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2023/6/9 20:30

「アディゼロ SL」=アディダス屈指の“デイリートレーナー”/大田原 透の「ランニングシューズ戦線異状なし」

ギョーカイ“猛者”が走って、試して、書き尽くす! 「ランニングシューズ戦線異状なし」

2023「adidas」新緑の陣③「アディゼロ SL」の巻(前編)

 

世界的なスポーツカンパニーであるアディダスが、日本のランナーのために、日本で開発をスタートさせたシューズ。それが「アディゼロ」シリーズである。初代アディゼロ開発に至る時代背景は、1990年代後半から2000年代前半。当時の欧米でのランニングシューズ開発の常識である、クッション性や安全性とは全く異なるアプローチで、アディゼロは開発される。

 

欧米市場のターゲット層は、大柄で体重も重めの人々。そのためシューズの開発はクッション性や安全性が重視されていた。一方、小柄で軽量な日本のランナーは、フィッティングの良さや軽量性を重視。開発の方向性としては、両者は全く相容れなかった。

 

アジアのマラソン大国である日本において、アディダス ジャパンは、日本のランナーたちのニーズに応えるべく、“ゼロからの挑戦”としてアディゼロ開発に着手。2005年、アディゼロが日本で発売されるに至る。

↑「アディゼロ SL(ADIZERO SL)」1万4300円(税込)。サイズ展開:メンズ24.0~30.0㎝、ウィメンズ22.0~26.0㎝。カラー展開:メンズ12色、ウィメンズ10色。ドロップ(踵と前足部の高低差)8.5㎜

 

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2005年、アディゼロ初号機が登場!

↑今回お話を伺った、アディダス ジャパンの山口智久さん(マーケティング事業本部)。東京・六本木一丁目のオフィスビルの同社会議室にて

 

「アディゼロは、その驚異的な軽さで、当時の欧米主導のシューズ開発に一石を投じることになります。さらに、マラソン大国日本のトップアスリートたちの記録も伴ったため、世界的な市民マラソンブームを追い風に、瞬く間に世界ブランドへと成長を遂げました」

 

と、当時を振り返るのは、アディダス ジャパンでランニングカテゴリーの商品開発を手掛ける山口智久さん。学生時代からインターンとしてアディダスの商品開発に携わってきた、いわば“アディダス猛者”である。

↑2005年に発売された「アディゼロ LT」。トレーニングモデルということで、筆者も当時履いたが、ソール全体が硬く、一般のランナーには、だいぶ敷居が高い仕上がりだったことを記憶している(もちろん、現在発売はされていない)。the adidas Archive/studio waldeck

 

↑こちらは、レーシングモデルである「アディゼロ RC」(現在、発売はされていない)。筆者はアディゼロの取材のため、ドイツのアディダス本社を訪れている。アディダスジャパンの全面的な協力のもと、社員でも入ることが制限されているラボにて、ベルリンマラソンを走る日本人開発者にインタビューを行った。the adidas Archive/studio waldeck

 

アディゼロに欠けていた、最後のピース=SL

「アディダスにおけるアディゼロの位置づけは、記録を生む、速く走るためのシューズです。2021年の秋冬モデルで、アディゼロはリニューアルされ、今のランニング市場に見合ったコレクションに一新しました」(山口さん)

 

新たなアディゼロシリーズは、厚底+カーボンプレート入りの「アディオス」を頂点に、「ボストン」や「ジャパン」といったモデルも大幅に進化して加わることになる。しかしそれでも、新しいアディゼロシリーズには、欠けているピースがあったという。

 

「アディゼロに欠けていたのは、ベストオブ“デイリートレ―ナー”と言えるシューズの存在です。レース用として厚底カーボンを履くようなトップの選手にとっても、普段のトレーニングで使える、オーソドックスなモデルがなかったのです。その穴を埋めたのが、2022年12月に登場した『アディゼロ SL』なのです」(山口さん)

↑ベーシックなサンドイッチメッシュのアッパー。大小さまざまな大きさのドット状の通気孔が設けられている。片足240g(27.0cm)という軽さ

 

