実写版『【推しの子】』衣装デザイナー・成田あやのが語る、アイドル衣装づくりの葛藤と舞台裏

ink_pen 2025/9/17
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実写版『【推しの子】』衣装デザイナー・成田あやのが語る、アイドル衣装づくりの葛藤と舞台裏
藤原 綾香(GetNavi Salonマネージャー)
藤原 綾香(GetNavi Salonマネージャー)

「GetNavi web」のモノ系コミュニティ「GetNavi Salon」の運営マネージャー。報道系ニュースメディアでの勤務や、公式Xアカウント中の人経験アリ。三度の飯よりゲームとコーヒーと、人と語らう時間が好き。

成田あやのさんは、社会現象を巻き起こした『【推しの子】』のドラマ・映画版で劇中衣装を手掛けたデザイナー。9人組アイドルグループ 「iLiFE」や、青森県を拠点に活動するグループ「りんご娘」など、数多くのアイドル衣装を制作してきました。

今でこそ注目のデザイナーですが、学校卒業時は就職活動に大苦戦。結局企業には入らず、勢いで独立した当初はこだわりが強いあまり、「このまま一人でやっていたら死ぬ」と感じるまでに追い詰められたこともあったとか。そんな成田さんに、アイドル衣装デザイナーを志した原点や、「【推しの子】」制作現場で救われた“ある言葉”、ターニングポイントになった仕事「CY8ER」の衣装づくりについてうかがいました。

「どうしたらいいねん」。頭を抱えた『【推しの子】』制作現場

―『【推しの子】』実写版、大変話題になりました。同作のメガホンを取ったスミス監督との縁がきっかけで、成田さんは制作に携わったそうですね。現場の様子を教えてください。

成田あやの(以下、成田):『【推しの子】』の現場は「大人が多すぎる!」っていうくらい、本当にたくさんの人が関わっていました。皆さん原作が大好きだからこそ、熱意がぶつかり合うので、頭を抱えることもありましたね。

一番悩み抜いて作った衣装は何でしたか。

成田:「B小町」のルビー、有馬かな、MEMちょが歌う楽曲『トワイライト』の衣装です。原作漫画の表紙をベースに考えたのですが、横槍メンゴ先生(原作者)の“イラストだからこそ成り立つ、絶妙な色使い”を衣装に落とし込むのが、本当に難しかったです。しかも3人が着る衣装を、統一感を持たせながら可愛く仕上げるにはどうすればいいのか……「この色はルビーには似合うけど、3人で並んだ時にどう見えるかな」と、すごく悩みました。

しかも、プロデューサーはもちろん、美術、照明、演者といった各セクションの皆さんも衣装への思いがあり、会議で色々な意見が飛び交うんです。耳を傾けすぎて、「みんながそれぞれ言っていることはよくわかる。でも、どうしたらいいねん」と頭を抱えることもありました。

―どのように気持ちを奮い立たせたのでしょうか。

成田:『【推しの子】』監督・スミスさんの言葉に救われましたね。「色々言われていたけど、成田がかわいいと感じるものを作ればいいから」と。意見が出尽くした後にいつもスミス監督が衣装にまつわる意思決定を私に委ねてくれたからこそ、色々な立場からの声を制作に反映させながらも、最後まで自分の軸を見失わずにやり遂げられたのだと思います。

↑試行錯誤を重ねて制作した、「B小町」のルビー用デビュー衣装(デザインラフ)。

↑「B小町」の有馬かな用デビュー衣装(デザインラフ)。
↑「B小町」のMEMちょ用デビュー衣装(デザインラフ)。

―普段から、周囲の意見を重視した衣装制作をしているのですか?

