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音楽
2017/4/22 20:00

太田裕美「煉瓦荘」のように学生アパートに今でも眠っている青春の思い出

ギャランティーク和恵の歌謡案内「TOKYO夜ふかし気分」第13夜

みなさんこんばんは、ギャランティーク和恵です。ようやく春の陽気が感じられるようになりましたね。あんなに待ち望んでいた桜の季節もあっという間に終わってしまい、もう新緑が芽生え始めています。ワタシの住んでいる町のバス通りには桜の木が並んでいて、先日までは満開の桜のトンネルになり、そしていまでは緑の葉っぱが眩しく芽吹いていて、とても清々しい気持ちになります。でも、そんな景色がウチの目の前にあったなんて、実は4月に入るまで知りませんでした。

 

というのも、いま住んでいる町に引っ越してきたのがちょうどこのコラムの連載が始まった去年の10月くらいことで、秋から冬へ季節が変わるころだったこともあり、何となく暗い影を落としているようなグレイッシュで寂しい町のように思えたのです。せっかく引っ越してきた町なのになかなか愛せないままでしたが、それが4月になった途端、まるでモノクロからカラーに変わるように町の景色が色づき始め、鮮やかで生き生きとして見えてきて、なんだ、この町は何気に麗らかでいい町じゃないか……とその時に初めて気付いたのです。それからようやくこの町を愛せるようになりました。当たり前のことですが、冬の景色はどんな場所だって色味もなく寂しいものです。だからこそ、新緑の季節に引越しをするというのは、その町で新しい生活をスタートさせる上でとても大事なことなんだなとあらためて思った出来事でした。

 

【今夜の歌謡曲】

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提供:ソニー・ミュージックダイレクト

13.「煉瓦荘」/太田裕美(アルバム『エレガンス』に収録)

(作詞/松本 隆 作曲/筒美京平)

 

さて、早いもので、ワタシが定期的にリリースしているカヴァー集「ANTHOLOGY」シリーズの第1集が発売されたのが去年の春の今ごろで、あれからちょうど1年が経ちました。その第1集に収録した曲のなかに「煉瓦荘」という歌があります。これは太田裕美さんのLP「エレガンス」というアルバムに入っていて、ファンのあいだではよく知られた人気の高い曲ですが、シングルではないため一般的にはあまり知られていない隠れた名曲でもあります。

 

この曲は2014年に行われた太田裕美さんの歌手生活40周年のコンサートでも歌われていたのですが、そのコンサートを観に行かれた作詞家の松本 隆さんが、ご自身のツイッターで印象的な発言をされたことがきっかけで、ワタシも大好きになりました。そのツイートとは、コンサートで太田裕美さんが「煉瓦荘」を歌い出すまで、松本さんはご自身が書かれたその詞の内容を忘れていたそうなのですが、歌に聞き耳を立てていると、いつの間にか目から透明な水が流れていた、というものでした。

 

この「煉瓦荘」の歌詞の主人公である「詩人」は、まだ詩人として売れていなかった若かりしころに、「デザイナーの卵」だった恋人と付き合っていたのですが、あるとき何かのきっかけで、その恋人が当時住んでいた井の頭(東京・吉祥寺)を訪れることになります。そして、何年かぶりに恋人が住んでいた「煉瓦荘」というアパートへ足を運んでみると、その部屋にいまでも眠っている、若かりしころの恋愛や夢や絶望などが入り混じった思い出が甦り、切なくも眩しい「青春」と再び出会います。そして主人公の「詩人」は、その恋人との別れの悲しみに突き動かされ、いまもなおペンを走らせていたことに気づくのです。

 

松本 隆さんがこの「煉瓦荘」という歌を久々に聞いて涙を流されたというツイートのお話ですが、それはこの歌の主人公が松本さんと同じく「詩人」という設定だということもあるのでしょうが、主人公が「煉瓦荘」というアパートに久々に足を運んで青春時代と再会したように、松本さんも35年ぶりに自ら書いた「煉瓦荘」という歌に再会し、しかもその歌詞の内容が、時空を超えて現在の自分に呼びかけているような、不思議な再会だったのではないかなと思います。そしてこの松本さんのツイートとの出会いがきっかけとなり、「煉瓦荘」はワタシにとっても大好きな曲となり、それ以降よく歌わせていただくようになりました。とくに、学生時代に美大に通い、「デザイナーの卵」として東京のアパートで暮らし始めたワタシなので、なおさらシンパシーを感じずにはいられません。

 

「ANTHOLOGY」という歌謡曲のカヴァー集を作る企画が出たときから、この「煉瓦荘」は絶対に収録しようと決めていました。そして春にリリースする第1集に収録することに決めてからレコーディングをするまでのあいだに、「煉瓦荘」の歌詞をもっと深く理解するためにも、ワタシが東京に来て初めて住んだアパートを、「煉瓦荘」の主人公さながら何十年かぶりに訪れてみようと思ったのです。

