本・書籍
2023/3/29 21:30

かっこいい言葉のシャワーを浴びられる一冊。日本で働く全ての人に届けたい『師弟百景』

庭師や刀匠、茅葺き職人と聞いてどんな言葉をイメージしますか? 厳しい、辛いなどネガティブな印象を持つ人もいるかもしれません。私も『師弟百景』(井上理津子・著/辰巳出版・刊)を読むまでは、一般人にはほど遠い、厳しい世界のこと……と思っていました。

 

しかし『師弟百景』を読んで、日本の職人はなんてかっこいいんだ! 今からでもなりたい! と思ってしまうほど衝撃を受けました。技を伝える師匠、それを必死で受け継ごうとする弟子。今回は、上司と部下、親と子とは一味違う、職人ならではの美しい師弟関係をまとめた一冊をご紹介します。

 

一子相伝ではない、16職種の師弟関係が紹介された本

この『師弟百景』は、茶の湯文化を中心に紹介する月刊誌「なごみ(淡交社)」とGetNavi webで連載されていた原稿をまとめた一冊。2019年の秋に企画が立ち上がり、2020年から2022年までに取材した16の職業が紹介されています。

 

<紹介されている職人たち>

庭師/釜師/仏師/染織家/左官/刀匠/江戸切子職人/文化財修理装潢師/江戸小紋染職人/宮大工/江戸木版画彫師/洋傘職人/英国靴職人/硯職人/宮絵師/茅葺き職人

 

なんとなく想像できる職人からまったく想像がつかない職人まで幅広く、師弟の年齢もさまざま。唯一共通しているのが「一子相伝ではない、職人の師弟関係である」ということ。一子相伝とは、自分の子孫だけに奥義を伝えることで、代々血縁関係によって伝統が受け継がれていることを言います。

 

今回『師弟百景』で取り上げているのは、血縁関係のない師弟。まったくの他人である二人が、どのようにして巡り合ったのかが丁寧に綴られています。どの方も「本当にこの仕事に憧れて、好きで続けているのだな」ということがしみじみと伝わり、どの職人もかっこよく感じてしまいました。

 

ちなみにGetNavi webでは、「洋傘職人」「英国靴職人」「宮絵師」「茅葺き職人」の4つをご覧いただけます。本書を読んだ後に、ウェブ記事を読むとさらに深く職業を知ることができるので、合わせてご覧いただくのがおすすめです。

文化財修理装潢師の師弟関係とは?

個人的に一番興味を持ったのが「文化財修理装潢師」という仕事でした。その名の通り、日本画や古文書などの文化財修理をおこなう職人のこと。さぞかし大変なお仕事だろうと読み進めていくと、師匠である半田昌規さんが以下のように語っていました。

 

半田さんは、修理する作品を「患者さん」と言い表す。「例えると、ここは総合病院です。患者さんが、放射線科、外科、内科などを回り、メスを筆や刷毛、ピンセットの道具に持ち替えた技術者が、失敗の許されない“手術”をおこなう場所です」と説明してくれ、「患者さんは、生まれも症状も一人ひとり違うので、どの工程もマニュアル化できないんですね」と続けた。

(『師弟百景』より引用)

 

すごい仕事だ……。そんな半田さんのもとで働いている下田純平さんは、この道16年。弟子というよりも、すっかり一人前の方なのでは? と思ってしまいますが、ご本人曰く「この仕事は、作品を次の世代にでしゃばらずに手渡すもの」とのこと。何年やっているからと奢ることなく真摯に向き合う姿勢に感動してしまいました。お二人の師弟関係はとっても穏やかですが、凛とした空気も流れているような雰囲気がありました。今後仕事でイライラしたりしたら、このページを読み返して、心を落ち着けようと思います(笑)。

 

修行中は無給が当たり前?

『師弟百景』を読んでいると、想像はしていましたが「修行中は無給」という人が何人か出てきました。釜師として静岡県の長野工房で働く江田朋さんは、修行2年目。江田さんのお父さんも長野工房で修行していたこともあり、幼いころから訪れていた場所だったそう。どのような修行生活を送っているのでしょうか?

 

「見て、覚えろ」形式ではあるが、基本的に師匠も兄弟子も優しい。休日には揃って美術館やギャラリーを巡ることも少なくないという。いいことづくめではないかと思いきや、「無給」と聞いて驚く。しかし、長野さんも江田さんも「当たり前」だときっぱり言う。

(『師弟百景』より引用)

 

修行期間中の生活費はアルバイトをしてまかなっているそう。大学では学ぶためにお金を払っていましたが、社会人になってからは働けばお金をもらうのが「当たり前」。そんな私たちにとっての当たり前も、職人となるとまた変わってくるのかもしれませんね。

 

『師弟百景』を読み終わって、一人前になるために、勉強する期間があってもいいかもしれないな、と思いました。「これだ」と思った仕事を極める職人たちの生き方が羨ましくもあり、生まれ変わったら職人を目指したいなと思ったり(笑)。そして、日本にはこんなに素晴らしい仕事があることも少し誇りに思えたりもしました。ぜひ『師弟百景』を読んでみてくださいね!

 

【書籍紹介】

 

師弟百景

著者:井上理津子
発行:辰巳出版

若き弟子はいかにして職人の世界に飛び込み、師匠はどのように“技術”と“伝統”を伝えたのか。俺の背中を見て覚えろ…ではない関係が紡ぐ16のライフストーリー。

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