エンタメ
2016/4/28 14:00

【レビュー】ツイン・ピークス新編のヒントになる? デヴィッド・リンチ総指揮のドキュメンタリー「我が美しき壊れた脳」

脳内出血のため、高次脳機能障害になってしまったロンドン在住の若き女性映像作家、ロッチェ・ソッダーランドが、自らを記録した患者本人によるドキュメンタリー。

 

高次脳機能障害とは、脳の損傷により認知(知覚、記憶、学習、思考、判断、感情など)機能障害が起こることで、以下のような症状があるそうです。

 

・記憶障害:忘れる、新しいことを覚えられない
・注意障害:注意力が欠如しぼんやりする、作業を長く続けられない、集中力がない
・遂行機能障害:自分で計画して実行することができない、人に指示してもらわないと何もできない。いきあたりばったり。
・社会的行動障害:自己中心的になる、コントロールができなくなり感情を爆発させる、依存する、固執する、相手の立場や気持ちを察することができなくなる、など

 

このように書くと、34歳の若さでこんな重い障害(外見だけではそれと判らないのも、ある意味始末が悪い)を負ってしまって、この先どうなっちゃうんだろう? と、心配になってしまいますが、ロッチェは「現実に起こってることが、笑っちゃうくらい非現実的。この感じは、デヴィッド・リンチの映像みたい」とまず感じるのです。さすがの障害もスピリットや嗜好までは破壊できなかった模様。そして、映像作家の矜持なのでしょうか、自らを記録したビデオレターを「拝啓、デヴィッド・リンチ様」と、リンチに送ることにしました。この番組はその映像を元に編集されたものです。

 

映像作家ならではの視覚効果でロッチェの見ている世界を疑似体験

ほぼ全編が自撮り。表情が乏しい硬い顔をカメラに向けて、思ったことをそのまま語りつづけるという、生々しい映像で構成されています。「文字が読めない」「誰だかわからない」「これは何をするもの?」……。妙齢の女性なのにすっぴんなのも、おそらく化粧のやり方もおぼつかないからでしょう。ファッションとは社会的行動なんだと改めて思い知らされます。

 

フィルターをかけて画面の端をわざと欠けさせたり、色をにじませたりと、「脳障害になるとこんな風に見えるんだろうな」と、視覚効果も狙ってるのはさすが映像作家。ぼんやりした映像を見ているうちに、こちらまでまんまとダウナーな気分にさせられてしまいます。

 

「本当につらいのは、人の所有物になってしまうこと。他人が私の人生をハイジャックしています」。体が覚えていたせいか、徐々にキーボードは打てるようになったロッチェですが、相変わらず読むことはできず……自分の書いたものが自分だけ読めないなんて! 生きるために、実兄や医師、カウンセラーに従うしかないのは、彼らの方が彼女を知っているから仕方ないのですが、自立心旺盛なクリエイターには人一倍キツそうです。

 

ただ、彼女の発言が、上記の「社会的行動障害」の症例とは逆に見えるのが興味深いのです。創造性は脳に独特の作用を施すのでしょうか? 筆者が以前テレビで見た、高次脳機能障害で記憶障害に苦しむミュージシャン・GOMAさんは、発症後に突然絵を描くようになったとか。クリエイティビティと脳再生の関係は掘り下げて欲しいところ。

 

脳機能障害の果てに彼女が悟ったこととは

発症して7ヶ月目に、経頭蓋を電気で刺激することによって脳を再プログラムするという”怪しげな”新治療法を試すことにしたロッチェ。頭に電流を流しながら音声を聞き、画面に映る文字を読むというトレーニングで、1ヶ月続けるのだそう。言語機能の回復に効果がある(人もいる)そうで、物理的な刺激を与えることで脳の連絡経路をつなぎ直すというメソッドだとか。ロッチェは必死にプログラムをこなしていきますが、終了の2日前にショック状態に陥り、てんかんの発作を起こしてしまいます。

 

残念ながらまた最初からやりなおすことに……。発作の最中には幻視が起こり、「知らない場所に来たみたい」な気持ちになったと語るロッチェ。その後、高次脳機能障害の5人に1人が発作を起こすことを、私たちは知ることになります。脳ってなんてデリケート!

 

そしてロッチェは悟ります。「現実とは、単にわたしたちがそれが真実だと信じ込んでいるだけのもの」。

 

ラストで、とうとうリンチ本人に対面するロッチェ。「脳が心を動かすのか、心が脳を動かすのか」、究極の悟りについて語るリンチ。個人的には彼女とのエピソードが、来年公開予定の「ツイン・ピークス」新編に反映されると信じ、さらに期待して待ちたいと思うのでした(笑)

 

My Beautiful Broken Brain

 

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