「組織のイヌ」であることに疲れた人、違和感がある人へ。「組織のネコ」という存在を知っていますか? これは令和時代のサラリーマンに贈る、もっと自分に忠実に、ゴキゲンに働くためのヒント集。楽天創業期からのメンバーにして、同社唯一の兼業自由・勤怠自由な正社員となった仲山進也氏に学ぶ「組織のネコ」トレーニング、略して「ネコトレ」!
ネコトレVol.06「ネコと評価」
会社や上司のために、心を無にしてがんばったのに!
吾輩はイヌである。
名はポチ川アキ男、31歳。趣味は推し活。犬山電機10年目の中堅にして、未だ営業チームの副主任どまり。会社の指示には忠実に従っているので、もっと正当に評価してもらいたいと思ってはいるものの、出世のレールは先輩社員の行列で大渋滞中……。
ここのところ、有力顧客との取引停止が相次ぐ犬山電機。危機感が募る営業部では、根っからの体育会系・ハチ村課長から「新規開拓の営業電話を毎日100本かけろ」との指示が下された。正直なところ気がまったく乗らないが、業務命令だからやるしかない。声を枯らし、心を無にしてアタックリストを潰していれば、そのうち1件くらいは引っかかるだろう……。
と思っていたのだが、リストを完遂したオレたちの収穫は、まさかのゼロ。課長からは「もっと頭を使え!」と怒鳴られた。いやいや、自分の指示がイケてなかったんだから、こっちの責任じゃあないでしょうに。
そんななか、あるメンバーが予想外の大口顧客をゲットした。あの関西エリアの大手量販店『ニャンデンネン』だ! しかも大金星を挙げたのは、またしてもあの自由すぎる後輩・ミケ野である……。アイツはこの1週間、電話のひとつもかけずにデスクで黙々とパソコンをいじっていただけなのに!
ポチ川「おいミケ野! ハチ村課長に聞いたぞ。社長賞の候補になってるって」
ミケ野「ハイ! そうみたいっスね!」
ポチ川「あんな大手、一体どんな手を使ってゲットしたんだ?」
ミケ野「いや、別に何も。なんかマタタビ電機の社長が、ニャンデンネンの社長に『犬山いいよ』ってクチコミしてくれたみたいなんすよね」
ポチ川「もしかして、口を利いてもらえるように裏で頼み込んだのか?」
ミケ野「やだなぁ先輩、僕にそんな力はないっスよ(笑)。マタタビ電機の店長さんが言うには、ぼくがお手伝いした売り場でウチの製品がよく売れるのを、社長が評価してくれているとかで。こんなラッキーなことってあるんスねぇ。アハハ」
なんということだろう。会社の指示をスルーする不良社員のミケ野が、ウチの社長からも量販店の社長からも評価されているだって?! 会社のために真面目に営業活動をした他のメンバーは怒鳴られたのに、あまりに不公平な話じゃないか。真っ当な社員が評価されない会社なんて、おかしくないか? モヤモヤした思いを抱えてオレはまた、ニャンザップに向かって歩き出していた……。
給料はガマン料?
