第14回「街の頻尿仲間からのアドバイス」
ライブハウスにほとんど縁のない人生を生きてきてしまった。理由は一つ。極度の頻尿だからだ。オールスタンディングのライブハウスは、頻尿界の人間からすると、非人道的な場所だ。
二十代の後半、なにを思ったか、一回は経験しておこうと、横浜にあったライブハウスに行ったことがあった。押すな押すなの「人間の渦」のようなフロアのほぼ真ん中で、僕はライブが始まるのをジッと待っていた。すると、場内に流れていた音楽がゆっくりと消えていく。そして消灯する。
「キャーーッ!」観客が一斉に歓声を上げる。ミュージシャンたちが、ゆっくりと登場し、ライブが始まるそのとき、僕の膀胱はすでにマックスの信号を発信していた。三曲目くらいには渦から脱出して、トイレに走った。よく、「◯◯しないことは、人生半分損している」という極端な物言いがあるが、頻尿に至っては、本当に人生を半分損した気分になることが多い。
まったく自慢ではないが、結構重度の前立腺肥大持ちだ。前立腺が肥大していると、まず生殖機能に問題が起きる。さらに、本当はおしっこをしたくないのに、「膀胱がパンパンですよ!」と、脳に誤信号を送ってしまう。普通はだいたい老人になってから患う病なのだが、僕は二十代後半に発症してしまった。原因はひとつ、仕事のストレスだった。

二十代の後半、僕は毎日、起きがけに赤ワインのミニボトル(500㎖)を一気飲みして、熱いシャワーを浴び、アルコールを全身に行き渡らせないと、出社することができない精神状態に至っていた。それを半年繰り返した頃、見事に腎臓と前立腺がイカれてしまったのだ。
長期休養を経て、職場には復帰したが、一度痛めた腎臓の炎症と前立腺の肥大は、二度と元に戻ることはないと医者から通達された。それからずっと、頻尿に悩まされつづけている。
平日ほぼ必ずいる宗教勧誘の男に、先日も朝、声をかけられた。「もしよろしければ、こちらのパンフレットを!」必ず男は張り付いたような笑顔でそう言う。「大丈夫です」僕は決まってそう返して、仕事場に急ぐ。
その日は打ち合わせで、午後にもまた渋谷駅まで僕は歩いて行った。すると朝いたあの宗教勧誘の男が、「もしよろしければ、こちらのパンフレットを!」とまた寄ってきた。「大丈夫です」といつも通り僕はスルーしようとして、ふと思う。「この人、トイレどうしてるんだろう?」と。
そして思わず男にそのまま訊いてしまった。すると、「あ、トイレの時間がもったいないので、恥ずかしながら大人用オムツです!」と、張り付いた笑顔でハキハキと言いづらいことを答えてくれた。それから、大人用オムツのメーカーまで教えてくれた。男は宗教の勧誘よりも熱く、とあるメーカーの大人用オムツの横漏れとベタつきの少なさを詳細に語ってくれた。

一度だけ、大人用オムツを買って試してみた。すこぶる快適だった。快適過ぎてハマりそうになった。いまからハマると先が長いので、とりあえず封印している。僕がトークイベントなどで出演して、やけに落ち着いているときがあったら、「はは〜ん、オムツだな」と疑ってほしい。多分当たっていると思う。

イラスト/嘉江(X:@mugoisiuchi) デザイン/熊谷菜生