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2022/3/10 19:30

「脱炭素」「カーボンニュートラル」って何? 地球温暖化の専門家に聞く、日本と世界と私たちのゼロカーボンアクション

気候変動の問題は、私たち一人ひとりが真剣に取り組まなければならない、もはや待ったなしの課題となっています。とはいえ、「気候変動の現状や、実際に行われている対策がよくわからない」「私たち個人の行動が、本当に課題の解決につながるの?」といった疑問を感じている人も多いのではないでしょうか。

 

そこで今回は、地球温暖化の専門家である、国立環境研究所の江守正多先生に、気候変動問題の現状や日本での新たな取り組み、私たちが具体的にできるアクションなどを教えていただきました。

 

「カーボンニュートラル」とは?

まずは気候変動問題を語る上で欠かせない、「カーボンニュートラル」という単語が意味することを知っておきましょう。江守先生にあらためて解説していただきました。

 

『カーボンニュートラル』あるいは『ゼロカーボン』とは、人間活動による温室効果ガスの排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにすることを言います。

そもそも私たちが排出している、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの多くは、石油、石炭、天然ガスといった化石燃料を燃やしたときに発生するもの。もちろんこれをゼロにできればいいのですが、完全にゼロにすることは難しいのが実情です。そのため、どうしても排出してしまう分を、植林や森林管理などによって吸収することで、排出量を“実質ゼロ”にする。これがカーボンニュートラルの考え方です。

2020年10月に日本政府は『2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す』と宣言しました。現在は日本を含めた120以上の国と地域がこの目標を掲げていて、各国で取り組みが進められています」(国立環境研究所 地球システム領域副領域長・江守正多さん、以下同)

 

2050年までに日本は、カーボンニュートラルを実現できる?

世界各地でカーボンニュートラルへの取り組みが加速する中、日本は現在、目標をどのくらいまで達成できているのでしょうか?

 

「日本では2013年以降、温室効果ガスの排出量は減少しています。減らすことができている要因の一つは、太陽光発電や風力発電などによる再生可能エネルギーが普及し始めたこと。そのほか、2011年の東日本大震災を機にストップしていた原子力発電所の稼働がいくつか再開したことや自動車の燃費がよくなったことなども減少している要因と考えられています。

しかし、2050年にカーボンニュートラルを実現させるためには、もう少しペースアップしていく必要があります。また、排出量が少なくなればなるほど、さらに減らすことは難しくなっていくため、今後をそれほど楽観的に考えることはできません」

温室効果ガスを減少させることができている一方で、課題も抱えている現在の日本。2021年に開催された「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)」では、温暖化対策に後ろ向きな国に贈られる「化石賞」を受賞してしまいました。他の国と比べると、日本は取り組みが遅れているのでしょうか? 化石賞に選ばれてしまった理由も含めて、江守先生に聞きました。

 

「そもそも化石賞はCOPの期間中、毎日選ばれるものなので、日本以外にも受賞した国は多くあります。もちろん、だからと言って安心できるわけではなく、日本が批判された理由をよく理解すべきです。

今回日本が化石賞を受賞した理由は、日本政府が『火力発電を使い続ける』という方針を示したからです。ただし、日本政府が考えている火力発電は、化石燃料を燃やすのではなく、温室効果ガスを出さずにつくった水素やアンモニアを使って発電するというもの。将来的にはこの技術をアジアの他の国にも広めていきたいと考えています。しかしこれが本当にうまくいくのかまだ不確かであり、もしうまくいかなければ化石燃料を使い続けることになってしまうのでは? と批判を受けたことが、今回の化石賞受賞の理由です。

日本政府が今回の方針を示した背景には、日本は再生可能エネルギーを普及させるための地理的条件があまり恵まれていないという認識があります。例えば日本では、太陽光パネルを設置するのに最適な、砂漠のようにだだっ広い土地は少ないですよね。また、再生可能エネルギーには、自然状況によって発電量が大きく左右されるという特徴があります。ヨーロッパなどでは周辺の国との間に送電網があるため、電力を輸出入して電力量を調整することが可能ですが、島国の日本ではそれができません。こうした理由から日本政府は、安定的に供給できる火力発電も使っていきたいと考えているのだと思います。

日本政府が開発を目指している『クリーンな火力発電』では、温室効果ガスを出さないことはもちろん、低コストで大量に燃料を調達することが必要です。これらの実現に向けた研究が今まさに進められていますが、まだ楽観視はできないのです」

 

さらに加速する、再生可能エネルギーの導入

温室効果ガスを出さない火力発電の開発が進む一方で、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた取り組みも進んでいます。日本が今後、さらに再生可能エネルギーの導入を加速させていくためには、どうすればいいのでしょうか?