ニャカ山トレーナー(以下、ニャカ山T)「こんばんは、ポチ川さん」
ポチ川「こんばんは……」
ニャカ山T「どうしましたか? 今日もずいぶん険しい表情をされていますね」
ポチ川「正直やってられないですよ! 一体、会社の評価って何なんでしょうか?!」
ニャカ山T「これはまたご立腹ですね。事情を聞かせてもらえますか?」
ポチ川「みんなで新規開拓の営業電話を毎日100件ずつかけるよう指示が出たんです。それなのに、上がやれといったことをやらない人間が評価され、やりたくもない仕事を真面目にこなした人間が怒鳴られるなんて、おかしいと思いませんか?!」
ニャカ山T「おや。指示どおりやらなかった人が評価されたのはどうしてですか?」
ポチ川「電話をかけ続けた僕らが玉砕したのに対して、電話をかけずに大口顧客をゲットしたからですよ! あのミケ野が!」
ニャカ山T「あぁ、『組織のネコ』のミケ野さんですね。今回はどんなやり方をしたんでしょう?」
ポチ川「前回、ミケ野が担当している『マタタビ電機』の売り場が、なぜか好調だと話したのは覚えていますか?」
ニャカ山T「もちろんです。私もミケ野さんのつくったPOPを見て炊飯器を買いましたから」
ポチ川「その『マタタビ電機』の社長が、なんと関西の『ニャンデンネン』の社長に『犬山はいいよ』と紹介したそうなんです。完全に単なるラッキーゲットですよ。しかも、そんなたまたま結果が出ただけのミケ野に対して、社長賞が出るかもしれないというんです。あまりに不公平な話ですよ!」
ニャカ山T「不公平といいますと?」
ポチ川「いや、ですから指示どおりに仕事をこなしたことを評価してもらえていないんですよ。やりたくもない電話100本ノックをやらされたというのに!」
ニャカ山T「でも、玉砕したんですよね」
ポチ川「いやいやいや、指示をしたのは会社ですから。結果が出なかったのは会社の指示が悪かったからでしょう。僕らだって、やりたくてやったわけじゃないんですから。そこはきちんとプロセスを評価してもらえないと、やってられないでしょう。そもそも給料なんてガマン料なわけですから!」
ニャカ山T「なるほど、給料はガマン料ですか。今日のポチ川さんも、ずいぶん凝り固まっているようですね。今回のネコトレのテーマは『上司からの評価を手放す』にしましょう」
誰に評価されたいか?
ポチ川「えっ? 上司からの評価を手放す?!」
ニャカ山T「そうです。上司に評価されるために働くのをやめるのです」
ポチ川「仕事をサボれと?」
ニャカ山T「そういうことではありません。上司ではなく、お客さんに評価してもらえるよう働くのです」
ポチ川「お客さんからの評価……ですか」
ニャカ山T「お客さんに喜んでもらうことにフォーカスするのです」
ポチ川「いや、もうさんざん値引きはしてきていますよ。これ以上だと赤字になってしまうくらい努力しているのに、まだ値引けというのですか?!」
ニャカ山T「そういうことではありません」
ポチ川「では、無理めな要求を呑むとか、接待するとか媚びるとか?」
ニャカ山T「そういうことでもありません」
ポチ川「それ以外に取引先が喜ぶことってあります……?」
ニャカ山T「ここでいう”喜んでもらう”とは、“本質的な価値を提供する”という意味です。ミケ野さんは、それができていたから量販店の社長がクチコミをしてくれたのでしょう」
ポチ川「うーん……。とはいえ、指示通りに電話100本かける仕事に価値はないのでしょうか?!」
ニャカ山T「その仕事は、誰にどんな価値を提供しましたか? 顧客? 上司?」
ポチ川「むむむ……。たしかに上司に評価されるためにやりましたが、結果的には上司にも怒られましたね……」
ニャカ山T「お客さんには何らかの価値を提供できたと思いますか?」
ポチ川「冷たい感じや、めんどくさそうな感じで電話を切られ続けましたね……。しかし、会社のピンチをなんとかしようと一致団結して動くのは、組織人として当然ではないでしょうか?!」
ニャカ山T「それは事業が成長期の頃の考え方です。『この活動を推進すれば価値を広めることができる』とわかっている場合です。目の前にやるべき仕事が山ほどあるので、一致団結して動くことが価値の最大化につながります」
ポチ川「せ、成長してない期なんですけど、どうすれば……?」
ニャカ山T「価値を生まない仕事を一致団結してやっていると、そのうちピンチの起こる頻度が増えていって、いずれ行き詰まるでしょうね」
ポチ川「ウチの会社のことではないですか……。火消し続きの毎日なのですが、どうすればよいのでしょうか?!」
ニャカ山T「お客さんに喜んでもらえる価値の種まきをすることです」
ポチ川「種まき? それだと今月の数字につながらないのでは?」
ニャカ山T「そうですね。2年くらいかかるかもしれませんね」
ポチ川「2年?! そんな悠長なことを言っていたら、ゼッタイ上司に怒られますよ。短期的な数字づくりにしか興味がないんですから」
ニャカ山T「まさにそういう上司からの評価を手放そう、というのが今日のテーマです。お客さんに喜ばれるけど、上司には評価されないことをやる」
自己犠牲的な働き方をしていないか?