成田:今はそうですね。でも仕事を始めた頃の私は、リボンの大きさ一つとっても自分で全部決めないと気が済まないような、すごく面倒な性格でしたよ。多分、誰も一緒に働きたくないくらい(笑)。こだわりが強すぎて、「誰かの意見を聞いたら自分のデザインとは言えないんじゃないか」と思っていたんです。

―何が理由で、今の考え方に変わったのでしょうか。

成田:仕事が増えてきて、物理的に限界が来まして……「全部これ、一人でやっていたら死ぬわ」と(笑)。そこから少しずつ人に任せる・手放す練習を始めて、今はチームで働く面白さを感じています。私が考える「かわいい」と、他の人が思う「かわいい」を掛け合わせることで、新しい可能性が生まれる。その化学反応が楽しいんです。

過呼吸の前田敦子をイスごと……。過酷なステージ裏の映像が夢のきっかけ

―成田さんが、アイドルの衣装デザイナーを目指したきっかけとは?

成田:原点は、中学時代に見たAKB48の西武ドーム公演のドキュメンタリー映像です。当時センターだった前田敦子さんが、公演中に過呼吸になって舞台袖で動けなくなってしまって。でも次の曲が『フライングゲット』だから、センターとして絶対にステージに立たないといけない。その時、衣装さんたちが前田さんをイスごとステージ近くまで運び、座らせたまま数人がかりで一瞬にして着替えさせ、髪飾りも付けてステージに送り出したんです。

その光景を見たとき、前田さんがすごいのはもちろんですけど、それ以上に「周りの人、すごすぎない!?」と衝撃を受けました! 表に立つ人を、どんな状態からでも最高の形にして送り出すプロの仕事に、ものすごく感動したんです。それ以前からアイドルは好きで応援していましたが、このときから「私も彼女たちを支える側になりたい!」と目標が明確になった気がします。

―専門学校で服飾を本格的に学び、卒業後すぐ独立していますね。狙いがあったのでしょうか。

成田:履歴書の書き方や応募先がわからないなど、就職活動がうまくできなくて独立するしかなかった、というのが正直なところです(笑)。学校にはキャリア支援センターのような場所もあったのですが、活用しないまま過ごしてしまって……。日々の課題や制作に打ち込んでいるうちに卒業が近づき、追い詰められた末にこうなりました。

青森から上京した身なので、ツテもコネもなく、このままでは仕事がもらえないとわかっていました。だから卒業後はとにかく、あちこちに営業メールを送って売り込みをかけていましたね。成功する自信は全然ありませんでしたが、「どんな仕事でもやります!」という覚悟で必死に請け負ってきて、衣装制作会社「udonfactory」を立ち上げられるまでになりました。ありがたいことに、運営会社間や同じアイドルグループ内のメンバー間での口コミで、次の仕事を頂けることが多かったですね。

―ひとつひとつの仕事を丁寧にやっていたからこそ、依頼が増えていったのですね。

成田:そうだとしたら嬉しいです。例えば、人気楽曲「かわいいだけじゃだめですか?」で知られるアイドルグループ「CUTIE STREET(キューティーストリート)」のあるメンバーは、グループを移動しても制作依頼をくれました。その方が以前、別のグループに所属していた頃から衣装づくりを担当させてもらっていたんですよね。

それから、2022年に地元・青森県弘前市で学生向けの講演をしたところ、商工会議所の職員の方が「りんご娘」を紹介してくれて、衣装制作の仕事に繋がったこともありました。それがきっかけで地元の文化や工芸品を改めて知ることができたので、こういう形で衣装デザインに落とし込んでみたんですよ。

・津軽地方に伝わる刺し子の技法「こぎん刺し」をイメージしてテキスタイルにプリント
・桜を生地にプリント
・りんごの模様をテキスタイルにする
・青森県の伝統工芸指定品「津軽びいどろ」をイメージした衣装
・ねぷたの絵をテキスタイルにする

