21世紀も気づけばもう20年以上経ちました。子どものころに思い描いていた未来は、透明なチューブで家や建物がすべてつながり、空中に浮いたクルマでどこにでもスイスイ……そんな世界でした。
しかし、現実は大雪で靴下までビショビショになりながら、駅からトボトボ歩いて帰るわけで……。未来予想図というのは、当たらないから夢があるのかもしれません。
音声対話のプロが分析する名作SF
さて、今回の新書は、SF映画やSFアニメの描写にどれだけ現実が近づいたかを検証する『あのSFはどこまで実現できるのか テクノロジー名作劇場』(米持 幸寿・著/インターナショナル新書)。著者の米持 幸寿さんは、日本IBM、ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンを経て、2020年2月にPandrbox(パンドラボックス)を創業。音声対話インターフェース・プロデューサーとして活躍しています。
もともと工作少年だったという米持さん。映画『2001年宇宙の旅』に登場するコンピュータ「HAL 9000」に大いに刺激を受け、その名の由来であるIBMに入社を果たしたのだとか。現在では起業したPandrboxで、「HAL 9000」のような音声対話型のシステムインターフェースに関する事業を立ち上げているそうです。
しゃべって自動運転する夢のスーパーカー
第1章はマンガ『バビル2世』。そして第2章では名作アメリカドラマ『ナイトライダー』が取り上げられています。『ナイトライダー』(1982~1986年放送)は、主人公のマイケル・ナイトが人間と会話する特別なスポーツカー「KNIGHT 2000」を乗りこなし、悪人と戦うという内容。「KNIGHT 2000」は搭載された人工知能「K.I.T.T.(キット)」によって、自動運転や武器の運用もしてくれる夢のようなマシンです。
これを現代の技術に当てはめると、役割的に人工知能「K.I.T.T.」は、搭乗者や外部の人間と対話する「音声対話技術」に当たると米持さん。
ただし、ドラマでは「声のトーンが危険なトーンに変わってきました」というシーンがあるそうですが、これは現代の音声認識では、人の声を検出してテキストデータに変換してから処理するため、声に含まれた感情を読み取るのは難しいとのこと。
もうひとつ、自動運転技術に関しても「K.I.T.T.」には及ばないそうです。「K.I.T.T.」はアンカーワイヤーを駆使して急旋回したり、ロケット砲の攻撃を避けたり……と周囲の状況を読み取って動いています。
しかし、現代の自動運転技術やロボット制御技術の多くは、あらかじめ状況を想定してあることが重要な開発要件だとか。コンピュータが想像を働かせて臨機応変に運転する時代は当分先のようです。専門家の目線による分析は明快で、子どもの頃の夢と比べることによって、現代の技術に何が足りないかよくわかります。
第8章は映画『ターミネーター』シリーズ。私が一番印象に残っているのは、『2』に出てきた液体金属製のターミネーター「T-1000」。檻の格子をすり抜けて主人公たちを追跡するシーンがインパクト大でした。この「T-1000」は実現可能なのか? すべてリキッドだとするとどこに処理装置が入るのか? 実は、あるものを使えば作れるかもしれない……と米持さん。実現のカギを握るのは!?
その他、『火の鳥 未来編・復活編』『ブレードランナー』『攻殻機動隊』と、40代以上だったらピンと来る作品が並びます。もともとウェブ連載だったため、本書も横書きでカジュアル。今の技術で何ができて、何が難しいのか、専門的な用語もソフトに解説されていて、科学好きでなくても興味を持ってついていける内容となっています。
SFの名作をテクノロジーという視点からもう一度見てみたくなる一冊。『攻殻機動隊』の「義体」が実現する日は来るのでしょうか?
【書籍紹介】
あのSFはどこまで実現できるのか テクノロジー名作劇場
著: 米持 幸寿
発行:集英社インターナショナル
昭和から平成の人気SF作品に描かれた心躍るテクノロジーの数々を、2023年の科学技術で検証。IT化、自動運転、AI、音声認識など、いまここにあるテクノロジーの現在地が名作とともにわかる一冊!
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。