 

太陽光パネルを設置できる場所はまだまだあるはずです。屋根の上や荒れ地はもちろん、最近では、農地の上に支柱を立てて太陽光発電と農業を同時に行う『ソーラーシェアリング』なども増えてきています。

しかし、同時に課題もあります。現在増えているのが、都会の業者が地方の土地を安く購入し、山を切り開いて木を切ったりして、太陽光パネルを設置するケースです。自然破壊や景観の悪化、土砂崩れの危険性など、さまざまな懸念点がある上に、太陽光発電で得た利益はすべて業者のもの。これでは、その地域の住民たちにとってまったくメリットがありません。

現在ドイツなどでは、地域の人々が主体となって再生可能エネルギーを開発している例があります。この方法だと、その土地をよく知る人たちが納得する場所に太陽光パネルを設置できて、雇用も発生する。さらに利益はその地域のものになります。日本でも今後、このような地域主体の再生可能エネルギーの開発がもっと普及していくべきだと考えています」

 

一般市民が気候変動の対策を考案!? 日本で進む新たな取り組み

最近では2050年のカーボンニュートラルに向けた、新たな取り組みも始まっています。江守先生はその一例として、無作為に選ばれた市民が温暖化対策の提案をつくる「気候市民会議」を挙げました。

 

「気候市民会議は、イギリスやフランスなどでは、国の政府や議会が主導して非常に本格的に行われている取り組みです。フランスではこの会議での提案をきっかけに、短距離の国内線の飛行機が廃止になりました。

気候市民会議のポイントは、“無作為に”参加者が選ばれるということ。気候変動の問題に関心がある人ばかりが集まるわけではありません。また、男女比や年齢層、都市に住む人や地方に住む人など、その国の社会の縮図となるように参加者を集めるため、さまざまな立場の人と議論をすることになります。

この取り組みは日本でも行われていて、一昨年には私も参加する研究グループが札幌市で実施しました。オンラインだったこともあり、話し合いは難しいところもありましたが、参加した人からは『初めて気候変動の問題に関心を持った』『いろいろな人と議論できて良かった』という声が聞かれました。ここでまとめられた対策案を、市がすべて実行できるわけではありませんが、今後の対策を考える上で大いに参考になると思うので、やって良かったと感じています。現在、他の地域から『うちでもやりたい』という相談が少しずつ増えているので、今後もぜひ注目してほしいと思います」

 

カーボンニュートラル実現のために、私たちにできること

地球規模で取り組まなければならない、気候変動の問題。しかし私たち個人の力ではどうすることもできないのでは? と考えてしまう人も多いはずです。カーボンニュートラルを実現させるために、私たち一人ひとりにできることは何か。最後に、江守先生に聞きました。

 

「カーボンニュートラルを実現させるためには、社会、経済、産業など、世の中のあらゆるシステムや仕組みを大きく変えなければなりません。しかしそれを『どこかの偉い人がやってくれるから自分にできることはない』とあきらめるのではなく、世の中を大きく変えるために、自分が後押しできることや応援できることはないかを考えてほしいと思います。

そのためにまず大切なのが、知ること。気候変動の現状や今後の影響を知ることで、『気候変動を止めなければならない』という危機意識が芽生えるはずです。よく私がおすすめしている方法は、ニュースアプリなどでトピックやテーマをフォローできる機能。『気候変動』などのキーワードをフォローしておけば、関連した情報を日々チェックすることができます。そして、自分が得た情報の中で興味深く思ったものは、ぜひSNSでシェアをしたり、周りの人と話したりしてほしいです。

次のステップは、自分のアクションをきっかけに『周りの人にもアクションを起こさせること』です。難しいことのようにも思えますが、例えばコンビニで『レジ袋はいりません』と言うときに、後ろの人にも聞こえるように大きな声で言ってみることも一つの方法だと思います。とても些細なことですが、温室効果ガスを減らすための行動が、意識せずとも人々の“当たり前”になるよう、働きかけていくことが大切です。

そのほか、気候変動対策をしている企業や人を応援することも、私たちにできることの一つ。私自身がたまにやっているのは、保険の契約を見直すときなどに『ここの保険会社では火力発電所に投資していますか?』などと質問することです。企業に対してメッセージを出せるタイミングがあれば、このような働きかけをしてみるのもいいと思います。ほかにも、再生可能エネルギー100%のプランがある電力会社に変える、気候変動に熱心に取り組む政治家に投票するなど、個人にもできることはたくさんあるはずです」

 

江守先生も作成に協力した「気候変動アクションガイド」。「KNOW」「THINK」「CHOOSE」「ACT」の4段階で、できることがまとめられています。出典=気候変動アクションガイド「個人でできる対策を選ぼう」

 

気候変動は、地球に住む私たちにとって避けられない課題。個人にできることはないとあきらめる必要はありません。気候変動対策に取り組むことは、「私たちの生活をよくすること」だとポジティブに考え、できることから行動していきましょう!

 

【プロフィール】

国立環境研究所 地球システム領域副領域長 / 江守正多

東京大学大学院総合文化研究科博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。2021年より地球システム領域副領域長。連携推進部社会対話・協働推進室長を兼務。東京大学総合文化研究科客員教授。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書の主執筆者。

水野敬也・長沼直樹・江守正多『最近、地球が暑くてクマってます。』(文響社)