している人がいるのではないだろうか。高齢だからこそ知りえた知識を作品に盛り込むので嘘っぽくなく、ななこの夢はしっかりとこちらにも伝わってきた。

 

 

得意でないキャラをはぶく

この物語には徹底して熟女世代が出てこない。ななこの母親は家出して帰ってこないし、ななこを支える小学生の男の子の母親は彼が3歳の時に事故死してしまっている。そしてななこが働き始めた美容院は、なんと70代の老女がひとりで切り盛りしているところであった。物語にはほぼ子どもと老女しか出てこない。

 

この老女たちがなにしろ御達者なのだ。すぐに怒ったり、見事な巻き寿司もこしらえたり、台風が近づくなか、旅行に出かけていったりと、実に楽しげに日々を過ごしている。おそらく著者は老女の生態に詳しく、熟女との関わりはあまりないのではないだろうか。だからあえて苦手なキャラをカットしたのかもしれない。そしてそれは大正解だったと思う。

 

 

忘れられない思い出を描く

この物語に出てくるヒロインのななこには、モデルがいるという。著者の宮崎さんが幼かった頃に可愛がってくれたお姉さんなのだそうだ。彼女は毎年秋祭りの時だけやってきて、村の集会所に寝泊まりし、祭りが終わるとどこかに去っていった。何かの事情で祭りの時だけ現れる、そんな彼女を村の人たちは良くは言わなかったという。

 

当時まだ幼かった作者は、おそらく彼女を助けることもできなかっただろう。いつのまにか姿を現さなくなったそのお姉さんをヒロインに、そして彼女を助ける年下の小学生として自分自身を描き、あの頃の何もできなかったもどかしさを昇華させたのだ。それこそ何十年も熟成してきた切なさである。積年の思いをぶつけているから、迫力も違う。

 

今後は、作家だけでなく、さまざまなデビューを果たす高齢者が増えてくると私は予測している。先日はDJをする80代のおばあさんが新聞で取り上げられていた。思えばカーネル・サンダースさんも、ケンタッキーフライドチキンを起業したのは65歳の時だった。私の周りにも80代で自転車を乗り回すおじいさんもいれば、80代で英単語を毎日学んでいるおじいさんもいて本当にお元気だ。眠っていた才能を高齢になってから開花させる人は、これからもまだまだ増えることだろう。

 

 

【書籍紹介】

ななこ姉ちゃん

著者:宮崎貞夫(作)、岡本順(絵)
発行:学研プラス

町を離れた、ななこ姉ちゃんが3年ぶりに帰ってきた。主人公の翔太が、ななこ姉ちゃんと出会ったのは小学1年のとき。6歳年上のななこは、翔太や友達のトンビの面倒をよく見てくれて、3人は次第に仲良くなるのだが…。第23回小川未明文学賞大賞受賞。

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