これまで芸能人の暴露本といった類にはあまり手を出したことがなかったが、今回珍しく「読みたい!」と思ったのが『M 愛すべき人がいて』(小松成美・著/幻冬舎・刊)だ。
伝説の歌姫・浜崎あゆみが誕生するまでの秘話、そして当時エイベックスの専務であり、プロデューサーだった松浦勝人氏との出会いから別れまでの物語。この本が発売されるとニュースで報じられるやいなや、さまざまなバッシングが世間を飛び交った。
過去を切り売りしなきゃいけないほど落ちぶれたのか。今さら、ファンはそんな暴露話を聞きたくない。松浦氏の奥さんや子どもの気持ちになってみろ、云々……。
メディアが彼女を叩けば叩くほど、「本当に読んだ人が言ってる感想なの?」という疑問が膨らむ。この流れこそが、メディアが狙っている炎上商法なのかもしれないけれど。
奇しくも浜崎あゆみと同学年の私。同い年や同学年というのは不思議なもので、他に何の接点がなくても、なぜか「同士」という想いが生まれる。
そこで、本当にバッシングされるに値する内容なのか、『M 愛すべき人がいて』を手にとってみた。
「浜崎あゆみ」という現実離れした歌姫の素顔
最初に断っておくが、私は浜崎あゆみのファンでもアンチでもない。
彼女を初めて見たのは、確か『未成年』というドラマだったと記憶している。それから数年後、いつのまにか歌手デビューを果たし、あれよあれよという間にミリオンセラーを連発する時代の歌姫となった。
ある程度のヒット曲は知っているが、ライブに行ったことはないしCDも持っていない。カラオケでも歌ったことがない。だから、正直作中に出てくる歌の歌詞を見ても、どの曲のことなのかまったくピンとこなかった。メロディーに乗っていたならば、「ああ、あの曲!」とわかったかもしれないが。
私が浜崎あゆみに対して持っているイメージはひとつだけ、「どこか浮世離れした、なんとなく別世界の人」。アンドロイドのようだ、というと語弊があるだろうか。
おそらく、中学生や高校生など青春時代にリアルタイムで彼女の歌を聴いていた、私よりもう少し若い世代の人ならば、「あゆは等身大だ! 私たちの気持ちを代弁してくれる!」と熱弁するのだろう。けれど、彼女と同じ年に生まれ、大ヒットしている時期が大学時代から社会人になってすぐくらいだった私は、どこか遠巻きに「浜崎あゆみ現象」を眺めていたように思う。
それが、『M 愛すべき人がいて』を読んだことで、「きらびやかな世界に君臨する浜崎あゆみ」からは想像もできないほど、「どこにでもいる一人の女の子」であることが切に伝わってきた。
愛する人へのラブレターのかわりに、歌詞をしたためていたこと。愛する人と、愛する人との子どもたちだけのために過ごす母親になりたいと願っていたこと。愛する人との別れのダメージから、歌番組の生放送中に涙してしまったこと。
そして、華やかな世界で活躍する一方で、常にもがき苦しみ、戦っていたこと。
この本は、名ルポライター・小松成美さんによって手がけられている。さらに、最後のページには、浜崎あゆみ本人の言葉で「事実に基づくフィクション」だと語られているため、実際どこまでが真実でどこからがフィクションなのか、推測できない。
けれども、笑ったり泣いたり浮かれたり落ち込んだり…作中の「あゆ」こそが、本当の「浜崎あゆみ」いや「濱﨑歩」なのだろう。
いくつになっても、自分だけの世界を築き、ありのままの姿でそれを貫く。
冒頭の「本当にバッシングされるに値する内容なのか?」という問いに対しては、「いやいや、そうではなかったよ」と答えたい。
今まで普通に口ずさんでいた曲が「MASATO’愛すべき人がいて~」にしか聴こえなくなってしまったけれども。M氏との破局後に報じられた、お揃いのタトゥーを刻んだ彼のことはどうだったの? と下世話にも気になってしまうけれども。
伝説のまま芸能界を去った安室ちゃんと対照的に、浜崎あゆみは40代になっても、きっと50代になっても挑み続ける。「何年経っても、何歳になっても、懐メロ歌手なんかにはならない。いつも新しい表現で人を惹きつけていけよ」という松浦氏の言葉そのままに。
そんな彼女の姿を目の当たりにしたとき、同世代の私たちは高みの見物ではいられなくなるだろう。時に痛々しいけれど前に進み続ける様は、「私はこのままでいいの?」と現状を見つめ直し、一歩を踏み出す勇気をくれるだろう。
単なる恋愛の暴露話が描かれているかと思いきや、ストイックでチャレンジングな、この上なくリアルな浜崎あゆみがそこに居た。
【書籍紹介】
M愛すべき人がいて
著者:小松成美
発行:幻冬舎
博多から上京したありふれた少女・あゆを変えたのは、あるプロデューサーとの出会いだった。やがて愛し合う二人は、“浜崎あゆみ”を瞬く間にスターダムに伸し上げる。しかし、別れは思いのほか、早く訪れ…。歌姫誕生に秘められた、出会いと別れの物語。
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