 

西武新宿線の「小川」という駅を降りてそのアパートまで歩いてみると、駅前のスーパーが変わっていたり、よく行っていた中華料理店が閉まっていたりしたので、ワタシのアパートも取り壊されてないかな……と少し不安になりましたが、アパートの場所にたどり着くと、当時とまったく同じ姿で残っていました。そのとき、その変わらない姿でいまもなお学生たちを受け入れているんだな……と、この古いアパートが愛おしくなりました。

 

そこで「煉瓦荘」みたいな青春時代の恋の思い出なんかが甦ればいいのですが、何よりも最初に思い出されたのが、隣の部屋に住んでいたオジさんがアル中になってしまい、幻覚を見て自分の部屋に火をつけて火事になってしまったことです。忘れもしない、あれは上京してまだ1年目の12月21日のクリスマス前の出来事でした。あの時、目の前で煌々と燃え盛るアパートを、「北の国から」で丸太小屋が燃える姿を目を丸くして見つめるしかできない純のように、ただただ立ちすくんで見ていたあの日のワタシ。そんな出来事があったなんて、いま住んでいる人たちはまったく知らないんだろうな……なんて思いながら、そのアパートを後にしたのでした。

 

このワタシにとっての「青春」との再会が、果たしてその後のレコーディングに影響したかどうかは定かではありませんが……そんなワタシが歌う「煉瓦荘」も、ぜひみなさん聴いてみてくださいね!(宣伝になってるのかな、コレ……)

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↑ギャランティーク和恵さん(撮影:下村しのぶ)

 

<和恵のチェックポイント>

1978年にリリースされた太田裕美さんのLP「エレガンス」に収録された1曲。太田裕美さんは「木綿のハンカチーフ」でみなさんもよくご存知だと思いますが、太田裕美さんの透き通っているけれども少しハスキーな独特な声が心地よく、まさに洗いざらした木綿のように汚れのない感じがして、そんな声が「青春」というモチーフを歌うのにとても相性が良いのかもしれません。

 

作詞はみんな大好き松本 隆さん。この曲の素晴らしきところは、「あれから詩を書き続けた」と、序章のように<現在>を語る部分から始まると、そこから<過去>を回想するように情景の色合いが変わり、そしてその回想からまた「あれから詩を書き続けた」という<現在>へと戻るという時間軸の変化ではないでしょうか。その時間軸の構成と情景の変化の部分は、ちあきなおみさんの「喝采」に共通するものがあると思います。「喝采」が最後に「今日も恋の歌うたってる」と<現在>へと着地するように、「煉瓦荘」も同じく「あれから詩を書き続けた」と<現在>へと着地しています。

 

この「喝采」を歌うとき、ワタシだけでなくほかの歌手もみな感じると思いますが、「今日も恋の歌うたってる」とスポットライトを浴びながら歌っていると、その歌の時間軸とピッタリと重なる瞬間(ワタシの言い方だと<超・現在>)があり、歌いながらトリップする感覚に陥るのです。きっと松本 隆さんも、歌の主人公と自分自身が同じ「詩人」として<超・現在>が重なる瞬間をあの太田裕美さんのコンサートで感じたんじゃないかと勝手に想像しております。

 

作曲はみんな大好き筒美京平センセー。メロディとしてはあまり派手な展開はなく、コード進行もどこか浮遊感があります。しかしながらやはりこの曲の決め手はサビの「煉瓦荘」の部分の盛り上がりと、その後の半音ずつ上がるコードが美しいキメの部分です。編曲の萩田光雄センセー(このコラムで出現率高し)の超・ハイセンスなアレンジワークによるものかもしれませんが、やはりこの部分がこの楽曲の要といってもいいかもしれません。いや、萩田光雄センセー、ホントに素晴らしい。レコード会社のみなさん! そろそろ「萩田光雄作品集」とか出すべきですよ!

 

【INFORMATION】

ギャランティーク和恵さんが昭和歌謡の名曲をカバーする企画「ANTHOLOGY」の第5集「ANTHOLOGY #5」が、2017年5月31日(水)に配信&CDでリリースされます。それに合わせて、ライブも連動して開催。詳しくはANTHOLOGY特設ページをご覧ください。

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「ANTHOLOGY #5」

2017年5月31日(水)発売
配信:600円(税込)日本コロムビアより
CD:1000円(税込)モアモアラヴより
iTunes store、amazon、他インターネットショップにて

 

<曲目>
01. ステージ・ドア(作詞:橋本 淳 作曲:大野雄二)
02. ホット・スポット(One night at Othello)(作詞:ちあき哲也 作曲:矢島 賢)
03. 孤独な旅人(作詞:呉田軽穂 作曲:佐藤 健)

 

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LIVE「anthology vol.5」

日時:2017年5月26日(金)
会場:南青山MANDALA(外苑前)
時間:開場19:00 開演:20:00
料金:4500円(1d付)