企業に生産性向上が求められる昨今、Well-Being(以下、ウェルビーイング)という概念が広く浸透している。この語の意味は、「身体だけでなく、精神、社会的な健康状態」。1日の活動時間の多くを占める仕事の場、オフィスの環境を改善することによって労働者の健康増進と快適性向上を図り、生産性の向上にもつなげていくのが、企業にとってのウェルビーイングだ。
そんなウェルビーイングの最先端を行くのが「WELL認証」である。米国のDelos社が開発したこの認証制度は、建物内部の空間を「人の心と身体の健康」という視点で評価するという。日本でも徐々に広がりつつある、WELL認証オフィスの内部と、導入の成果を取材した。
快適オフィスの新基準「WELL認証」とは?
WELL認証が誕生したのは2014年のこと。2009年に創業した米国のDelos社がウェルビーイングの視点を採用したビル・オフィスの認証制度として創設し、認証機関のIWBI(International WELL Building Institute)が運営している。それ以前から、省エネ・環境性能を評価する制度は複数存在したが、ウェルビーイングに着目したのは、これが初めてだ。
いま運営されているWELL認証は主に2種類あり、ビル・オフィスの環境を総合的に評価するWELL v2(以下、v2)と、コロナ禍を機に創設され、感染防止や医療支援などの観点に着目したWELL Health-Safety Ratingがある。
主軸となるv2には、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズの4段階の認証がある。温熱快適性、空気、光、音、こころ、水、栄養、材料、コミュニティ、運動の10つの評価基準があり、認証取得のためには各要素にまたがった24項目を必ず満たさなければならない。ほかにも98の加点項目が用意されており、これらを満たしていくことで点数が増え、認証のグレードが上がっていくというシステムだ。
個々人にあった労働環境を実現する、多種多様な快適性
パナソニック エレクトリックワークス社 システムソリューション開発センターオフィスでは、v2pilot(※)のゴールド認証を、国内電機メーカーおよび関西圏のオフィスで初めて取得。このオフィスでは、v2の必須24項目全てをクリアしているのはもちろん、加点項目も74個満たしているという。
※v2認証の本格運用の前に作られたパイロット版
このオフィスが入る建物の竣工は1981年。2018年に大規模改装を行い、2021年にWELL認証を取得した。広さは1100平米あり、約120人が働く、フリーアドレス制のオフィスだ。
オフィスは、3つのエリアに区切られている。温もりのある照明に照らされ、1日中ジャズ音楽が流れる「リラックスゾーン」、明るい白色照明が設置された静かな環境で、集中して作業ができる「クワイエットゾーン」、時間帯によって照明の明るさや色温度が変わる「ナチュラルゾーン」の3つだ。
複数のゾーンが用意されているのには理由がある。WELL認証の根底に「同じ環境下で働く人が、等しく快適性を感じるわけではない」という思想があるからだ。このオフィスには、多種多様な快適性が入り混じっている。
このオフィスで実現できる作業環境のバリエーションは、ゾーンの数よりも多い。同じゾーン内でも照明の色温度に勾配がつけられていて、照明環境は席ごとに細かく異なる。さらに、手元の明るさが欲しい人のために、タスクライトも用意されている。ほかにも、デスクの半分を昇降デスクにしているなど、個々人が自分が思う快適性のもと仕事に取り組める環境が整っているのだ。
ユニークな点として、オフィス内に多くの植栽や造花が設置されていることが挙げられる。これは「オフィス内の75%の席からグリーンが見えるようにすること」という評価項目があるからだ。また、什器の多くに木製のものが使われているのも、WELL認証の評価項目を反映したものだという。
労働者がリフレッシュできる環境づくり
WELL認証を受けるには、労働者が望んだタイミングでリフレッシュできる環境づくりも求められる。パナソニックのケースでは、窓際に30席ほどもあるリフレッシュエリアを設置。数々のおしゃれなランプに照らされた空間には、ソファーが並び、クッションも置かれている。
また、仮眠室も整備されている。京都大学で行われた研究によれば、勤務中に15分程度の仮眠をとったほうが、仕事の効率が高まることが明らかになっているという。この仮眠室は社員から好評で、フル稼働状態になっている。
社員が望んだタイミングで新鮮な水を飲める、あるいはフレッシュなフルーツや野菜を食べられるといった項目も、WELL認証には含まれている。パナソニックのオフィスでは、どの席からも30m以内の距離でウォーターサーバーにアクセスできるようになっているほか、生のフルーツ・野菜の販売が行われている。フルーツ・野菜の販売は特に好評だといい、ランチタイム後に行われた取材時には、残っている品は少なくなっていた。
生産性の高まりを社員自身が実感
WELL認証を取得した上記のオフィスで行われた社員アンケートでは、快適性を評価するだけでなく、仕事への意欲の高まりを実感したという声が多く寄せられている。意欲の高さ=生産性の高さでは必ずしもないが、労働者にとって快適なオフィスが仕事の生産性を向上させるという相関関係は、ある程度あることは間違いないだろう。
WELL認証の発祥はアメリカであることから、認証を取得・あるいは審査中の件数を見てみると、同国が圧倒的に多い。しかし、2021年10月から2023年2月の伸び率に注目すると、日本とアメリカはともに約2.7倍と同程度の水準になっている。この伸び率は加速度的に上昇しており、WELL認証はさらに普及していくと考えてよさそうだ。
現状では、オフィス設計に携わる業界、具体的には電気設備・オフィス家具のメーカーからWELL認証の普及が始まっているが、今後は金融・保険や銀行、商社などの他業種でも認証取得の増加が見込まれている。WELL認証の普及がもたらす働きやすさ、生産性の向上が、日本社会に広がることを期待したい。