毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回は「政治」をテーマに様々なジャンルから5冊を紹介してもらいました。
国政選挙が近い今だからこそ、きちんと「政治」について向き合い、「政治とは何か」について考える。そんなときに役立つ一冊が必ずあるはずです。
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この原稿を書いている現在もニュースは次々に配信され、世界の情勢を届けてくれる。
日本ではいわゆる「年金世代2000万円貯蓄」問題が表面化、某有名人の発言が物議を醸し、政治家の動静に注目が集まっている。世界に目を向けてみればアメリカとイランの緊張が高まり、香港では逃亡犯条例改正問題に端を発した反政府運動が高まりを見せている。
これらのニュースを眺めていて、あることに気づきはしないだろうか。実は、わたしがここで紹介したニュースはすべて「政治」がらみのものである。
「年金世代2000万円貯蓄」問題は社会保障の問題であるし、国家間の対立は外交という政治問題、反政府デモは国家と個人との間の政治観のズレによって発生する民主的なアクションである。普段意識することはないが、我々は政治の営みに影響されて生きている。
アメリカではトランプ大統領が二期目を視野に入れ始めているというし、日本の現政権も日本の憲政史上に名を遺す長期政権になってきた。また、消費税の増税がなされようとしている今、政治を考えるための本をご紹介するのもまたおつなものかもしれない。というわけで、今回の選書のテーマは「政治」である。
フィクションから考察する異色の政治系書籍
まずはライトながらヘビーな一冊をご紹介。
『スター・ウォーズに学ぶ「国家・正義・民主主義」 岡田斗司夫の空想政治教室』 (岡田斗司夫・著/SB新書・刊)である。サブカル系論客として知られ、「オタキング」の異名を持つ著者による異色の政治系書籍である。
何が異色かと言えば、世界の政治のキーワードを、スター・ウォーズやアメコミヒーロー、ガンダムといったサブカル作品の深読みから平易に説明して見せるところである。スター・ウォーズシリーズやアメコミヒーローの変遷からアメリカ人の自己像の変化や政治スタンスの変化を読み取ったり、ガンダムにおけるジオン公国独立を例にとってイギリスのEU離脱を論じてみたり……と、いい意味でやりたい放題である。
しかしながら、本書は世界の潮流となりはじめているリバタリアニズムに関しても紙幅を割いてあり、日本とアメリカの「正義」のありかの違いといった鋭い指摘がいくつもある。政治のことなどほとんどわからないけれど勉強してみたいというサブカル趣味の方にはもってこいの一冊である。
武人ではなく政治家としての曹操を活写する
お次は漫画から。
『蒼天航路(全36巻)』(李學仁・企画、原案 /王欣太・著/講談社・刊)である。本書は言わずと知れた近年最も成功した三国志漫画の一つであり、「人」に興味を持ち続けた英雄と位置付けられた曹操を主人公にした歴史漫画である。こんな有名作を今更……とお思いの向きもあろうが、しばしおつきあい願いたい。
曹操と言えば従来の三国志作品の影響もあり、どうしても軍を率いる将軍という印象が強い。もちろんそのイメージも間違いではないのだが、将軍イメージが先行するだけ、国家を運営する為政者だったという面が忘れられがちな気がするのである。『蒼天航路』はもちろん戦場での曹操の姿も従来のイメージを更新する形で描き出しているが、何より鮮烈な描き振りだったのは彼の政治家としての姿ではなかったろうかというのがわたしの感想である。
本書における曹操は、徳治の弊害と戦い『唯才』を掲げるがゆえに抵抗勢力と戦わねばならず、為政者としての最適解としてあえて後漢の皇帝を推戴し続ける。史実の曹操の一筋縄ではいかぬ言動を政治家としてのバランス感覚や人物の発露として描き出したところにも本書の清新さを見る気がするのである。
中国の地獄の官吏登用制度
さて、次も中国史関係の本をご紹介しよう。
