最近、不機嫌な人が増えているような気がしてなりません。先日も大学病院で、支払い窓口の列に並んでいたら、「遅いわ〜〜、何をやっとんの〜〜」とプリプリ怒っている女性に出会いました。イライラする気持ちはわかります。けれども、病院の窓口が混んでいるのはいつものことですし、「何やっとんの」と言っても、窓口の人は懸命に何かやっています。何をしているかはよく分かりませんが、何もしていないわけではありません。
傍らにいたご主人もそう思ったのでしょう。「少しは我慢しろや」と小言を言いました。彼女はますます不機嫌になり、突如、振り向いて「なぁ、あんたもそう思わへん? そうやろ? 長いことかかりすぎやろ」と私に訴えたのです。焦ったものの、私はうなずきました。『不機嫌のトリセツ』(黒川伊保子・著/河出書房新社・刊)を読んだばかりだったので気づいたのです。彼女はご主人や私に鬱憤をぶつけたいわけではなく、単に共感を求めていただけだということを……。ただこう言って欲しかったのでしょう。「本当に長いことかかりますね」と。
「そうだね」と言って欲しかっただけなのに……」
実は、私も大学病院に診察に行く度に思っているのです。隣りに誰かいて、共感して欲しいなと。何かをして欲しいわけではありません。付き添いが必要なほど重病ではありませんし、支払いだって自分でできます。ただ、「混むわねぇ」と言ったとき、「本当だね」と返事をして欲しいだけなのです。
『不機嫌のトリセツ』には、そこらへんの微妙な事情が実にうまく描かれています。今までは、私も何か文句を言う度にたしなめられ、「ただ、そうだねって言って欲しいだけなのに、どうして分かってくれないのだろう」と、思って来ました。「今日も混んだわ〜〜」と訴えると、夫は嫌な顔をします。やはり、私はわがままなのだろうか、彼を責めたつもりはないのにと自己嫌悪に陥り、「やっぱ病院は一人で来るに限るわ」と、思うようになりました。
『不機嫌のトリセツ』には、「女は「何でもない話」ができる男を愛し続ける」として、目から鱗のメッセージを伝えてくれます。
女には、「何でもない話」で、心を通わせる習性がある。たとえば、「今朝、あなたの夢を見たの」「どんな夢?」「それが、忘れちゃった」みたいな実のない話。(中略)男からすれば、「いったい、何の話?」と、聞き返したくなるだろう。結論もない、教訓もない、うんちくもない情報量ゼロの会話である。けど、それがいいのだ。情報がないからこそ、共感に専念できるのである。
(『不機嫌のトリセツ』より抜粋)
そうなんですよ。「混むわね」の言葉に、たいした意味などないのです。「病院に掛け合ってシステムを変えてくれるよう、あなたから言ってちょうだい」とか「このままじゃ、具合が悪くなるから何とかしてよ」と、怒っているわけでもありません。ただ、「本当だね」という共感の一言が欲しいだけなのです。けれども、夫は「文句多いよな」と、思っていたに違いありません。それで不機嫌になるのでしょう。対する私は私で「今まで何回あなたの病院通いに付き合ったと思ってるのよ。不公平だわ。もう二度と付き添ってなんかあげないから」と、一人で怒りをエスカレートさせていきます。言葉に出すと喧嘩になるので言いませんが、その分、態度に出ていたのは間違いありません。
愛する人に共感がないと感じたとき、女は絶望して機嫌が悪くなり、愛していない人に共感がないと感じたとき、女は無関心になる。機嫌を損ねるということは、そこに愛があるのだから、男としては、おだてるくらいの器量があってほしいですね。
(『不機嫌のトリセツ』より抜粋)
う〜〜、胸にしみます。
父と母になった男女
男女が恋に落ち、一生一緒にいたいと願って結婚し、やがて子どもが生まれ、父親と母親になる。これはとても素敵なことです。それなのに、「こんなはずではなかった」と思う人のなんと多いことでしょう。
