「実は2~3年前、国内クラフトビール市場は勢いを失っていたんです」。そんな話をとある醸造家から聞き、筆者は耳を疑いました。というのもその時期はコロナ前。ビール専門店が地方でも開業する動きが活発化し、造り手も、酒販店も増えていたので、まさかと思いました。しかし、視点を変えれば踊り場に差し掛かっていた市場があるというのです。
その醸造家は「サッポロ SORACHI1984」のブリューイングデザイナー、新井健司さん。最新トレンドも含めて業界動向を詳しく聞かせてくれるということで、オンラインでインタビューを行いました。
「SORACHI1984」はクラフトビールを名乗らない
新井さんが「踊り場に差し掛かっていた」と話す市場は、スーパーやコンビニなどの小売り店のこと。クラフトビールは2015年頃に大きな盛り上がりを見せ、飲食店はもちろん小売り店を販路にもつ大手メーカーもクラフト向けブランドを立ち上げましたが、2019年頃から小売り商品の方は失速していったといいます。
筆者も、大手による小売り商品の話であれば納得。サッポロビールは2015年に「Craft Label」というブランドを立ち上げましたが、その後撤退しています。新井さんは「確かに全国各地で新しい醸造所やクラフトビールのレストランが開業していて、造り手も飲み手も増えたと思います。外食も含めた全体の市場で見れば落ち込んではいないでしょう」と言います。
いずれにせよ、スーパーやコンビニ向けのクラフトビールは外食シーンほど盛り上がりませんでした。より深掘りすれば、クラフトビールを飲みたい人は飲食店で楽しむので、スーパーやコンビニでは買わなかったということでしょう。
ただし、コロナ禍によって状況は一変しました。外で飲むことが憚れるようになり、家飲み需要が拡大したのはご存知の通り。落ち込んでいた小売りのクラフトビール市場は、2020年から息を吹き返したのです。
「ビアパブなどが好きだった方は、小売り店でクラフトビールを買う頻度が上がったことでしょう。一方、クラフトビールが特別好きでなかったとしても『せっかくだからちょっといいモノを選びたい』という心理により、いつも飲んでいるビールではなくクラフトビールを選ぶケースは増えたと思います」(新井さん)
2019年頃から停滞気味だった小売り向けクラフトビール市場。それも一因となり、「サッポロ SORACHI1984」の造り方や個性豊かな風味はクラフト的でありながらも、2019年のデビュー時からクラフトビールとは謳っていません。
「市場動向以上に、一番の理由はクラフトビールだと謳う必要がないからです。目的はビールの面白さや多様性を訴求して飲み手を増やすことなので、クラフトビールとしてカテゴライズすることはあくまで手段の一つに過ぎません。それに、願わくばクラフトビールだからという動機よりも、『サッポロ SORACHI1984だから』『ストーリーに共感するから』『ソラチエースが好きだから』という理由で選ばれるブランドになりたい。そのため、世の中の立ち位置的にはクラフトビールの扱いかもしれませんが、私たちからはクラフトビールだというコミュニケーションはしていないんです」(新井さん)