先日、文房具とはまったく関係ない取材で「FOOMA(国際食品工業展)」という展示会にうかがった。
唐揚げが次々に出てくる巨大な全自動フライヤーや、材料を注ぐだけで焼きたてのどら焼きがパックされて出てくる機械なんかが展示されている、食品加工業者向けの展示会である。そんな中、なぜかハサミを展示しているブースがあったので、話のタネにと試させてもらったところ、これがやたらと高性能。スパスパ、サクサクという切れ味に驚かされたのである。
ということで、今回は文房具店を見ているだけでは探せない、高性能な工業用プロユースのハサミ「ベルシザー」を紹介したい。
ベルシザーが展示されていたのは、主にワンオフで食品用自動機械を設計・製作しているメーカー「スズキ機工」のブース。ここでは薄いフィルムを、通常のハサミとベルシザーで切り比べるというデモを行っていた。
最近は1000円以下で買えるハサミ(普通に文房具店に並んでいるもの)の性能が上がり、大抵のモノはサクサクと切れてしまうのだが、それでも苦手なものはいくつかある。例えば、薄いフィルムなんかは上手く切れないものの一つ。
展示デモにおいても、一般的なハサミだと刃と刃の間にふにゃっとフィルムが入り込んで上手く切ることができない。しかし、ベルシザーはフィルムに刃を当てて軽く切り進めるだけでサクッサクッと気持ち良く切れる。この切れ味は、ちょっと驚くレベルだ。
そもそも、なぜ機械を製造しているメーカーが切れ味のいいハサミを作っているのか?
このスズキ機工というメーカーのクライアントである食品工場では、ハサミの切れ味の悪さに頭を悩まされていた。ビニールパックされた食品原料の袋を人の手で開封する際に、ハサミの性能が悪いと、切り損ねたビニールのササクレやクズが食品に混入し、大きなクレームになる可能性があるのだ。
例えばホチキス針や金属片であれば、混入しても金属探知機で発見できるため、実はさほどトラブルにはなりにくい。だが、ビニールクズは見つける手立てがない。
そんな中、「これ、なんとかならないか?」という現場からの要望にスズキ機工が出した答えは、シンプルに「薄いビニールが良く切れるハサミを作る」というものだった。
以前に別の案件で自動切断装置を開発した際に、装置内に組み込むハサミを刃物の本場・岐阜県関市で製作した縁もあり、関の鍛冶職人とスズキ機工の共同開発という形で、薄いフィルムに特化した「ベルシザー」が完成したのである。
まず素晴らしいのは、刃の切れ味。刃を指の腹で触れる(危険なので注意)と、明らかに「あ、これ指が切れるな」と感じる鋭さがある。指の皮膚に受ける感覚は、カッターナイフの刃を触った時に近い。フィルムやビニールなどコシのないフニャフニャした薄物は、この鋭さが無いと切りにくいのだ。
さらにポイントなのが、刃のひねりの精密さ。ハサミというのは刃と刃が点で接触する部分で切るようになっており、その接触点に力を集中させるため、刃にわずかなひねりが入っている。このひねりが精密であるほど、根本から先端まで安定して刃が点接触し続けるのである。
これを実感するには、ハサミを90°ぐらいに開いてからゆっくり閉じる時の音を聞いてもらいたい。一般的なハサミは無音で閉じていき、半分以上閉じたころから「シューッ」という刃が擦り合う音が聞こえ、手応えが固くなる。対してベルシザーは、閉じ始めた瞬間からもう摺り合う音が聞こえて、手応えも一定だ。常にしっかりと刃が擦り合っているため、薄いフィルムが刃と刃の隙間に入るなどの切りミスが発生しにくいのである。
日常的に切る機会があって切りにくいモノといえば、梱包用のプチプチシートなんかがそうだ。粘りのある薄いフィルムが層になっているため、意外と切るのが難しい素材である。
試しに手元にあるハサミでプチプチを切ってみて欲しい。シートに対して垂直に刃を入れないと、ぐにゃっと刃の間にシートが入り込んで切りそこなう可能性が高い。もちろんベルシザーならサックサク。どういう角度で刃を入れても気持ち良く切れる。
布地も、普通のハサミの苦手分野だ。コシがないので、油断するとすぐ刃の隙間に巻き込んでしまう。そのため、布を切る専門に高価な(基本的に数万円する)裁ちバサミがあるのだが、ベルシザーならその数分の1の価格で快適に切ることができる。
一般的なハサミが得意とするコピー用紙など、普通の紙でもその切れ味は体感できる。ハサミを閉じていくと、スーッと静かに刃が紙に沈んでいくのだ。ジャキッジャキッという紙の繊維を砕くような剪断音はゼロ。ちょっと異常なスムーズさで切れてしまう。
ただ、この切れ味はあくまでも薄くて柔らかなものに特化チューンされたもの。段ボールや厚紙なんかに使うと途端に切れ味が落ちてしまうので、要注意である。プラ版や針金などはもってのほかだ。
せっかくの高品質なプロ用のハサミ。普段は他人に勝手に使われないよう、オフィスデスクの奥に隠しておいて、自分だけの伝家の宝刀として使ってほしい一丁である。
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