ポチ川「そんなことをしたら、職場で変人だと思われそうです……」
ニャカ山T「変人だと思われたら、しめたものじゃないですか。その評価を受け入れさえすれば、やりたくないことをやらずに済みやすくなります。でも、多くの人は『変人と呼ばれる精神的コスト』に耐えられなくて、お客さんを捨ててまでも上司の評価を得られるように流されてしまいます」
ポチ川「(……ギクッ)」
ニャカ山T「上司のためにやりたくない指示をやる働き方を『自己犠牲的利他』といいます。その姿勢だと”給料はガマン料”というとらえ方につながります」
ポチ川「でも、利他というのは自己犠牲を必要とするものですよね。子どもの頃、『お兄ちゃんなんだからガマンしなさい』って怒られて、しぶしぶ妹におもちゃを貸していたなぁ(遠い目)。誰かを喜ばせるためには、犠牲がいるんですよ」
ニャカ山T「そういう考え方と対照的なのが『自己中心的利他』です。“自分がやりたくて得意なこと”でお客さんに喜ばれる働き方。お客さんから『ありがとう』と言われるのがうれしいから、さらにやりたくなる、という好循環が生まれます」
ポチ川「それは、人に迷惑をかけるワガママな働き方とは違うのですか?」
ニャカ山T「まずは試しにネコトレをやってみましょう。今回のトレーニングは『偏愛マップを書いてみる』です」
「偏愛マップ」のススメ
ポチ川「偏愛マップ……?」
ニャカ山T「ポチ川さんには、偏愛しているモノやコトはありませんか? それを1枚の紙に書き出して、お客さんや仕事相手に自己紹介をするためのマップを作ってみてほしいのです」
ポチ川「偏愛? 自己紹介? それは、ミケ野がよく自分の営業資料に添えているプロフィールみたいなものですかね? 好きなことや趣味なんかもいろいろ書いてありました」
ニャカ山T「ミケ野さんはすでにやっているのですね。好きなことの中でも『偏愛』と呼べるほど圧倒的な熱量で好きなものを書き出すのが良いです。実はそれが『自己中心的利他』の精神で働く第一歩になります」
ポチ川「なるほど……。まぁでも、うちのチームで『偏愛』を語らせたら、おそらく僕の独壇場でしょうね。圧倒的な熱量なら、ミケ野のプロフィールには絶対に負けない自信があります」
ニャカ山T「そうなんですね……それはよかった」
ポチ川「まず、推しについてなら一晩中でも語れます。模造紙1枚でも到底足りないでしょうから、この愛情の深さをどう伝えるか、見せ方を考える必要はあるでしょうね! もうちょっとライトなところでいくなら、最近大好きなサッカー漫画『ブルードッグ』がアニメ化された件もいいかもしれない。ただ、僕の原作愛からするとツッコミどころが多すぎる。このもどかしい気持ちを分かり合える相手が客先にいたら、どれだけ仕事が楽しくなることか!」
ニャカ山T「……その思いの丈をマップにしてみてくださいね。今日はここまでにしましょう」
今日のネコトレ
Vol.06
【偏愛マップで自己紹介してみる!】・誰に評価されたいか、を考えてみよう(答えは「お客さん」)
・今日まいた種は、タイムラグを経て実を結ぶ
・自己犠牲的利他と、自己中心的利他の違いVol.00から読む
Vol.05「ネコとお客さん」<< Vol.06 >> Vol.07「ネコと苦手業務」
仲山進也
仲山考材株式会社 代表取締役、楽天グループ株式会社 楽天大学学長。
北海道生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。創業期の楽天に入社後、楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立。人にフォーカスした本質的・普遍的な商売のフレームワークを伝えつつ、出店者コミュニティの醸成を手がける。「仕事を遊ぼう」がモットー。
『組織のネコという働き方
〜「組織のイヌ」に違和感がある人のための、成果を出し続けるヒント〜』
1760円(翔泳社)
仲山進也氏による、組織の中で自由に働くためのヒント。組織で働く人をイヌ、ネコ、トラ、ライオンの4種類の動物にたとえながら、ネコと、その進化形としてのトラとして、幸せに働きながら成果を上げる方法を説く。
取材・構成/小堀真子 イラスト/PAPAO