もちろん男女であった夫婦の関係が、父と母になるわけですから、ここに変化が起こるのは仕方がないことです。私も赤ん坊が生まれたとき、一夜にして自分が違う人間になったと感じました。けれども、それは振り返ってみればであって、当時はそんなこと考える余裕はありませんでした。
『不機嫌のトリセツ』には、著者の経験をふまえ、再現フィルムを見るかのような新米パパとママのシーンが展開されます。ちなみに新米のママは命を投げ出した戦士であり、育児は一種の戦闘態勢という設定です。
おむつを替えていて、赤ちゃんが寝返りを打ったせいで、お尻拭きに手が届かない……!なのに、傍にいる夫が、ぼ〜っとしている。その瞬間、目から火が出るほど腹が立つ。恋人気分のときには、「たっくん、とって〜」と声をかけていたのに、甘えて取ってもらうなんて思いつきもしない。そりゃ、そうでしょう、「私がヘリコプターのエンジンかけるから、たっくん、ドア閉めて〜〜、ちゅっ」なんていう戦闘チームがいる?」
(『不機嫌のトリセツ』より抜粋)
思わず吹き出しつつも、「いない、そりゃあ、無理」と言いたくなります。
『不機嫌のトリセツ』には、まったくもって「ああ、その通り、なぜ今まで気づかずにいたのだろう」と思うことが満載です。もし、もっと早く知っていたら、人間関係にまつわる悩みはぐ〜んと減っていたに違いありません。ここでは紹介できなかったのですが、「思春期の娘はなぜ不機嫌なのか」や「定年後の夫婦に起こること」、そして「メンタルがダウンしたときに考えてみること」などについて、興味深い説明がなされています。「なぜあの人はいつも不機嫌なのだろう」と思ったときは、イライラしたり、泣いたりせずに、『不機嫌のトリセツ』を読んでみてください。突破口が見つかります。
著者について
著者・黒川伊保子は、『妻のトリセツ』や『夫のトリセツ』、そして『娘のトリセツ』『息子のトリセツ』など、トリセツシリーズで有名です。シリーズ累計で88万部を突破しているそうです。それだけ、人間関係、とりわけ家族の間のすれ違いに悩んでいる人が多いということなのでしょう。
著者は、物理学科の出身で、脳科学、人工知能(AI)研究者として活躍してきました。コンピュータ・メーカーでAI開発に携わり、脳とことばの研究に没頭し、その結果、「男女でとっさに使う脳神経回路に大きな違いがある」ことを発見します。その研究成果をわかりやすい言葉で、私たちに教えてくれます。
男女や息子や娘の間に生じる違いに悩んでいる人も多いでしょう。ちょっとした誤解でうまくいかなくなった関係が、この世にはあふれていますから。けれども、絶望しないでください。ユーモアあふれる言葉で綴られた『不機嫌のトリセツ』を読んでいると、なんとかなるさと、明るい気持ちになります。一度きりの人生、機嫌良く生きていきたいと思いませんか? もし、あなたが不機嫌な人にどう対処したらよいのか悩んでいるなら、新しい解決法を示してくれるでしょう。
ただし、頑張っても頑張っても相手が不機嫌なままだったら……。それはもうあきらめざるをえません。不機嫌な人にうまく接するのは大切なことですが、それは機嫌を取ることでは断じてありません。赤ちゃんではないのですから、機嫌をとらなければうまくいかない関係にエネルギーを投じすぎ、疲れ果ててしまうのは、あまりにも悲しいことです。
とりあえずは、『不機嫌のトリセツ』に助けてもらいながら、新しい毎日を生きていくようにしたいと思います。絶望するのはその後です。
【書籍紹介】
不機嫌のトリセツ
著者:黒川伊保子
発行:河出書房新社
コロナ禍と高速通信のおかげで、家にいる時間が人類史上最も長い時代。世の中は「不機嫌」がガスのように充満している。家族間のイライラ、職場でのモヤモヤ、男女間のムカムカ…。そんな今だからこそ必要な、究極の「トリセツ」がここに誕生! 家庭、会社、学校、あらゆる場面で起こる、自分自身の、そして周囲の不機嫌を一掃し、毎日を楽しく快適に過ごす知恵とテクニックが満載!
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