↑「青森」要素をふんだんに詰め込んだ、「津軽びいどろ」イメージのグループ衣装。

成田:青森にいた頃に「聞いたことはある」くらいに思っていたことを実際に調べて、これを衣装にしたらどうしたら可愛くなるだろう、と楽しみながらデザインしました。

↑「りんご娘」メンバー・はつ恋ぐりんさん用の衣装デザイン案。
↑制作依頼は単発で終わらず、地元での講演から数年が経った今も衣装を手掛けている。

成田:こうした積み重ねがあって、これまで作ってきた衣装は1400着以上あります。

―ものすごい数です。中でも「ターニングポイント」になった衣装制作を教えてください。

成田:「CY8ER」というアイドルグループが武道館公演で着てくれた衣装です。当時はコロナ禍真っただ中の、2020年。その公演を最後にグループが解散するのに、コロナの影響でお客さんを満員まで入れられず、規模を縮小して開催しなくてはいけませんでした。「海外にもファンがいるほどの人気グループなのに」という悔しさと、「コロナ、むかつく!」という思いが強まった結果、あえて防護服をデザインソースにした衣装を作ろうと考えたんです。

成田:もちろん、単なる“防護服デザインの衣装”ではありません。船が出港するとき、甲板から港に向かって投げるカラフルなテープがあるじゃないですか。それを、ファンへの「お別れメッセージ」のつもりで、衣装にあしらっています。悔しさがあったからこそ生まれたデザインで、そこから仕事の幅も広がったように感じるので、すごく記憶に残っています。

「絶対かわいい」。全ての衣装を、自信をもって送り出すための秘訣

―成田さんのデザイン論を、詳しく聞かせてください。これまで数多くの「かわいい」衣装を作ってきたと思いますが、ずばり「かわいい」を一言で表すなら?

成田:見ていて「心が躍る」ものですね。ただワクワクするだけじゃなくて、「明日も頑張ろう」とか「自分もこうなりたい」とか、見た人の人生が少しでも明るくなるようなものだと思うので、それを衣装で表現しているつもりです。

―色々な人と意見を交わしながら仕事をしていると、「あれ、この衣装って本当にかわいいかな?」と揺らいでしまうことはありませんか。

成田:ないです。毎回、「絶対かわいい」と確信して仕上げています。作り手が不安を抱えていたら、それは着る人や見る人にも伝わってしまう。だから、そこはちゃんと自信を持って納品するようにしています。

そもそも私は、迷う前に全てをスピーディーに決めるスタイルで制作をしています。例えば、5人組のグループ衣装なら、デザインは2日くらいで固めることが多いです。1週間もかけると、最初にひらめいたアイデアを忘れちゃうし、かえってかわいく仕上がらない。デザインに色々な要素を足しすぎてしまう人間なので、まとまらなくなるんですよね(笑)。

↑取材中、愛用のiPadにサラサラとデザインスケッチを描いてくれた成田さん。

―グループ衣装を作るときに心がけていることを教えてください。

成田:どうすればバラバラに見えないか、は常に考えていますね。『【推しの子】』のアイドルグループ「B小町」の衣装もそうでしたが、一人ひとりに似合う色は違うので、単純に色を揃えるだけではうまくいきません。

そういうときは、どこかに「お揃いのポイント」を入れるようにしています。例えば、色違いでも同じ生地を使って、質感で統一感を出すとか。それから、リボンの形や装飾の一部を同じデザインにするだけでも、グループとしての一体感はぐっと増します。色だけにこだわる必要はないんですね。どこか一つの要素でしっかりと繋がりを作ることで、それぞれの個性を活かしながらも、グループとしての魅力を引き出せる衣装にできると思います。

―今後「こんなグループの衣装を手掛けたい」という夢はありますか?

成田:「次元を飛び越えた仕事」をしていきたいので、3次元のアイドルはもちろん、アニメやゲーム、VTuberといった2次元作品のキャラクターやグループのための衣装も作ってみたいですね。

あとは、いつか自分の衣装の本を出したいです。今まで作った1400点以上の衣装の中から選りすぐって、きれいな写真と、今だから話せる裏話……例えば「実はこの制作、2日前まで何も形になってなかったんですよ」みたいな解説付きで(笑)。実現できたら嬉しいです。

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