エルゴノミクス(人間工学)という言葉が一般化したのは、おそらく1990年代初めの頃だったと思う。これは大ざっぱに言えば、「道具やシステムを人間の心理・生理に合わせて設計する」という考え方で、長時間座っても腰への負担の少ないイスや、より高効率で打鍵できる左右分割型キーボードといったあたりが、比較的定番のエルゴ製品群といえるだろう。
例えば、筆者が愛用しているマウスもエルゴデザインを取り入れたもの。一般的なマウスは、卵形をした本体の上に手のひらを被せる形で保持するが、手のひらを下に向けた状態を維持するのは、意外と手首に負担がかかる。
机に対して手のひらが垂直に(チョップするような形)立つようにマウスを握れたほうが、姿勢として自然なので、疲労もしにくいというわけ。見た目にはちょっと違和感があるものの、慣れるととてもラクなのだ。
つい先日発売されたカシオの新しい電卓も、このエルゴノミクスに基づいたデザインの製品で、なかなかユニークな形状をしている。しかも使ってみると、「ほほう!」とヒザを打ってしまうほど“エルゴが効いて”いて、面白いのである。
エルゴノミクス電卓は3度の傾斜が決め手
その“エルゴ電卓”というのが、2022年10月に発売されたばかりの人間工学電卓シリーズ「JE-12D」と「DE-12D」だ。
ちなみにJEが一般的なサイズ(ジャストタイプ)で、DEが液晶も見やすい幅広の少し大きめサイズ(デスクタイプ)。キー配置などに多少の違いはあるが、根本的な機能に差はない。
カシオ
人間工学電卓
ジャストタイプ JE-12D:9500円(税別)
デスクタイプ DE-12D:1万円 (税別)
事前に「なかなかユニークな形状」とハードル上げをしてしまったので、もしかして上の写真を見た限りだと「いや、普通じゃん?」という感想になるかもしれない。そこで、少し視点を下げて、真横に近い位置から見てみよう。すると……
お分かりいただけただろうか? なんと電卓のキーが左から右に向かって階段を下るように傾いているのである。
これが、カシオが提唱する「人間工学階段キー」という構造で、操作面を約3度傾けることによって、右手3〜5本の指で打鍵するのに最適化されているのだ。
どうしてこれが、右手で打ちやすいのか?
冒頭のエルゴマウスの話でも触れたように、人間の手の構造上、机の上で手のひらを真下に向け続ける姿勢は負担がかかる。実際、力を抜いて自然な姿勢を取ろうとすると、小指側を下に向けるように傾くはずだ。
その自然な姿勢のまま右手で打鍵するなら、左から右へ下がる傾きのキーが打ちやすいのは当然なのである。
実際に計算作業のため15分ほど立て続けに打鍵してみたのだが……打ちにくいとか打ちやすいといった感覚がよく分からない。
キーの傾きを感じることもなく、めちゃくちゃナチュラルに入力できて、違和感がなかったのだ。要するに、この電卓を使うことによって入力スピードが爆上がりする! とか、そういう話ではなさそうだ。
ではいつ効果を感じたのか?
むしろ効果を感じたのは、その直後、比較のために従来の電卓を打鍵したときだ。
うーん、ナニこれ? 無茶苦茶入力しにくい! 指がスムーズに動かないし、打鍵したつもりがうまく入力されてなかった、なんてことが多発する。
つまり、わずか15分使うだけで階段キーの方に馴染んでしまったようなのだ。頭ではさほどピンと来なかったのに、身体の方が「そうそう、斜めが正解だから」と納得してしまったような、不思議な感覚である。
ほかにもこの機能がプレミアム
結論
とはいえ、これが万人に最適な電卓かというと、そういうわけではない。まず左利きの人にはどうしようもない、というのは分かるだろう。試しに左手で入力してみると、傾きのせいで手首がよじれすぎて、筋がつりそうになってしまった。
また、最も電卓を日常使いする職種であろう会計士や経理事務といった人は、右手でペン・左手で電卓入力、という姿勢の人が多い。そういう場合もこの傾きはネガティブとなる。(逆に左利きの会計士の人には便利かもしれない。)
結果としてこの電卓を便利に使えるのは、まず右利きで、かつ仕事でがっつりと電卓を使う(左手入力が必要)ほどではない人、ということになる。
そういう人が1万円前後の電卓を求めるか? というのはいささか疑問だが、とはいえこの階段キーの面白さと使いやすさは、使ってみれば誰でも納得できるレベルだと思う。試してみる価値はあるはずだ。