コロナ禍の前後から、ランナーの層はさらに厚くなり、さまざまなタイプのランナーも出てきている。山口さんによると、近頃は、距離は踏んでいない(練習量は少ない)けれど、レースは真剣に走りたいというランナーも増えているとのこと。

 

「練習量が不足していても、アディゼロ SLであれば高いパフォーマンスが望めます(笑)。初心者にとって、日常のランもレースも一足で兼用できるシューズのニーズはなくなりませんし、エリートにとっても、距離を踏む際に使いやすいシューズは必要不可欠です」(山口さん)

 

アディゼロの開発拠点は、現在、ドイツのヘッドクオーターに置かれている。山口さんとドイツの開発チームは緊密な連絡を取り合いながら、日本国内でも選手たちとプロトタイプのテストを行い、共同で開発に当たっている。もちろん、アディゼロ SLも例外ではない。

 

「開発の現場でも語られたアディゼロ SLの特徴は、“Nothing special is special.”。当たり前のシューズが大事だという点です。アディゼロ SLは、ランナーにとってなくてはならない、いわば主食。日本であれば“しろめし”的なシューズなのです」(山口さん)

 

アディ・ダスラーのモノ作りの理念

ということで、ここからは、アディゼロ SLの設計や構造の話に移る。アディゼロ SLの特徴のひとつが、前足部に内蔵されているフォーム材「ライトストライク プロ」。外からは見えず、まさに内蔵されている部材なのだが、ライトストライク プロは、ハイエンドな厚底カーボンシューズにも使われる最新素材だ。

 

超軽量にして、高いクッション性を誇り、しかも抜群の反発性能を持つライトストライク プロ。これを前足部に内蔵することで、ロッカー構造(爪先から踵にかけての揺りかごのような形状)をキツくしなくても、推進力を得ることが可能だという(ロッカーがキツイと、脛の筋肉への負担が増すため、故障のリスクが高まる)。

↑前足部のEVA素材の中には、超軽量で反発性の高い「ライトストライク プロ」が内蔵されている

 

なるほど、シューズの裏から指で押すと、ライトストライク プロが入っている部分は周囲に比べて軟らかい。ちなみにライトストライク プロは、「ライトストライク EVA」というEVA素材で囲われている。ライトストライク プロは、EVA素材とは異なるため、ハイテクな厚底カーボンシューズで多用されている、エラストマー系のフォーム材だと考えるのが自然だろう。

 

「昔のEVAは重い上に加水分解しやすいなど、デメリットもありました。アディダスが採用する現代のEVAは、そうしたデメリットをほぼクリアできている上に、しかも扱いやすいという特徴があります。アスリートの声を聴き、アスリートの満足するシューズを作り、厳しい品質基準をクリアしたシューズを届けるというアディ・ダスラーの理念は、今でも保たれています」(山口さん)

 

アディゼロ SLのアウトソールは、アディダスの他のランニングシューズで採用されているコンチネンタル社のラバーではない。より軽量で、かつコンチネンタルラバーに近いパフォーマンスを持つライトウェイトな「ハイグリップ ラバー」を開発したという。

↑左側がトゥ、右側が踵。上の切り込みの部分を押すと、ライトストライク プロの軟らかさが分かる。また、黒とライトグリーンの部材が、ハイグリップ ラバーである

 

各社のシューズ開発競争は、激化を辿っている

「ここ数年、ランニングシューズは、劇的に進化しています。私が今のポジションに就いた3年前と今では、全く様変わりしました。短い開発タームで市場に新商品を投入するメーカーもありますが、品質にこだわるアディダスは、きちんと開発に時間を掛けます。その分、未来を見据え、開発の立ち上げを早めるようになってきました」(山口さん)

 

ということで、次回はいよいよアディゼロ SLを実走する。レビューのシーンは、全部で4つ。足入れ感と歩いた際のインプレに始まり、運動不足解消のゆっくりペース、脂肪を燃やすための長時間ペース、最後はスカッと爽快に駆け抜けるペースである。それぞれで、アディゼロ SLはどんなパフォーマンスを発揮するか。次回、乞うご期待である。

↑山口さん(右)が手に持つライトグリーンのモデルは、6月1日から発売となったニューカラー。メンズのカラバリは11色となった

 

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撮影/中田 悟

 

 

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