『科挙――中国の試験地獄』(宮崎市定・著/中公新書・刊)である。曹操の時代、官吏の登用は権勢人やその側近の引き立てによるものが大きかった(『蒼天航路』では曹操自身が人材を自ら集めて回る描写もあったし、月旦評による人材登用の限界も描かれている)。しかし後世になり、中国においては新たな官吏登用制度が誕生した。それこそが本コラムをご覧の皆様もご存じの科挙制度である。
本書は「試験地獄」とまで副題に謳われてしまうほどに苛酷な科挙の実施状況を平易に説明してくれている本である。主に本書は清末期の有様が詳述されているものの、必要に応じて過去の状況についても紙幅を割いている。
それにしても――、一読して感じるのは、あまりにも煩雑な科挙の有様である。度重なる不正やカンニング、科挙制度の老朽化などの要因で試験回数がむやみに増えて出題が高度化、人材の選抜過程において差がつきづらいなどの問題に苛まれていた様子をうかがうことができる。
本書を今回紹介したのは、現代日本も試験という選抜を経て人材登用がなされる学歴社会であるがゆえである。学歴社会が何をもたらすのか、学歴による人材登用制度が何を生むのか。お隣中国の歴史から学んでみるのも面白いかもしれない。
現代日本の政治を言い当てた予言の書
次は日本の政治に関する本だ。
『首相支配-日本政治の変貌』 (竹中治堅・著/中公新書・刊)である。本書は戦後日本の政治体制「55年体制」が崩壊したのちに成立した政治体制を「2001年体制」と称呼し、どのように日本の政治が変質していったかを論述している。
本書は相当古い本(2006年刊行)であるが、内容は全く古びていない。むしろ、現代の日本の政治を見事に言い当てている予言の書ですらある。
従来の中選挙区制が廃され小選挙区制・比例代表制が導入されたことにより与党と野党の逆転が起こりやすくなったこと、派閥の影響力が低下せざるを得なかったこと、党首のイメージが選挙の顔となっていく現象をとらえ、首相の権限が強化されていったと本書は説く。本書で指摘された現象は、まさしく現在日本の政局で起こっていることそのままである。
さらに本書は首相の権限は強化されながらも、比較的首相の権力が及ばない場所があるとも看破している。そこがどこなのかは本書をご覧いただきたいが、論旨と共に本書をお読みになったあなたはきっと次の国政選挙に足を運びたくなるはずである。
史実の裏を描き出す謀略小説
政治といえば謀略、謀略といえば謀略小説である。というわけで最後に小説を紹介しよう。
『東京輪舞』(月村了衛・著/小学館・刊)である。
本書は田中角栄の護衛についていた警察官・砂田が公安に配置換えされたところから話は始まる。時はまさに冷戦真っただ中、各国のエージェントが飛び回る裏世界で奮闘する砂田の姿が描かれるのだが――。
本書は大いなる挫折の物語である。数十年のスパンをもって描かれている本書には実在の事件がいくつも登場し、表向きは史実通りに解決なされている。しかし作品世界においては権力抗争や各国の綱引きの挙句、砂田たち現場の頭上を飛び越える形で事実が隠蔽されてしまう。そして砂田は国家への忠誠を求められる警察官であるがゆえに詮索も許されず、各々の事件で知りえたことを胸に秘するしかなくなる。
砂田を翻弄するソ連・ロシアのエージェント、クラーラの存在も本書の「挫折の物語」を補強している。激動の時代を生きた東陣営の女スパイも砂田と同じく祖国への忠誠と現実、己の人生の間で任務を果たしている。そう、本書は国家間の政治的駆け引きによって翻弄された現場スパイたちの輪舞を描いた物語なのである。
政治とは何か。
理想論を述べるならば、我々一人一人を幸せにするための施策の集合体をいうのであろう。しかし、政治が人の織りなすものである以上、どこかにほつれがあるのは仕方のないことなのかもしれない。だが、ほつれを見て見ぬふりをするのと、見つけるなり繕おうと手を伸ばすことは大違いである。恐らく、民主主義社会に生きるわたしたちに求められているのは、そうしたほつれを繕う勇気なのであろう。……と偉そうなことを最後に書いてペンを置くことにしよう。
【プロフィール】
谷津矢車(やつ・やぐるま)
1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作「奇説 無残絵条々」(文藝春秋)が絶賛発売中。