本・書籍
2020/4/14 21:45

リストラ! 転職! 左遷! 逆境に立たされたサラリーマンのV字復活物語に勇気づけられる——『ひなたストア』

新型コロナウイルスの蔓延、それに伴うコロナ不況に誰もが怯えている。しかも自宅待機が長引けばストレスもどんどん溜まっていくだろう。そんな今だからこそ、読みたい小説がある。『ひなたストア』(山本甲士・著/小学館・刊)がそれだ。

 

とある食品メーカーの課長に昇進したばかりの営業マンの主人公は、早期退職勧告を受けてしまう。その後、小規模スーパーをまとめるグループ会社に転職し、心機一転頑張ろうと意気込んでいたところに、まさかの左遷。品物も、活気も、客もない廃業必至のスーパーに配属になってしまう。ここでダメならクビ! そんな崖っぷちに立たされたサラリーマンの復活を描いたのが本作だ。

 

「ひなたストア」のモデル店とは?

本書のあとがきによると、著者の山本氏宅の周辺には自転車で10分圏内に4軒のスーパーがあるそうだ。いずれも地方のチェーン店だが、満足度では明らかな差異があり、山本氏は心の中で4軒を、優、良、可、不可と分けていたという。

 

「優」の店は、正確にはスーパーではなくドラッグストアだが、スーパーと遜色のない品揃えで値段も安く、店内も清潔。そしてスタッフの接客が高水準で、客の誰もが不愉快な思いをすることがないのだという。

 

「良」の店は4軒の中で最も大規模なスーパーで、品揃えでは抜きん出ている。接客は丁寧だが、マニュアル化されているようで、よそよそしさは否めないとのこと。

 

「可」の店もドラッグストアだが、スーパーとしての品揃えも充実していて、たいがいの品は他店より安い。が、通路がやたらと狭くカート2台の行き違いも難しく、イライラ感が募りがちに。

 

そして「不可」の店こそが、この小説のモデルとなった店だ。

 

〔不可〕のスーパーは、私が初めて利用したときから、そのうち潰れそうだなという雰囲気が漂っていた。壁にあるすりガラスの窓が閉じられたままなのは、おそらく以前はあった鮮魚コーナーをやめたからだろう。店内に二か所ある空きスペースは資材置き場と化していて、パン屋か写真プリントかクリーニング受付といったテナントが撤退して久しいことが窺えた。スタッフさんたちはみんな一様に無愛想で、精算時も店内ですれ違うときもお客さんの顔を見ない。(中略)電気代を節約したいからなのか店内の照明は薄暗く、床も汚れが目立ち、妙にほこりっぽい。

(『ひなたストア』から引用)

 

そして、この不可の店は当然のごとく、その後、閉店になったそうだ。

 

 

小説の中で「不可」の店を復活!

山本氏は不可のスーパーが閉店になった当初は、オーナーが高齢で、店を閉店し、好条件で土地を売るか貸すかするつもりだったのではないかと見当をつけたという。しかし、その後ある報道番組を見て、別の大きな理由があったのだろうことに気づかされたそうだ。

 

〔沈んでいく会社の経営者は、自慢げに過去の成功話ばかりをする。伸びていく会社の経営者は目を輝かせて未来の話をする。〕それを聞いた私は「そうか」と手を叩いた。(中略)あの〔不可〕の店も、開店当初はきっと繁盛していたのだ。(中略)当初のやり方で大きな利益を上げたことで、そのやり方でいいのだという思い込みがあり、徐々に売り上げが落ちてきても「まだ大丈夫」「そのうちまた好転するだろう」という希望的観測を捨てられず、改革に踏み出すタイミングを見失ったのではないか。

(『ひなたストア』から引用)

 

そして、山本氏は、これは一編の小説として取り組むべき素材と思い、潰れそうな小規模スーパーが奇跡的な復活を遂げるというストーリーを完成させたのだ。

 

 

仕事の値打ちとは何か?

ネタバレになってしまうので、ここでは詳しくは書けないが、スーパーの復活を牽引していくのが、この小説の主人公であるリストラにあってしまった中年サラリーマンだ。大企業の営業マン時代の経験を生かしつつも、プライドを捨て、頑固な経営者や無愛想なパートの女性たちの意識を変えるべく奮闘する。また、地域の高齢の農業従事者も巻き込んで、おいしさを追求した野菜やそれを使った惣菜で見事に店を復活させていくのだ。

 

ビジネス書にあるような成功へのヒントが、物語の中で次々飛び出してくるので、グイグイ引き込まれ、一気に読んでしまえる一冊だ。

 

本文の中で、私がいちばん気に入った一文を引用しておこう。

 

仕事の値打ちは、いくら稼ぐかではない。幸せを日々実感しながら働くことができるかどうか。売り手も楽しく、買い手も喜んでくれて、地域が元気になる。そのついでに儲けさせていただく。ひなたストアは、正しい商売ができている。

(『ひなたストア』から引用)

 

 

笑顔はコスト0円のサービス!

本書を読み進めていくと、随所に商売にはいかに「笑顔」が大事かが記されている。これは山本氏が商売人を主人公にしたテレビドラマ『どてらい男』や『細うで繁盛記』などを観ていたときに、印象に残った台詞があるからだという。

 

「笑顔はなんぼ作ってもタダや。どんどん使わな」

 

笑顔での接客はコスト0円のサービス。お客はいい気分になって購買意欲が増し、売り手は儲かり、店は明るい雰囲気になり、どんどん人が集まる。つまり笑顔はいいことずくめなのだ。

 

どんなに厳しい状況に置かれたとしても、「笑う門には福来る」で乗り切っていけば、きっと道は開ける。この小説は、そんな基本中の基本を私たちに教えてくれる。

 

【書籍紹介】

ひなたストア

著者:山本甲士
発行:小学館

早期退職勧奨に応じた青葉一成。新たな勤務先には新社長が直前に就任。前社長の方針で入社した青葉は快く思われていなかった。当分は加盟スーパーの副店長で現場を担当することになった。勤務先の「ひなたストア」は、品ぞろえも悪く、店員の活気もなく、客もがらがら。しかも、近くには人気スーパーが2軒も。前社長派の店長は、一成を新社長派と決めつけて心を開いてくれない。一成は、隣に住む老女との付き合いから得たヒントをもとに、少しずつ現場の問題を解決しようとするのだが…。廃業必至の店を、どう復活させるのか! 『がんこスーパー』を改題。

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